76、玄鳥至の暗躍(その4)
「
「兄さんの部屋は滅多に入れるものじゃないんですよ、
「……たしかにはじめて入ったわ……」
九月初旬。二十四節気は
物の少ない
室内は広さを重視して家具は最低限、ベッドと棚とテーブル、椅子は北欧モダンな一脚のみ。秋分にはその一脚を勧め、弟の
「兄さん、悪いけど手短に頼むよ。ご存知のとおり、うちは任期に入ったばかりなんだ」
つばさに促されるまでもない。今日は
話を聞き終わると秋分は袖で額を支え、つばさは「そんなことだろうと思った」と腕を組んだ。
「秋季にこの話をして、どのくらいのメンバーが協力してくれるだろうか」
玄鳥至が問うと、つばさは「期待しないほうがいいね」と冷たく言った。
「今パッと思い浮かぶのは、
「意外といるじゃない」と、秋分。
「いましたね」と、つばさ。
しかし秋分は眉尻を下げて「うーん」と唸った。
「でもそれって、
「秋分さまはどうお考えになりますか。俺たちにご協力いただけますか」
やはり秋分は「うーん」と唸った。
「いえね、協力するのは別にいいのよ。わたしは賛成。暦のこの先を考える時が来たんだって思うから。でもね、最終的に秋季全員を味方にしたいのなら、それはほんとうに難しいと思うのよ。なにせうちにはひねくれ者もいるわけだし」
「実は秋さまにご協力を仰ぐことも考えているのですが、それは……」
秋分は振り袖をバサバサ振った。
「無理むり、だって秋季のメンバーに雀くんが救世主だってことを流したのは、他ならぬ秋さまよ」
それは初耳である。
――なるほど、夏さまと秋さまは結託していると考えるべきか。そうなればやはり春さまも……。
「ちょっと、兄さん」
つばさが口を尖らせた。
「なんで僕には協力してくれるか聞かないの」
「お前はするだろ」
「そういうところ、ほんとうにむかつく」
「俺は別にむかつかれたっていい」
つばさの不機嫌を感知して秋分がまた袖を振った。
「兄弟喧嘩しないでー」
「してません」
兄弟の声が見事にそろった。
仕切り直しと、玄鳥至は秋分に向いた。
「実は秋分さまには他にお願いしたいことがありまして」
「何かしら」
「秋の宮巡りの時に、雀の案内をしてやってほしいのです」
秋分は小首をかしげた。
「その言い方、あなたは行かないのね?」
「はい」
「それはなぜ?」
「先ほども申し上げましたとおり、春さまとのことが――」
「それだけじゃないわよねえ」
秋分はため息まじりに苦笑を浮かべた。
「噂になってるわよ。つばきが雀くんを煙たがっている、ってね。ねえつばき、あなたがそうするほんとうの理由は何?」
玄鳥至は黙った。秋分は切り口を変えた。
「雀くんはどうして何も言わないのかしら。わたしだったら避けられているとわかった時点で相手を問い詰めるんだけど」
「それは秋分さまだから――」
玄鳥至は茶化して流そうとしたが、つばさがそれを許さない。
「怖いんですよ、兄さんに嫌われるのが」
つばさはせせら笑う。
「で、兄さんもそれをいいことに好き勝手やっていると」
「俺はあいつのことを考えて――」
「でたでた、お得意のやつだね。善意と正当化で相手の心を無視しちゃうんだ。あのさ、兄さん。相手の良心や愛の上にあぐらをかくのは良くないよ。恋愛の意味で言ってるんじゃない、これはあらゆる面で言えることだよ」
「別にあぐらなんてかいてない」
言い返し、玄鳥至は観念した。
「……わかった、本心を明かそう。俺は雀に親離れを促したいんだ。あいつは少々俺に頼りすぎている。人に戻った時、たとえ俺のことを忘れていたとしても、今独り立ちを覚えておけば自然と一人で歩めるようになるはずだ。あいつに必要なのはそれなんだ。あいつが人として生きる道は同い年の子らより苦しむことが多いだろう。その時に自分の足で地面を踏みしめて進めるように、俺は今あいつを突き放している」
つばさは小さく何度もうなずいた。
「巣立ちか。なるほどね。それはいいね、それは賛成」
でも、と兄をじろりと睨む。
「なんで彼にはそんなに過保護なの?」
「わからない。だが俺はあいつのために動かなければならないんだ」
「だから、それがなんでかって聞いてるんだよ」
「わからない」
玄鳥至は額にこぶしを押し当てた。
「わからない……」
――約束だよ。
「……約束だから……」
それを聞いたつばさはにわかに気色ばんだ。
「約束? 誰と――」
「だから、わからないと言っている!」
しん、と場が静まり返った。
秋分があわあわ言いながら袖を振る。
「け、喧嘩しないでー。兄弟喧嘩やめてー」
「してないです……」
玄鳥至は力なく言う。
「秋分さま、すみません。つばさも……大声を出して悪かった」
つばさは片手で
「そういうことか。いや、大丈夫。こっちこそごめん。しつこかった」
つばさは再度腕を組み、まとめに入った。
「僕と秋分さまで秋季の説得に当たる。これはできる限りやってみるよ。ただ、あまり期待はしないでほしい。もし密告者が現れたら一巻の終わりだからね。それから、秋分さまが雀くんに秋の宮を案内する。これは僕もそれとなく気をつけておくよ。秋さまの息がかかった者がいないとも限らないからね。それで何か起こったらすぐに兄さんに連絡する。……そんなところかな? 他には何かある?」
「いや、ない」
玄鳥至は頭を下げた。
「感謝する」
「ただし、条件がある」
「……条件?」
「兄さん、僕とも約束して」
つばさは腕を解いて座り直した。
「雀くんが秋の宮を巡り終えたら、彼と向き合って話をしてほしい。それが条件だ」
玄鳥至は弟を見た。
――こいつも大きくなったものだな。あんなに小さく、震えていたのに――。
はっと息を呑む。この記憶は前世の、ツバメの頃の――!
「わかった。そうしよう」
動揺を抑えて約束した。つばさは両手を後ろについてにやりと笑った。
「でもやっぱり面白くないから、僕もちょっと雀くんに意地悪しちゃお」
「おい」
兄弟がじゃれ合うあいだに、秋分が壁の時計を見た。時刻は一時半を過ぎたところだ。もういつ春が戻ってもおかしくないし、秋も任期直前の秋分がいないことに気づいて機嫌を悪くするかもしれない。
「じゃ、時間もあれだし、わたしとつばさはそろそろお暇するわね。最後に……雀くんの魂をどうやって人に返すか、方法はなんとなくでも頭にあるのよね?」
「いえ、まったく」
「はっ?」
玄鳥至は軽く肩をすくめて言った。
「だからこそ、四季のうち一人でも味方につける必要があるのです。……困りましたね」
残る手は実はふたつある。冬を味方につけるか、それが望めない時は――。
***
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