実家で豪華な禁固刑

立風館幻夢

実家で豪華な禁固刑

「うーん……これは『有罪』ですねぇ……」

「有罪……ですか」


白衣を着た裁判官が、目盛りを見ながら判決を下す。

私はその内容に驚愕してしまった。

有罪となってしまったら、仕事ができない、外にも出られない、好きなことが制限される……想像するだけで苦痛だ。


「仕方がないですよ、では貴方の刑ですが……『実家で禁固一週間』です」

「禁固一週間……実家でですか?」

「えぇ、本来ならば自分の家での禁固刑なのですが、貴方、身寄りもないし友人もいないでしょう? ですので、実家で禁固一週間です、ご両親に面倒を見てもらってください」

「……」


身よりも友人もいないのは事実だが、こうも直球で言われると腹が立つな。


「あと……『声を発すること』を禁止します」

「はぁ……でも、両親に面倒を見てもらうなら、声を発せないとダメですよね?」

「内線電話を使ってください、それならば問題ないです」

「……」


内線電話ならOKなのか……ま、いっか。


「それでは、裁判費用は5000円です、閉廷」


私は裁判費用を払い、裁判所で両親を待つことにした。



「実家で禁固一週間なんてねぇ……災難だったね」

「まぁでも久々に実家に帰れるんだ! ゆっくり過ごせよ! ははは!」

「……」


裁判所で待機していて数時間、両親が迎えに来た。

両親は変わらない笑顔で迎えるが、私は愛想笑いをするしかなかった。

なんせ、声を出せないのだから。

両親もそんな私を理解し、笑顔で私を車に乗せた。


「そうそう、最近家で犬を飼い始めたのよ、アンタが独り立ちしてから寂しかったからねぇ」

「おいおい、お前にゃ、俺がいるだろうが」

「アンタも老い先短いだろ? 先行投資みたいなもんさ」

「酷いなぁ、俺は犬と同じ扱いかい」

「そういうアンタは私を大喜利番組の座布団係みたいな扱いにしてただろ?」

「さ、最近は家事してるだろうよ……」

「仕事がなくなったからね」

「……すみません」


両親はいつものように毒を言い合いながら会話をしている。

運転しているの母親だ、父親は助手と言う名の会話の相手。

かくいう私は、黙って外の風景を眺めていた。

住宅地が広がったと思えば突然林や田んぼが現れ、かと思えば2人組が愛し合うための施設が林立し、また目を離した隙にファミレスやホームセンターが見える。

……小さい頃、呆れるくらい見た風景だ。


「さぁほら着いたよ、部屋に行きな」


母親がそんなことを言ってきて、私は正気に戻った。

……見慣れた実家に着いていたのだ。



「じゃあ欲しいものあったら内線で言いな、飯は決まった時間に出すから、食べ終わったら部屋の外に置いてくれ」


母親がそんなことを言い、扉を閉めた。

……さぁて、ここから禁固一週間だ。

実家という事もあり、インターネットは通じているし、テレビも見れる。

自分の部屋からゲーム機とスマホは持ってきたので、暇になることも無い。

……まさに、豪華な禁固刑だな。

じゃ、忙しくてできなかった分、ゲームを思いっきり遊ぼう、そして溜まっていたドラマやアニメを見て……動画やスマホを見て……想像するだけで楽しみだ。


……ゲームを起動する。

あぁ、なんて懐かしい、実家でゲーム……なんか小中学校の頃に戻った気分だ。

あの時は良かった、宿題なんて後回しで、ずっとゲームをしていた。

RPGだったら意味も無く街を徘徊し、アクションゲームだったら意味も無く同じコースを周回し、パズルゲームだったら意味も無く最弱のコンピューターに向かって死体蹴りをし……。


何も考えずに、ただひたすらやっていた。


何も考えない……今の年齢でそんな行為は許されない。

どんなことにも考えることが大事になってしまった。

仕事だけではない、時間の管理は勿論……ゲームをすることやドラマやアニメを見るときも。


……よく考えれば、ここ最近、考えることに疲れていた。

だが、考えなければならなかった……理由は不明だが。

はぁ……なんか、考えていたら、ゲームが楽しくなくなってきてしまった。


早く……ご飯が食べたい。



『どうだい? 禁固一週間は』

「はぁ……まぁぼちぼちです」


3日経って、会社の上司に電話を掛けた。

上司から、「刑が決まって、数日経ったら電話をくれ、仕事の復帰について話したいから」と言われていた。


『まぁ辛いだろ? 俺も実家で禁固刑食らったからわかるよ、寝て起きて、テレビ観て……気が付いたら夕方になってるだろ?』

「ははは、そうですね」


上司の言う通り、ここ数日そんな感じだ。

両親が飯を持ってくる、スマホや動画を観る、寝る。

その繰り返し、ゲームやドラマやアニメも飽きてしまった。


『ま、すぐに仕事も復帰できるさ、元気で過ごせよ! じゃあな!』

「ありがとうございます」


上司が電話を切り、私はベッドで横になった。


「はぁ……豪華すぎる禁固刑……嫌になってきたな」


「早く仕事がしたい」こんな気持ちになるなんて思わなかった。

恐らくこれからの長い人生でそんなことを口にするのは二度とないだろう。



……段々、飯を両親が持ってくるというのがすごい屈辱に感じてきた。

私は引きこもりか? 要介護者か?

なんとも言えない気持ちだ。


口も開くことができないので、感謝の言葉も言えない……両親に申し訳ない気持ちになってしまっている。


だが、あと数日で、それも終わる……長い禁固刑も終わるんだ。


ベッドに潜り、次の朝日を迎える……今日は……6日目。


そうだ……せっかくの最終日だ、仕事に向けて、予習しよう。

メモを取り出し、仕事の段取りを確認する。

忘れないうちに、パソコンで仕事のイメージもした……傍目で見れば私は変人だ。


早く……仕事に復帰できるようにしなきゃ……でなければ……見放される。

この一週間、そんな不安が過っていた。

禁固刑から復帰、周りは既に次のステップに立っていて、私だけが1週間取り残されている。

私は両親から持ってくる飯を片手に、パソコンを打ち込んだ。



「ようやっと……釈放だ……」


禁固刑が言い渡されて一週間……娑婆に出られる。

なんていい気分なんだ。


「アンタの刑が終わって私も嬉しいよ」

「ありがとう、お母さん」


私は母を抱きしめ、喜びを確認し合った。


「さぁ、今日は仕事だろ? 母さんの車で送ってもらいな」

「うん、お父さんもありがとう……いってきます」


私はスーツに着替え、母の車に乗り、会社へと向かった。

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