浮気、中学生の見解は

夢色ガラス

その男、正体は

切なく微笑む、静かな笑顔。私が大好きな、レモン味の駄菓子みたいな香りがする。やつれているけれど優しいことが分かるその男は、今日もうちに来たんだ。

美咲みさきちゃん。あの人、また来たよ」

私は、隣の部屋で本を読んでいた2歳年上の姉、美咲ちゃんに言った。チラリとリビングを覗くと、リビングの椅子にゆっくり腰かけた男は、私のママが紅茶を煎れる綺麗な指を見つめていた。

「また来たの?」

美咲ちゃんは読んでいた本を閉じて険しい顔をした。ついこの前中学生になった私には、ママがパパを裏切ったことくらい分かっていた。浮気、ってやつなんだって知ったのは、昔色んな小説を読む美咲ちゃんが教えてくれたからだ。

彩月さつき。」

美咲ちゃんが私の名前を呼んだ。

「パパ、見てきて。」

リビングにはいつも静かに微笑むパパがいる。男は、パパが家にいるのにお構いなく家に入ってくるし、ママはパパのことを忘れてしまったみたいに無視してる。男がそろそろいいんじゃないか、とママに求婚してもパパは顔色ひとつ変えずに穏やかに微笑んでいる。

「うん。」

パパを裏切ったママのこともひどいと思うし、私と美咲ちゃんはいつでもパパの味方だ。パパが悲しそうな顔をした日には、男に殴りかかろうと思っている。


ゆっくりリビングに入っていく。パパを救わなきゃ!がんばれ、私!

「あっ、彩月ちゃん。」

男が私に手を振った。もちろん無視。それを見たママが私に怒った。ママが、悪いのに。

「彩月!将士まさしさんに失礼でしょ!?謝りなさい!」

男は将士さんという。そんなことは知っていたけれど、絶対に名前でなんて呼んでやらない。私はそう思って、ママを睨み付けた。

「彩月、親に向かってどんな態度取ってるの!?」

泣きそうになった。パパ、ママが浮気しても無理して笑ってるのに。ひどい。ひどすぎる。男は慌てて立ち上がったママの手を掴んだ。

「怒っちゃダメ。彩月ちゃんだって大変なんだよ。」

男は私の頭を撫でようとした。サッと避けて後ろにいるパパを見た。…いつもと変わらない笑みを浮かべて私を見ている。パパぁ…、寂しいよぉ。

「ママなんてもう知らないからッ!!!」


「ママ、彩月にひどいこと言っちゃったわね。ごめん彩月。」

「……」

今は夜の8時。ご飯を食べずに布団に入った私を心配したママが謝りに来た。許さないよ、許すわけないじゃん。パパが可哀想だもん。

「…彩月、前言ったこと、覚えてる?」

私は枕に顔を埋める。覚えて、ないよ。黙って首を振る。

「彩月と美咲はパパが亡くなったショックで忘れてしまったのよね。将士さんが彩月の大好きなおじいちゃんだったってことを。」

ママの言葉で、体全身にショックが走った。頭の中が真っ白になった。

                          おしまい

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