49、四季の能力
発とは
キーン、と、何やら高い音がした。仏壇のリンに似ているが、もっと高い。
首を動かして音の出所を探っていると、前方に突如として人の姿が現れた。自然と皆の背筋が伸びる。しわひとつない礼装の袴、灰色がかった白髪を後ろになでつけ、白ひげを細く伸ばし、にじみ出る峻厳なオーラは猛虎のよう。――秋の宮の主、秋。
「遅い」
「すみません」
秋分は
「問題込みで動くのが当然であろう。毎度々々同じことを――」
「秋さま」
水始はさっと風呂敷包みを差し出した。
「おはぎです」
「む」
秋はうなずいて包みを受け取ると、大事に胸に抱えていそいそと先を歩き始めた。
なんとなく、雀はこの老君を好ましく思った。四季らしく無茶苦茶だし、いかにも説教好きな頑固爺なのに不思議なものだ。――不思議と言えば、秋は忽然と姿を現したように思われたのだが、春や夏もよく同じ事をする。四季は瞬間移動ができるのだろうか。
「できるわよ」と、秋分が答えた。
「秋さまは、音を――金属音を介してこちらへいらっしゃるの。春さまは風をお使いになるし、夏さまは光の中をご移動なさるのよ」
「知らなかった。それは便利ですね」
「では、問題。冬さまは何をご使用になると思う?」
「冬だから……氷ですか?」
秋分の面々は予想どおりの答えににやついた。
「そう思うよね。でも違うんだなあ、これが」
水始が軽く足を弾ませて言う。
「ヒントは、対の季節」
「冬の対……は、夏。夏さまは光。光の反対は……闇?」
「そのとおり」
と、答えたのは背を向けたままの秋である。
「冬は闇の中を水のように潜り、常に泳ぎ回っておる。他宮でその宮の主の許可なく潜むことはないが、冬の宮では気をつけるのだな」
いつも闇に潜んでいるなんて、なんだか不気味だ。背筋をぞくぞくさせていると、ぽんと虫坏に肩を叩かれどきりとした。
「よう、挨拶が遅れたが、兄が世話になっているな」
「大したことはしてませんよ。お役に立てているならよかったです」
「正直、参っていたんだ。兄はちょいと頼りない男ではあったが、あそこまで女に、しかも同僚に現を抜かすとは思わなかった。最近は、ちったぁ正気を取り戻している時間が増えたそうじゃねえか。お前さんのお陰だと聞いた。礼を言うぜ。今後ともよろしく頼む」
「あ……、はい……」
回廊が終わり、秋の宮の入り口よりさらに立派な門が現れた。壁は白く瓦は黒く、上に鐘楼をのせた重苦しい門である。息が詰まるような重厚感から脇に目をそらすと、まだ青い楓がこちらを窺うように塀の上から枝葉を垂れて、さわさわと秋らしい風でしとやかに挨拶をした。
「開門!」
秋の声に呼応して、みしみし音を立てて門が内側に開いていった。
そこはわびさびの美をまとう小さな集落だった。細い道の両脇に風情ある日本家屋が立ち並ぶ。竹垣や小柴垣の向こうから金木犀の甘い香りが漂ってきて、背伸びして中を覗けば旅館のような日本庭園が見えた。集落を蛇行する澄んだ小川は中央の池と繋がり、その池の周囲には川床のようなテラスを張り出した家々が、天気の良い日曜日の昼のようにまどろんでいる。
秋の宮は地上に季節を合わせているので、紅葉にはまだ早かったが、よく太った柿の実が色づき始めていた。ここの木々がすべて赤や黄色に染まれば、その美しさたるや如何ばかりか。
「これが秋の宮の中央部。自室や食堂、大風呂、娯楽、必要なものはみんなここにそろっているわ。うんざりすることに、会議をするための場所もね」
秋分が先に見える細い石階段のてっぺんを指差すと、土壁と生い茂る庭木に囲まれて、中に俳人でも隠居していそうな雰囲気の木造の門が、ぽつねんと村を見下ろしていた。
階段を上りきって背後を振り返ると、集落を一望できた。どこか懐かしい瓦屋根の家々、落葉樹と広葉樹の色の違う緑、その中を縦横無尽に走る小川、そして見る者すべてに癒しを与える鏡のように澄んだ池。一見、自然につくられているようで、計算し尽くされた美の空間。
空のうろこ雲を映してキラキラと瞬く水面の上を、トンボの群が飛び交っている。ぱっと水飛沫が上がって魚が跳ねた。そのかすかな音が雀のもとまで届いた。
「雀くん」
秋分に呼ばれ、急いで門を通る。ここも外観は古き良き日本家屋のようで、一歩中に入れば和洋折衷、引き戸のすり鉢ガラスや古美術の照明等々、大正時代にタイムスリップしたかのような内装である。
庭の緑が差し込む回り廊下をついて行くと、中ではすでに他の暦たちがそろい、会議の開始を待っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます