第六話   ぬれどあかぬを

 上野かみつけの  安蘇あそのま麻群そむら


 かきむだき  れどかぬを


 あどかがせむ




 可美都氣努かみつけの  安蘇能麻素武良あそのまそむら

 可伎武太伎かきむだき  奴礼杼安奴乎ぬれどあかぬを 

 安杼加安我世牟あどかあがせむ




 上野かみつけの阿蘇あその麻束を抱えるように、いもをかきいだき寝たけれど、飽きるところを知らない。

 こんなにかき抱いたのに、これ以上、どうすれば良いというのか。



 ※麻束──背丈を越える麻を数本まとめて抱え、力をこめて引き抜く事から、「かき抱き」を導く。




    万葉集  作者不詳




   *   *   *




 三虎は少々かっかとしている。


 卯団の新入り、伊奴いぬがどうも気になる。

 昼間に見せつけてやったし、荒弓あらゆみにも確認したら、


「そんな事ないですよ。うちは健全、安全が主題です。ハッハァ!」


 とかほざいていたが、いつからそんな言葉を掲げるようになった。荒弓の目がわずかに泳いだのをオレは見逃さなかった。


 つまり、夜はこうなる。


「わあん、恥ずかしいですよぅ。」


 月明かりの寝床に白く浮かび上がるは、輝く雪膚せっぷ

 まばゆ朱脣皓歯しゅしんこうしの美女には、自分で膝を抱えて足を開くよう申し付けてある。

 一糸まとわぬ姿を見られ続けた古志加こじかは、とうとうあらがいの声をあげた。

 オレは淡々たんたんと言う。


「オレは恥ずかしくない。」


 あられもない姿をさせているのは重々承知だ。

 古志加こじかは顔を真っ赤にし、唇をぷるぷる震わせ、眉を歪め、あちこち目をそらしたり、もう許して、と目で訴えかけてきたりする。

 その初心うぶで恥ずかしがってる姿に、少し安心してしまう気持ちがオレにある事は、墓まで持っていこう。

 

 古志加のあふれそうな乳房は両腿に挟まれ、さらに豊かに盛り上がっている。

 肌がところどころ赤くなっているのは、既にオレが吸ってんで存分に味わったからである。

 豊かなものへの礼儀である。


「オレが長く留守にしてる間に、間男まおとこでも来たから恥ずかしいのか。」


 オレは本当に口が悪い。

 そんな事ないだろう、分かってて、口にしてしまうのだから。

 古志加は目を見開き、


「なんですかっ。そんな事あるわけないです! もし万一屋敷に上がりこんできたって、素っ裸でもあたしは戦えるって前に言ったじゃないですか!」


 まったく隙だらけの姿勢で、ぷりぷりと怒る。

 オレの血潮ちしおたぎり、胸は突き上げるようにうずき、口元はにやける。

 

「じゃあ味で確かめるしかないな。」


 もうじっくり目で見て楽しんだ場所に唇を寄せ、茂みの下に舌を潜らせる。


「あっひぇ!」


 久しぶりに、古志加の色っぽくない変な声が出た。

 オレは、ふっと笑ってから丁寧に舌を這わせる。

 どうすれば悦ぶか、ちゃんとオレは分かっている。莫津左売なづさめに良く教えてもらったから。


「あ、味って、もう昨日確かめたじゃないですかー!」


 古志加が抗議する。


「どうだかなぁ。」


 オレはとりあわない。

 もう今日は、イヤと言ってもとことん時間をかける、と決めている。

 天にも昇るような、快い心地にさせるまで、とことん。


 オレは舌を上手く使い、点で攻め、線で攻め、円で攻め、その奥を攻め、したたりを絡めとり、また点で攻める。

 単調にならぬよう、緩急をつける事も忘れない。

 古志加の絶えることのない蛙聲あせいが耳にこころよい。

 古志加は全身玉の汗をかき、身体は魚がぴちぴちねるようにね、唇を寄せる場所はひくひくと動く。

 

「も。もう、もう。」


 とうとう古志加から切ない哀願が出る。

 いつもならそこで止めてやるが、今日は許さない。

 全然舌が止まらない事を悟った古志加は、


「わあああん!」


 と半ば泣き出しそうになる。


(じゃあ、もうちょっとしたらな。)


 おみなの悦ぶ芯をゆっくりめ、つつき、揺らし、集中して攻めれば、古志加は身体を弓なりにそらし、すすり泣きに近い派手な蛙聲あせいをあげる。

 今度は広く、深山幽谷しんざんゆうこくを、その奥深い山や谷を、余すところなく舌で舐めあげてゆけば、古志加の蜜は淋漓りんりと滴る。


(良し良し。よろこんでるな。───窈窕淑女 君子好逑 窈窕淑女 寤寐求之 求之不得 寤寐思服。※)


 滴らせたぶん、褒美だとばかりに丹念に舐めあげ、仕上げに吸いあげ、古志加に、ひっ、と悲鳴をあげさせたところで、やっと許す。

 肩で息をしている古志加に、


「外は問題ないようだ。じゃ、奥までだな。」


 とやはりオレはニヤニヤしながら、奥まで一気に確認をした。

 おお、滑ること滑ること。

 ……阨狹あいきょう。(狭い地形)



 ────深山幽谷しんざんゆうこく飄飄乎ひょうひょうこ(ふわふわ)として遊ぶ、はなはたのし。恍然自失こうぜんじしつの境地にひたりて、これに歓喜す。────



 古志加は高く長引く蛙聲あせいをあげた。本当に良いこえく……。


「ううん? これで素っ裸で戦えるのか、おまえは?」


 オレは意地悪く言ってやる。

 古志加はムッと不満そうな顔でこちらを見てくるが、何か言う前に、滑り、突き、滑り……。たかぶる心のまま激しく突いてやれば、蛙聲あせいに言葉はき消える。

 揺れ続ける豊満な乳房が、いっそう大きく、弾み揺れる。

 

 オレは口が悪い。

 だが、わかってるよな? 古志加。

 こう言いつつも、動きは滑らかで、突くところは突き、優しく触れるところは優しく触れている。

 すみれ花妻はなつま

 全ては花びらをあつかうように扱っている。


 なぜ、これだけさしてもさ寝しても、まだ欲しくなるのか。


 オレのいも

 オレの腕のなかで、もっと乱れてみせろ。

 もっと身体を燃え立たせろ。

 オレを求めろ。

 オレ以外には、決してその姿は見せるな。

 汗にしとどに濡れ、大きく口をあけた古志加は、なまめかしく、美しい。

 古志加の耳に唇をよせる。


 「綺麗だな。」




    

   *   *   *



 ※───窈窕えうてうたる淑女しゅくじょ 君子好逑くんしのこうきゅう 窈窕えうてうたる淑女 寤寐ごびこれを求む 之を求めてざれば 寤寐思服ごびしふくす。


 ────たおやかで美しい淑女は、相応ふさわしい良い夫を探す。たおやかで美しい淑女は、寝てもさめてもこれを求め続ける。いくら求めても得ることができなければ、繰り返し想い慕う。


   

 詩経しきょう (国風、周南) 関雎かんしょ



 






 加須 千花がぽそりと呟く。

伊奴いぬ、君の上司は良く頑張っているから、君が頑張る出番はない。」

 




 

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