70、再会
「――はい! そんな感じで、雀くんは冬の宮をエンジョイしてまーす。どうどう? 親離れしちゃった感想は?」
「うるさいな」
雀は今、
宴は大晦日から始まり元日の朝を迎えて、意識ある者が三分の二にまで減ったところだ。玄鳥至と雀とはまだ会話らしい会話をしていない。他の者は代わる代わる雀に声をかけたが、玄鳥至は動かずじっと時を待っている。「恋の駆け引きみたいね」と
「
「それはわからなかった。ようやく彼の姿を確認できたのが立冬だったんだから、それまでは冬さまご本人が匿っていたと考えるのがふつうじゃないかな」
「まったくふつうじゃないから聞いたんだが……」
「たしかに。でもほら、冬さまは他とちょっと違うでしょ。なんてったって……」
人びいき。
玄鳥至はぐいっとお猪口の中身を飲み干した。
「……で、秋の宮で雀くんと何があったの? ボクは君の依頼に応えてあげたんだから、教えてくれたっていいじゃない」
向けられる無遠慮なくちばしを酒樽にでも突っ込んでやりたい。そんな物騒なことを考えるくらいには、近頃の玄鳥至はくさくさしていた。
「ちょっと言い争った。それだけだ」
「おそらく前任が絡んだ痴情のもつれだ。……って
「……」
秋季の
「蒙霧は冬さまと繋がっていると見て間違いないだろうな」
「あっ、話そらした」
「うるさいな」
「さっきからそれしか言わないじゃん」
つまんなーい!
「いいよー、乗ってあげるよ。じゃあさ、つばきはどう考えているの? 蒙霧と冬さまのこと。雀くんが冬さまの庇護下へ入った流れとか」
玄鳥至はかすかに目線を動かして、密かに動向を注視している者の位置を確認した。蒙霧は秋季側の壁に向かってごろんと寝転がっている。眠っているのかは不明だが、どうせ奴のことだ、寝たふりして周囲に聞き耳を立てているに違いない。
距離はあるが、玄鳥至はよりいっそう声を落とした。
「まず、秋分さまやつばさを出し抜いて雀を攫ったのは冬さまのご指示だろう。実はそこに関しては蒙霧本人から聞いている。『食堂に行くよう言われて行ったら新入りがいた。案内係と勘違いされたから連れ出した』と……。誰に言われたのかを聞いてもにやにや笑うだけで口を割らなかったが、その後起こったことを考えれば冬さま以外にはいないだろう。冬さまと繋がっていたというのは意外だったが……」
「ボクもそれは初耳よ。蒙霧ってほんとうに友達いないじゃん」
「冬さまとの取引に何かしらのメリットがあったんだろうな」
「メリット……」
情報屋が嬉笑した。聞こえていないはずだが何かを感じ取ったのか、寝ている蒙霧が身震いした。
秋の趣味らしい骨董品の壁掛け時計を見れば時刻は朝六時、あと二、三時間で一度お開きになって、夕方から再び宴が始まる。大晦日から三が日のあいだ中続く宴は初日だけが全員参加で、あとは自由だ。それは四季も同じで、今は十二支の宴に顔を出しているが、もう少ししたら戻るだろう。まして今は雀がいるのだから、冬以外の四季が戻らぬはずがない。
――というか、いつもよりずいぶん戻りが遅いな。
玄鳥至は襖に描かれた四季花鳥図のいちばん右に目を留めた。
「……実はもうひとつ気になることがある」
「なあに? 面白いこと?」
「春さまのことだ。あのお方は、もしや――」
「おい」
転がる屍をうまいこと避けながら、雀がこちらへやって来る。否、よく見れば冬至が先だ。相変わらず影が薄い。
「お楽しみのところすまないね。鶺鴒は大分酔っていそうだね」
「酔ってませーん。冬至さまはもっと飲まれたほうがいいと思いまーす」
「僕は飲んじゃまずいんだよ。いつ夏さまが――うん、二十四節気として、常に正気を保っておかなければね。ええと、ちなみに今、夏さまは……?」
冬至は眼鏡のレンズを神経質に拭いてかけ直し、青白い肌をいっそう色抜きして入り口をチラ見した。鶺鴒はしたり顔で頬杖をついた。
「まだ当分は帰ってきませんよ。ボクの知るところでは、
「ああ、うん……ならいいんだ。ゆっくりできる……」
「冬至さま、こちらで一杯どうですか」
玄鳥至が水を向けると、冬至は最初からそのつもりだと首を振った。
「あっちは飲み比べでいよいよ戦場と化しそうなんだ。それと――雀くん、ほら」
雀はぺこりと会釈し、まっすぐに玄鳥至と向き合った。その瞳の黒々とした輝き。もとから相手の目をまっすぐ見る子どもだったが、今その瞳は理知と覚悟で強い光を放ち、この少年が会わぬ間にいくらか大人になったことを物語っている。
「お久しぶりです、つばきさん。明けましておめでとうございます。ちょっとお話いいですか? ここではなく、場所を変えて……」
願ってもない。玄鳥至は一も二もなく了承した。
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