終末にはチーズバーガーを食べよう

鍵崎佐吉

私の日常

 週末の昼だというのに通りにはほとんど人がいない。これだけ閑散としていると、いちいち信号で立ち止まるのも馬鹿らしい。私は車道を横切って見慣れた赤い看板の店へと歩いて行く。先週来た時とは違って入り口のガラス戸が粉々に割れていた。しかし店内には明かりがついていたので、私はいつもと同じように店に入っていく。

「いらっしゃませ」

 見慣れた顔の店主はいつもと変わらぬ様子で言った。どうやら特に問題なく営業しているようだ。私は内心で安堵する。ここがなくなってしまったら、私は週末の昼食を何にするか、いちいち考えなくてはならない。私にとって食事とは儀式のようなものであり、ただのルーティンワークでもある。十年以上続けてきたこのルーティンを乱されるのは私にとって耐え難いほどに不快なことなのだ。

「チーズバーガーのセットをひとつ」

「かしこまりました」

 それ以上のやり取りは必要ない。私たちはお互いの名前すら知らないが、この初老の店主は私がずっと同じものを頼み続けていることを知っている。それだけで十分なのだ。私の知己もその多くがすでにこの場所を去り、今やこの店主が私にとって一番付き合いの長い人間になってしまった。

 私は店の中央にあるテーブル席に腰掛けて、チーズバーガーができるのを待つ。店内には他の客はいない。以前来た時はまだ四人ほどいたはずだ。客が私だけになってしまったらこの店は潰れてしまうだろうか。しかしそれは私が心配してもどうにもならないことだ。勝手な印象に過ぎないが、どことなくあの店主は私に近い人種のような気がしている。ただ整然と、淡々と、定められたルールに従って生きることに喜びと美徳を見出している人間。そうでなければこんな場所でハンバーガーなど作ってはいないだろう。だからきっと、彼は私が客としてここに来る限り、ハンバーガーを作り続ける。私たちはそういう男なのだ。

 ふと店の外から喧騒が聞こえた気がして私はそちらに目を向ける。見れば幾人かの若者が車のいない車道を何か喚きながら駆けていく。薬中か何かかと思ったがそれにしては数が多い。そう思っていると人の数はどんどん増えていって、あっという間に道を埋め尽くすほどになってしまった。ある者は大声で叫び散らし、ある者は修行僧のような形相で歩いて行く。その様子からこれがデモ隊の行進であることがわかった。——ああ、そういえば確かに今日だった。道理で人がいないわけだ。

「お待たせしました」

 私がぼんやりとその行進を眺めていると店主が私の席にチーズバーガーセットを運んできた。

「……今日は多いですね」

 滅多に話しかけてこない店主も、外の景色を見てそうつぶやく。ただ変わらないことを求めてきた私たちには、彼らの心情はわからない。しかしそれは私たちが異端者であるというだけのことだった。毎日決まった時間に働いて、決まった時間に寝て、一日も欠かさず日記をつけて、週末にはチーズバーガーを食べる。そうやって社会の歯車として従順に生きてきたのだ。例えこの社会が崩壊に近づいているのだとしても、今更生き方を変えることはできない。部品である歯車だけ残ったって何の意味もないではないか。

 私はポテトをいくつかつまんでからチーズバーガーにかぶりつく。特にチーズが好きだとか、このメニューに思い入れがあるわけではない。この店のハンバーガーで二番目に安くて、その割にはそこそこの味だと思うからだ。と言っても他のメニューを頼んだことはないのだが。別に食べ比べてみる必要などない。美味いものを食べることよりも、ルーティンを作り出して、それを守り続けることの方が私にとっては大事なのだ。世界中どこでも食べられるこのチェーン店の味は、そういうルーティンを支えるものとして相応しいもののように思えた。

 私がチーズバーガーを半分ほど食べ終わった時、外の喧騒がひと際大きくなった。そして次の瞬間には悲鳴と銃声が鳴り響き、群衆は大混乱に陥る。昨今の情勢を考えれば、こうなることを予測できなかったわけではないが、そうだとしても私はやはりここでチーズバーガーを食べることを選んだだろう。粉々になっていたガラス戸をさらに突き破って、人の波が店内になだれ込む。

 ああ、今日の日記は書けそうにないな、と私は思った。

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終末にはチーズバーガーを食べよう 鍵崎佐吉 @gizagiza

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