28、小満(その2)――ちょっぴり満足する
「小満さま、どうして
小満はまるい人差し指をぷくぷくの顎にぴとりとあてた。
「うーんとね、雀くんはおカイコさまについて何か知ってるかな」
「たしか、飛べなかったような……」
「そうそう、成虫でも飛べないの。きちんと羽のある蛾なんだけど、体が重くてね。それだけじゃなくて、おカイコさまの成虫はね、何も食べられないし、水も飲めないの。そんなだから、せっかく成虫になっても数日で死んでしまうんだよね。力がないから木に止まっていることもできないし、誰かに守られないとその数日だって生きられない。長いこと人に飼われてきたから、野生として生きる能力を失っちゃったんだ」
「蚕さんもそうなんですか?」
「蚕ちゃんは暦だから、ちょっとならご飯を食べられるけど、カイコだった頃の名残でとっても体が弱くって、みんなと同じことはできないんだよ」
「暦なのに?」
「関係ないよ。誰一人同じ者はいないし、同じことをしなくてもいいの。決まりがあっても、無理して従って具合を悪くしてしまうならやめたほうがいい。そのかわり、他にできることを探さなくちゃいけないんだね。自分ができないこと、自分にしかできないことを、彼女はちゃんと心得てるの。それを紅ちゃんが助けて、あっちは二人三脚でうまくやってる。絹と
雀がちょっと考えてから首を振ると、小満と麦は微笑み合って手を繋いだ。
「〈小満〉という言葉の語源はね、麦が無事に育ち色づき出してほっとする、ってところから来てるっていう説があるんだよ。ちょっぴり満足する、それが〈小満〉。……わかるなあ。だって、小麦畑って美しいもの」
気づけば一面に
「幸せな気持ちになるよね」
微笑む小満の頬に金が差す。雀も自然と笑みがこぼれた。
チュンチュン、バサバサ……。
「あっ!」
小麦畑から飛び出した数羽のスズメに、小満が鋭い声を上げる。
「麦ちゃん、テープ、テープ!」
「はい!」
麦がどこからともなく銀色のテープを取り出し、畑へ向かって放り投げた。それはひとりでにぐんぐん伸びて、あっという間に先が見えなくなった。
「スズメがねえ、小麦を食べに来るのよ。十一年前に
小満はすうっと表情を消した。
「スズメの姿焼きっておいしいらしいけど、どうなんだろう……」
「小満さま、どこから刈りますかー?」
「手前からいこう。麦ちゃん、鎌は?」
いつの間に出したのか、麦は元気いっぱい両手の鎌を見せつけた。全員有無を言わさず手渡される。
「さて、それじゃみんな、あたしがいいと言うまで、ひたすら小麦を刈り取ってね」
小満は厳しく付け加える。
「わからなければ、わかる者につきっきりで教えてもらうこと! 怪我をしないよう注意してね!」
麦から教えてもらい、雀ははじめこそこわごわ鎌を扱っていたが、すぐに慣れて手伝いを楽しんだ。
「鎌を使っている時にふざけるな!」
小満のげんこつが飛んできた。
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