51、霜降――雑節・彼岸
「
霜降は瓶底眼鏡をキラリと光らせ、かすかに首を縦に振った――それだけだった。
皆の視線が霜降には向けられていないことに雀は気づいた。それは彼女の隣、霜降にピタリと椅子を寄せた真っ赤な着物の少女に集まっている。少女が口を開いた。
「チーム霜降は万全の状態です。あたしは環境が整えばいつでも霜を降ろすことができますし、
「落としませんよ、僕は」
「私も適度に泣けると思います。不憫な姉のことを考えると、自然と涙がこみ上げてくるんです」
上背が百八十近くありそうな娘が、細長い指で目頭を押さえる。次候・
赤い着物の少女が応えるようにうなずくと、ホワイトブロンドのボブヘアが顔の周りでキラキラ光る。早朝に降りる霜が朝日に輝くようなその髪色は、この娘が初候・
その後の質疑応答でも霜降はいっさい口を開かず、すべて霜始降――〈しもる〉と皆に呼ばれていた――がこなしていた。その間、霜降は薄い唇をきゅっと結んで眼鏡越しに進行を見守り、時折顎でかすかに相槌を打つだけだった。
秋の背後で百年休まずチクタクしていそうな振り子の柱時計が、大儀そうにボーンと一回鳴った。
「ねえ、秋さま。そろそろお開きにしませんか」
寒露の痩せこけた頬は空腹に耐えかねて土気色になっていた。
「ああ、そうだな。では――」
ところがそこで、秋のすぐ斜め前に座しながら、いるのかいないのかわからないくらい存在感のなかった麗人が言葉を発した。
「お彼岸は?」
麗人は女性のようで、男性にも見えた。声もどっちつかずで、両性体なのだろうと推測できる。烏の濡れ羽色の長髪を
「それはもちろん、いつもどおりに――」
秋分は何を今さら、とへらへら笑ったが、向けられた彼岸の目がことのほか怖かったので引っ込めた。「……え、今年はわたしもやれってこと?」
「雀くんのためにも、手伝ってくれてもよいのでは、と思って」
三月に春のお彼岸があったにもかかわらず、雀は彼岸とは初対面であった。
――そういえば、なんで春にお会いしなかったんだろう。
「めちゃくちゃ大変だから、いや」
秋分の返事はにべもない。
「ただ数を数えるだけなのに」
「それが億劫なんだってば。お彼岸を行う人間を数取器でいちいちカウントするなんて、絶対数え間違えるからいや」
「
「あいつと気が合うこともあるのね。はじめて知ったわ。不愉快でなおさらいや」
春のお彼岸の中日は春分の日だ。
「ねえ、あんたって自虐趣味なの? お彼岸を忘れた人間が年々増えていくのを知って、何が楽しいわけ?」
彼岸は小鳥も止まれぬ
「楽しいわけがない。でも天上の神々から言われるんだもの。あの世の人々が、昔に比べてお彼岸に手をあわせてもらえないと嘆いている、って。だから私、『大丈夫、寂しい仲間はこんなにいるよ、なんなら年々増えているよ』って元気づかせようと……」
「それは元気が出るものなの?」
「慰められはするみたい」
彼岸は急に前のめりになると長い髪で顔を隠した。
「こうして消えていく。お彼岸という行事も……クククッ」
「あなた、今は数えてなくていいの?」
秋分は遠慮なしに髪のカーテンをめくった。暗い表情でも美人は美人だった。
「
「うっわあ、任期明け直後の雑節仲間を片っ端から……」
「なんてことないよ」
彼岸は遠い目をして言った。「年に二回やってる私に比べれば、なんてことないよ……」
「秋分、彼岸を手伝ってやりなさい」
「はい?」
秋は何食わぬ顔で言うと、どこからか出したか渋い湯飲みを両手で持ち、熱い茶をうまそうにすすった。
「彼岸がここまで肩を落としておるのだ。同じ暦として、すべからくそうすべきであるとは思わんか」
「肩が下がっているのは生まれつきでは?」
秋と秋分のあいだに火花が見える。すかさずお菊が秋分の援護に入った。
「秋さま、秋分さまはもう任期に入っておられます。本来なら今だって天地視書と向き合っていなければなりませんのに……」
「通常の業務は三候がおる。彼岸はあと三日で終わるのだ、なんの問題もあるまいよ。雀の案内役を買って出るくらいには余裕があるようだしの」
「問題なら大ありですよ!」
秋分がバンバンとテーブルを叩いた。
「雀くんにもカウントをさせるおつもりですか? 今日中に秋の宮を全部回る予定だったのに!」
「たしかに案内はせんといかんな」
秋はひげをしごき、
「他の者を探せばよい。言うておくが、ここにおる者はいかんぞ。任期を終えた者の中から選ぶのだ」
幸薄そうだった彼岸は今や世界一幸福そうで、周囲にちらちらと小花を飛ばした。秋分はなお食い下がろうと身を乗り出したが、それを止めたのは寒露の馬鹿みたいに大きな腹の虫と、それが消えるやいなやの霜降の怒りの一言だった。
「いいから昼食をとらせろって話ですよ……」
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