ねこのくに物語

睦月

プロローグ

 ここは猫の天国。亡くなった猫の魂が住む猫だけの楽園。の住人の多くは体は人間であるが猫耳と尻尾が付いている。あえて言うならヒト型猫とでも言おうか…。もちろん人間の体をしていないいわゆる普通の猫の姿の者もいる。どのような姿になるのかは、に生まれ変わる際の神様との話し合いで決まるらしい。それ以外は人間界と何ら変わりがないように見えるが、天国である事に違いはなく、飢餓きがに襲われる事もなくケガも病気も無い。歳を経る事もないし、もちろん寿命などもなく時を永遠に紡ぐことが出来る。


 しかし永遠という終わりのない楽園でもやはりそれに飽きてくる者が出てくる。そこででは復活祭というものが年に一度行われる事になっている。復活祭では、定命じょうみょうの猫として人間界へ生まれ変わる者を見送る祝いとに生まれ変わった者を受け入れる祭りという二つの祭事が同時に執り行われる。どちらも天の門ゴッズゲートを通過して出たり入ったりする。天の門ゴッズゲートは年に一度の復活祭と百年に一度の天使の日エンジェルデー以外にまず開く事はないが、ごくまれに開く事がある。これは滅多にない特別な日なのだが詳しい事はまた別のお話で語る事にする。


 さて、復活祭は日の当たる昼間に人間界への生まれ変わりを見送る祝い、夜になると新しい住人を受け入れる祭りが執り行われる。去っていく者を寂しがる住人もいるが、いずれまたここに戻ってくるので泣いたり騒いだりする住人はほとんど居ない。しかしそれとは逆に新しい住人の受け入れはかなり盛り上がる。


 ある星空の綺麗な復活祭の夜、人々は丘の上で輪を作るように集まって来ていた。新しい住人が降り立つ場所は決まっており、そこを中心に住人が集まっている。皆何かを探すようにキョロキョロと満天の星を眺めている。


 そこにほのかな三日月形の何かを包んだ光の玉が空中に現れた。音もなく静かに輝くその光の玉はひとつ、ふたつ、と増殖しながら多数の光の玉がまるで蛍のように空で揺蕩たゆたっている。そのひとつひとつの光の玉を天使が地上へ運んでくると、丘の上に優しく置いて去っていく。光の玉と天使の輪の光がまるで昼間であるかのうような明るさを地上に作り出す様はとても幻想的でおごそかという言葉が似合うかもしれない。


 いつもはこの後それぞれの光の玉から猫またはヒト型猫が生まれ、新しい住人として誰かの引き取られたり、どこかに行ってしまい丘はまた静かな星空へと戻るのだが、今回はどうも様子が違うのだ。光の玉の中に他の玉とは一回り大きく色の違う玉があった。その光の玉からは生まれてくるはずのものが中々生まれてこない。実は初めてという訳ではないのだが、これはかなり珍しい事なのだ。もちろん事情を知っている天使はただ暖かく見守っている。この現象を見た事のある住人もまた同様に静かに微笑んでいる。


 「あら、珍しいにゃー。今年はこれを見る事が出来るなんてにゃ」

 「よほど強い絆だったのにゃーうらやましい事にゃ」

 「ほんとにゃ、大抵は神様から許可されないものにゃー」


 経験ある住人達の声があちこで聞こえるが、これから何が起こるか知っている者たちはそれを知らない者達に騒がずに静かに見ておくように促している。何か期待のような楽しみのような微妙な空気の中で皆の目は特別な光の玉に注がれていく。普段の復活祭のようにお祭り騒ぎで終わるのとは違っていた。最後に残った光の玉は生まれ変わる事を待つように静かに光っていたが、何匹かの猫がその光の玉に近寄っては何かを確認した後、寂しそうに去っていく光景が続いていた。


 そんな中、また一匹の白猫が走り寄ったかと思うと、その光の玉をあちこちから角度を変えては確認して確認して…そして叫んだ。


 「やっぱりむっちゃんにゃん!ご主人様にゃー!」


 光る玉の中から虚ろな目で外を見ていた少女が驚いたような顔になった。明らかに困惑している様子で辺りを見渡していたが、やがて喋る猫に気が付いた。そして白猫と目が合った瞬間、叫んでいた。


 「シ…シロちゃん!!!」


 そう呼ぶとふっと光は消え、少女はそのまま白猫を抱えて嬉しそうにぐるんと一回りした。月明りに真珠のような涙が光る様は美しく輝ていた。不思議そうに笑う少女はまだ何が起きたのかは理解していなかった。ただ、ここが病院のベッドの上では無い事と、居るはずのないシロを抱きしめる事が出来ている事だけは実感していたのだった。

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