靡く音

告亜

『行ってらっしゃい』

蝉の音が聞こえる夜だった。

未だ風は生暖かく、遠くで草の靡く音が聞こえる。


道の白線に沿ってゆっくりと歩を進める。

暫く歩いた後に、[くすくす]と女子の笑い声が聴こえた。

右からだ。

,,,右側は向かなかった。


また、白線に沿って歩き始める。

暫く歩いた後に、今度は左から[どん]と押された。

危うく白線から退いてしまう所だったが、何とか踏みとどまった。

,,,左から男子の大きな笑い声が聴こえた。


もう一度、白線に沿って歩き始めた。

暫く歩いた後に、腹部に痛みが走った。

殴られたような痛みだった。

とても痛かったが、蹲らずに、白線からは決して退かなかった。

,,,『ギャハハ』と右、左、正面から笑い声が聴こえた。


目がぼやけてきた。

目から溢れそうなモノを零さないように、上を見て歩き続けた。


だけど、暫く星ひとつ見えない夜空を見ると、余計に溢れ、零れてくる。

もう上を向いていても意味が無い事に気付いて、どうしようもなくなって、下を向いた。


暫く歩いた後に、後ろから笑う声が聴こえた。

温かい声だった。

[とん]と、軽く背中を押され、後ろで微かに声が聴こえた。


零れるモノを手で拭った。ぼやけていた視界が少し開いた。

,,,開いた視界で空を見た。

夜空に一つだけ、光る星が見えた。

その星は一段と輝いて見えた。


_____蝉の音が聞こえる朝。

風は生暖かく、遠くで草の靡く音が聞こえる。

身支度を済ませ、菊の花を持ち、いつもの道を白線に沿って歩く。


暫く歩いた後に、後ろから自転車のベルを鳴らす音が近付いてきた。

自転車の音がすぐそこまで迫った瞬間、手に持っていた菊の花が手元から離れた。

菊の花は自転車に乗った男の子が持っていた。

大切な物だったので、走って取り返そうとした。

白線の事は気にしていられなかった。

,,,自転車ほど足は早くなかった。


目の前で、菊の花は男の子に振り回され、道脇の塀に擦られ、ぐちゃぐちゃになって捨てられた。


目の前がぼやけてきた。

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