83、四季の庵で(後編)
「
「なんだって?」
夏は笑みを引っ込めて冬を睨んだ。
「どういうことかな」
「亥神さまご本人から伺った。雀を人に返すことに同意すると」
「いつ? なぜそれをすぐにわたしたちに言わないのだ」
「先ほど。急だったゆえ、この場で伝えたほうが早いと考えた」
「ははあ」
夏は嘲るように鼻を鳴らした。
「君の人好きは四季として許されない域にまで来たか。わたしを冬の宮から遠ざけて、他にどんな悪さをしていたのやら」
「夏殿、お言葉が過ぎますぞ」
秋の背後で木枯らしが吹き、落ち葉が火炎旋風のように空へと上がった。
「亥神さまお一人にご同意いただいたところで我らの意見は変わらんぞ。これはもともとは我ら四季の発案であり、亥神さまはご自身の罪悪感払拭のためこの話に乗られたに過ぎぬ。再度言おう、たとえ一時だとしても、雀一人のために助かる命が数多ある。ここで賭けに乗ることはできぬ。雀よ、お主には申し訳なく思うが、なんと言われようともここは譲れぬ。あきらめてくれ」
「私は帰してもよいと思っている」
冬がつんとして言った。
「思い出していただければ結構なのだが……私ははじめから反対していた」
夏の庭の入道雲に稲妻が走った。
「四季たる者が下界の命を省みんとは!」
「私が何かひとつの味方になることなどあり得ない」
「いいや、君は昔から明らかに人をひいきしている」
「冬殿」
秋が割って入った。
「考えたくはなかったが、雀が自力で記憶を取り戻したとも思えぬ。……よもや記憶の封を解いたのはあなたではあるまいな」
冬は事も無げに答えた。
「氷はいずれ溶けるもの」
「冬、貴様!」
激昂した夏が光を発すると同時、背後の庭の稲光が一瞬視界を塗りつぶし、間を空けず夏の庭に轟音が響き渡った。
夏、秋、冬の三名による言い争いが各庭の景色を荒れ狂わせる。夏は雷を伴う豪雨、秋は木々をなぎ倒すほどの台風、冬は庭が見えなくなるほどの猛吹雪だ。
その中にありながら春だけは粛々と座している。他の三名を止めようと動くこともない。薄く雲のかかった桃色の庭を背負い、ただ静かに
と、夏の業火が春へと飛び火した。
「春、あなたはいつから冬と繋がっていた? まさかはじめからだとは言わないだろうね?」
「繋がっていた、とはどういうことでしょう」
春はたおやかに小首をかしげた。
「とぼけるな。冬が雀を連れ去ったのは春の宮だということはわかっているんだよ。我ら四季は互いに許可を得ない限り他宮に入れぬ決まりだろう」
「まあ、異なことを」
春はおっとりと微笑した。
「わたくしはこれまで、四季のどなたさまも拒んだことなどございませんよ。春の宮はいつでもどなたでも、自由に入れます。ご存知でしょう? ……あら、そういえば夏さま、わたくしもあなたにお聞きしたいことがありました」
「なんだい? 言ってみなよ」
「梅子の筆が見つかった場所のことです。ずいぶん都合の良いことでしたね。人である雀の体が眠る場所に、
「それはわしも聞きたかった」
秋がくわっと噛みついた。
「危険な真似をなさったものだ。今のこの事態も、もとを正せばあれが引き金になったのではないか。いったいどう責任を取るおつもりか。この場でご説明願いたい!」
夏は薄ら笑いを浮かべ、虹色の髪の裾を指に巻きつけた。
「それはきっと上界の神々のお心遣いだろうね。暦になる覚悟を決めさせるために、人である自分との決別を促したかったんじゃないかなあ。だってほら、さすがにちょっとかわいそうじゃないか。うじうじあきらめると思ったけれど、まさか歯向かってくるとはね。こういうところ、人っぽくて参っちゃうよねえ。……あ、神々の代弁ね、これ」
「夏殿――!」
「あらまあ。後で上界の神々に叱られても知りませんよ」
春の庭までにわかに雲行きが怪しくなってきた。
「つ、つばきさん――」
雀がおろおろと玄鳥至の袖を引っ張っている。
――致し方なし。
玄鳥至は黙って床を睨んでいたが、脇にのけていた巻物をドンと前に突き立てた。四季がこちらに意識を向けると、玄鳥至は声高に言い放った。
「あなた方を脅すような真似をしたくはありません。しかしお聞き入れいただけないのであれば、こちらにも考えがございます」
四季の双眸がさながら四聖獣の如く光を放った。各庭に吹き荒れる嵐が今にも建物を破壊し飲み込まんと猛り狂う。
玄鳥至は押し潰されそうなほど重苦しい圧力に自然怯む己を叱咤し、両手で巻物をわっしと掴むや、中央に向かって高く、高く放り投げた――。
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