75、玄鳥至の暗躍(その3)
嬉しい誤算とでも言おうか。夏季も思いの外穏便に事が運んだ。しかしこれには
「夏の宮は夏さまの教えが浸透しているんだよ。『何事も楽しみなさい』ってね。くよくよ落ち込んだり、心配事を引きずるのは夏季の者らしくない。だからそこまで心配する必要はないよ。心置きなく毎日を楽しむために、アタシも一枚噛ませてもらいます」
小暑は大胆だった。まずは犠牲者である温風に話を持ちかけたのだ。
これは小暑から聞いた話だが、温風は少しのあいだ黙り込み、やがて何かを吹っ切るように晴れやかに笑ったという。そして率先して同じ犠牲者である大雨の説得を引き受けた。大雨は例の如く号泣しそうになったが温風の熱心な言葉に絆されて思いとどまり、
梅子に話したい、そう言ったのはほたるだった。筆探し以降、梅子は夏の宮に雀が来るたびに雀と交流を持ち、不安定だった情緒がかなり落ち着いていた。
ほたるがどういうふうに梅子に話をしたのかは知らない。二人は地上に降り立ち、前から気になっていた有名店のケーキに舌鼓を打ちまくった。まさかケーキ食べ放題を奢られたくらいでうなずいたとは思わないが、帰ってきた梅子はここ数年でいちばん穏やかな表情をしていた。玄鳥至は実のところ梅子は厳しいと思っていたので拍子抜けした。春の宮に戻って
「ほたるは梅子を信じて話をしたし、梅子は自分を信じてくれるほたるを信じようと思ったのよ」
と、玄鳥至に非難めいたまなざしを向けた。藪蛇だったか――玄鳥至はすごすごと退散した。
温風、梅子、大雨の三人がこちらについた効果は絶大だった。彼らは「雀がいなくてもやれる」と自身に太鼓判を押し、現状に
その中で一人、ろくに話も聞かずに拒絶を示した者がある。『難航』――この知らせを受けた時、玄鳥至は久しぶりに雀と軽く言葉を交わしていたが即座に切り上げ、現場である温風の部屋へと急行した。腕を組んであぐらをかき、そっぽを向いた相手に温風が頭を抱えているところだった。
「面倒事に巻き込まれるのはごめんだ!」
玄鳥至は叫ぶそいつの背後に近づいた。
「俺と話そう。おひとりさま飯でもしながら」
「誰があんたとなんてするもんか!」
しかしミズルはわかっていたかのようにぐるんと振り向いた。
「ていうか、おひとりさま飯は一人で食べるからおひとりさま飯なんだよ! 自分はわかってるみたいな顔して適当言うな!」
人差し指を突きつけながら勝ち誇った顔をする。玄鳥至はその指を見ながら言った。
「じゃあ、お前はそれでいい。参加しなくていい。別に無理にとは言わないし、協力者はすでにたくさんいるからな」
「えっ……」
「残念だが仕方ない。素直に他を当たるとするよ」
「えっ、あの」
「もしかしたら周りが全部こちらについて、一人きりになって寂しくなるかもしれないが、よく話を聞いて自分でしっかり考え抜いた上で出した結論だろうからな。尊重する」
「えっ、えっ!」
玄鳥至は焦るミズルに背を向け、片手を上げた。
「じゃ」
「ちょっ……、ちょっと待て!」
ミズルは突きつけた指を五本に増やしてぷるぷる震えた。
「も、もう少し詳しく話を聞いてもいいよ……?」
「いや、いい。じゃ」
「そこは乗って来いよ!」
玄鳥至は返した踵を再び面倒な男に向けた。
「行く気になったか。おひとりさま飯」
「だからそれは違っ……ええい、もういい! あんたはいい! 温風、悪かった。話を聞かせてくれないか」
「いや、俺はよくない。ミズル、ぜひ今度俺と二人でおひとりさま飯を……」
「こいつ、なんでこんなにしつこいんだよー!」
後日、ミズルも加わると温風から連絡があり、玄鳥至は大いに満足した。
夏季を攻略する中でもうひとつ面白いことがあった。自分たちさえ良ければそれでいいというスタンスの妖麗美女二人組、
「私らはね、ここから外に引っ張り出されて、運動会だの球技大会だのに参加しろって言われないなら、なんだっていいんだよ。……万が一失敗したら? そんときゃそん時だよ。ねえ、蚕?」
「あたくし、難しいことを考えると頭が痛くなっちまいますの」
と、これが二人の言い分だった。
夏季の暦すべてを味方につけるのにひと月とちょっと。お陰で時間的にも気持ち的にも余裕ができた。次は厳しいと予想される秋季に挑む。そのために玄鳥至は、清明に頼んで二人の暦を春の宮に呼び立てた。
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