第39話 8月
悠理は、滑り落ちるようにE山から下りて行った。山道を歩いた悠理の片方のパンプスはヒール部分が折れてしまった。そして、K見温泉のバス停になんとかたどり着いたが、午後7時40分で最終のバスが行ってしまった後だった。
このG郡L町には、タクシーはない。(それを当時の悠理は知らなかったが、感情がそれを感じ、理解した)悠理は途方に暮れたが、この場所からは離れなければいけない。悠理は足を引きずるように絶望的な感情で海沿いの道を歩いた。痛い足を痛い痛いと感じながら、片方のヒールが折れたパンプスで。
それでも1時間半をかけて屍人のように足を引きずり、L町につくとたまたま8月ということがあり、海水浴に遊びに来た客を乗せた流し(フリー)のタクシーをつかまえた。
悠理は、L町のコンビニで下せるだけお金を下ろし、D駅まで行くことを頼んだ。タクシーの運転手は「L荘に泊まった方が安い」と言ったが、悠理は「今日中に帰りたい」と言い、D駅までタクシーで移動した。
D駅につくと悠理は新幹線は乗車した。そして、不安と焦りからなぜか新横浜駅で下車し、そこからまたタクシーに乗って超長距離の移動をした。悠理の中では東京駅に得体の知らない危険や、もしかすると東京駅だけにはすべての人を記録するカメラが備え付けられてあるかもしれないと妄想した。
その考えは正しいか、間違っているかわからなかったが、深夜に足を痛めた悠理を母親は丁寧に接し、なにも聞かず労わった。その日、悠理は、疲れから深い眠りについた。
それから数か月、悠理はテレビのニュースやインターネットの事件報道に過敏になった。殺傷事件、通り魔事件、それらすべては小さいもの、大きいものすべて合わせれば、の世界では毎日頻発している。
やがて悠理は眠れなくなった。
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ある夏の前。
悠理はバスに乗ったが、それはD駅行きではなく、R温泉・S見温泉に行きのバスに乗った。
バスは雨上がりの快晴の海岸線を走り、R温泉、U部を過ぎ、バスは、S見温泉についた。
悠理はバスを降りて、S見海岸から海を眺めた。
悠理はもう一度、その場所を訪れた。
L町の人間なら誰もが知る場所。北と西と南、空と海がひとつに溶け合う場所を。
悠理はその場所で夏の前の爽快な風を感じ、その場所を後にした。
悠理は思わずK見温泉で時間を過ごしすぎてしまった。L町に戻るバスはあるが、D駅行きのバスはなくなってしまった。
悠理はL町に戻り、D駅には行かず、H田市行きのバスに直接乗った。
D駅行きのバスは、乗客が0人であることも考えられるが悠理が買った切符のその行方を、おそらく誰も気に留めないであろう。それは悠理がそのことを一番よくわかっていた。
そして、悠理はH田市行きのバスの中で、健やかなる、深い、眠りに落ちた。
完
西のうみのまち mizuno(冬木柊) @mizuno-fuyuki
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