26、立夏(後編)――おひとりさま飯
地上は広い。だらだらと地面を舐めるように見ても、いたずらに時が流れるだけである。加えて筆の特徴も「見ればわかる」それだけだ。
夏の宮の者は、なんだかんだ筆が見つかることを知っている。言わば茶番だ。
――だがそのうち筆も見つからなくなるだろう。筆が見つからなければ仕事はできず、梅子は存在意義を失うことになる。すると彼女も消えるのだろうか。果たして夏の宮の何人がそのことに気づいているのだろう。
「……
小暑には
悶々と考え込んでいると、右前方の水面が何やら騒がしくなった。赤と緑ふたつの物体が見え、ぐんぐん浮き上がってきて、赤いきつねと緑のたぬき――ではなく、赤髪の男と緑髪の女がたて続けに姿を現した。
男のほうは玄鳥至を見るなり、いやぁな顔をした。長い前髪の隙間から剣呑な光がチラチラ覗く。
「休憩だ。
「さあ。タケの様子を見に行かれたんじゃないか」
「ふうん。そんであんたはのんきに景色を満喫してるってわけか。いいご身分だね」
「太って食べ頃のミミズを眺めていたところだ」
「ふざっけんな!」
男――
「今年はミミズたちに夏さま直伝のかくれんぼの極意を伝授して、あんたの大事なツバメたちを飢え死にさせてやる。一匹だって食わせてなるものか!」
「ツバメはミミズを食べないぞ。ミミズは土を食っているから腹に良くない。ツバメは飛行中に狩りをするから、ハチとかハエとか羽のある――」
「じゃあなんで食べ頃とか言うんだよ! 性格悪いな、コンチクショウ! 言っとくけどな、ボクは他の虫にも意識を通わせることができるんだぜ」
「あきらめろ、自然界のヒエラルキーというやつだ」
「あんたそれ
これだから嫌いなんだ、とミズルは憎々しげに吐き捨てた。
「兄弟でえらい違いだ」
「つばさだって似たようなものだろう」
「全然違う。あいつは好きだ。ボクのことをわかってくれる。この前も一緒にラーメン屋に入って、おひとりさま飯をした」
「すまん、何を言っているのかよくわからない」
「一緒に店に入って、別々の一人席に座ったんだよ」
玄鳥至はその光景を想像してみた。
「それは……、楽しいのか?」
「快適だった」
「俺ともするか?」
「しない」
おせっかい焼きの
「ミズルはよくやってるんだよねー、おひとりさま飯。春季だと
え、と玄鳥至は怪訝な顔をした。
「穀雨さまは理解できるが、雨水さまも?」
ミズルは鼻高々に顎を上向けた。
「お誘いすると、ほとんど必ず来てくださる。あちらから声をかけていただくこともある」
「俺ともするか?」
「しない」
立夏が戻ってきた。
「つばき、少しいいですか」
葉の上をぽんぽん弾みながら立夏について行った先で、途方に暮れた様子の雀の姿が見えた時、玄鳥至は既視感を覚えると同時に投げる物を探して辺りを見回した。ちょうどそばを手頃なヒメマスが通りかかったので、掴んでダーツの如く狙いを定める。鋭く放ったヒメマスは雀の膝でいびきをかいているタケの額に強烈なキッスを送り、タケは悲鳴を上げてヒメマスごと下層の湖に落っこちた。
「お前の膝はそんなに寝心地がいいのか?」
「おれもそう思っていたところです……」
雀は揺れる湖面をげんなり見下ろした。
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