30、芒種(その1)――嫌なことは道連れに

 


 天地視書てんちししょを開きっぱなしにしたまま橋の下でピクニックをし――小満しょうまんと麦の手作りサンドイッチはパンがしっかりしていてとてもうまかった――ミズルとかわずともそこで別れ、玄鳥至つばめきたると雀は次の二十四節気・芒種ぼうしゅのもとへと出発した――が、玄鳥至の足取りは満腹関係なしに重かった。


「正直なところ、俺はこの先に行きたくない」

「午後一でやる気のない発言をしないでくださいよ……」

「やる気なんてはじめからない」


 にんまり、雀が訳知り顔に口角を上げた。


「つばきさんは、かなりモテるんだそうですね」

「標的にされやすい、が正しい。……誰に聞いたんだ」

「うれしくないんですか?」

「そういったことに興味がないんだ」

「あ、モテる男の言い方だ」


 こほん、軽く咳払いして、玄鳥至はきっぱりと宣言した。


「そういうわけで、次の芒種さまの所は短時間滞在にする」

「だめですよ! お手伝いするんでしょ。きっと芒種さまがいちばん困ってるんだから」

「ならお前一人で残れ。俺は先に帰る」


「そりゃねえよ。なあ、雀?」


 太い生腕が背後からぬっと現れ、流れるように玄鳥至の首を締め上げた。


「ぐう、おおとり……!」

「よーう、順調?」


 同僚の鴻雁北こうがんかえるは笑顔のままぐいぐい玄鳥至の首をいじめ抜く。


「ずるいよなあ。小満さまの所で昼飯を食ったんだろ? っつうことは、麦ちゃんの手料理だったんだろ? ええ? ずるいよなあ」


 見慣れた光景だ、雀はもう驚かないし助けようともしない。玄鳥至は渾身の肘打ちを背後へお見舞いしたが、鴻は「おっと」と難なく後ろへ飛んだ。


「何しに来たんだ。俺をブラックアウトさせるためってわけじゃないだろう」

清明せいめいさまのおつかいで秋の宮まで行ってきたんだよ。ただ戻るのもつまんねえし、ちょいとお前さんたちの様子を見ていこうと思ってさ」

秋分しゅうぶんさまか」

「そのとおり。清明さまご自身が来なかったから、手ぬぐい噛んで嘆いていたぜ」


 陽光は一望千里の大草原に目立つ三人を生き生きと狙い撃ちする。鴻は汗をしたたらせながら恨みがましく空を見上げた。


夏の宮ここはマジであっちいな。オレは暑いのはだめなんだ。いくらご機嫌でも、もうちょい抑えてくれないもんかね、夏さまは。せめて冬さまみたいにさあ」

「そんな細やかなお方ではないだろう」

「まあな。……じゃ、オレはぶっ倒れる前に戻るとするかね」


 体の向きを変えようとする鴻の腕を玄鳥至はがっしと掴んだ。汗でべたつき長々触れていたいものではないが、ここで逃がしてなるものか。


「すんなり行かせると思うか」

「このまま帰す気はねえ、と?」

「わかるだろう」

「モテる男はつらいねえ」


 汗臭い反対側の腕が肩に回される直前、玄鳥至は男の顎に頭突きを食らわせてやった。


 今度はちゃんと当たった。


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