第24話

 俺に妹が出来た次の日の放課後、俺は広瀬先生を民族衣装研究部の部室の前に呼び出した。


「こんなところに何の用? 今日は貴方たちの活動日じゃないはずよ」

「まあまあいいじゃないですか。そろそろ無くなるかもしれない部活です、活動日じゃなくたって通い詰めたくなるでしょう」

「貴方はまだ入部して一週間程度のはずよね。それなのに随分入れ込んでいるようね」

「それはもう、素晴らしい部活ですからね。先輩たちも活動内容も非の打ちどころがありません」

「……残念な感性をしているのね」


 昨日の部活終わりから今までの間に準備した計画を実行する前に、広瀬先生の気を引くため、軽く会話を交わす。

 そのおかげか、それとももう潰れる部活に興味が無いのか、広瀬先生はまだ周囲の不審に気付いた様子は無い。


「いえ、これは俺だけじゃなく民族衣装研究部の総意ですよ。この部活が気に入っているから、ここを潰されたくない。民族衣装研究部どころか、今回無くなりかけてる部活に所属している生徒全員がそう思っています」

「嘆願のつもり? それくらいで私の心が動くなら、初めからこんな事はしてないわ。それにあれは職員会議で決まったことなのよ、今更私一人説得しようとしたところで、どうにかなる訳ないじゃない」

「そうでもないでしょう? あのルールを追加するため強行したのは広瀬先生です。その広瀬先生が意見を翻したら、ルールの変更が無くならないまでも、部員増員の期限の延長くらいは出来るはずです。現に先生たちの中にだって、さすがに急すぎるんじゃないかと言ってる人達もいるそうじゃないですか」


 これは本当だ、実際に俺のクラスの担任に聞いて知った職員室の現状。部活が多すぎるという気持ちはあれど、期限が一週間というのはあんまりにあんまりなんじゃないかと多くの先生が思っている。

 広瀬先生は学年主任としての立場や、体操部を全国に導いた実績でそれらの意見を封殺したらしいが、その意見自体が消えたわけじゃない。


「だとしても私の意見は変わらないわ。学校にとって必要のない部活は即刻潰すべき。さあ、あなたの話はもう終わり? だったら戻らせてもらっていいかしら」

「…………いーえ、先生。まだ話は終わってませんよ、むしろこれから始まるんです」

「何を……」

「さあ出てこい野郎ども! 祭りの時間だぁっ!!」

『よっしゃああああああ!!』


 俺が合図を送ると、民族衣装研究部の部室の中からむくつけき男たちが姿を現して、俺の後ろへと集まった。

 広瀬先生はというと、異様にテンションの高い男子生徒が急に現れたことに驚き、目を白黒させている。


「な、何なの、貴方たち……、ま、まさか民族衣装研究部の新入部員じゃないでしょうね!?」

「違いますよ、あの神聖な場所にこんな奴らを入れてたまりますか。隠れさせておくのだけでも嫌だったのに。こいつらはですね、先生のために用意した兵隊です」

「兵隊……?」


 先生の疑問に答えるように、俺を含め数人の男子生徒が腰に隠していた水鉄砲を構える。


「どういうつもりよ、それは」

「気にしないでください、ただの水鉄砲ですよ。俺たちはこれから、この水鉄砲でサバゲ―でもしようかと思ってましてね。その際近くにいる先生もびっしょびしょになるかもしれませんけどご容赦を。あ、そんなに濡れたら職員室に帰れませんねぇ。そうなったらどうしましょうか」


 白々しく状況を説明する俺を広瀬先生がキッと睨みつける。


「貴方たち、こんなことをしてどうなるか分かってるの……!」

「こんなことって言われましても、俺たちはただちょっとふざけて遊ぶだけですよ。そうですね、もし服が濡れたままなのが嫌なら、民族衣装研究部には着替えがいっぱいありますからお好きなのをどうぞ。ちゃんと仕事もできるように職員室から必要なものもとってきてあげますから」

「……そう、そういうこと。貴方に入れ知恵したのは山吹さんね」

「何のことだか分かりません。何のことだか分かりませんけど、写真、拡散という言葉が頭に思い浮かびました」


 あくまでとぼける俺に、広瀬先生は悔しそうに歯噛みする。

 広瀬先生の言う通り、俺は山吹先輩のお兄さんがやったことを繰り返そうとしている。今度は故意的に。 

 計画はこうだ、まず何人かの協力者と一緒に先生を水鉄砲でびしょ濡れにする。それはもう、ちょっとやそっとじゃ乾かないくらいに。

 そんなことになったら先生のシャツは透けるし、職員室も汚れるしで広瀬先生は職員室に帰れなくなる。それにびしょ濡れになった状態のままだと風邪をひく危険性だってある。

そこで我らが民族衣装の出番だ。びしょ濡れになった先生に民族衣装を押し付け、着替えざるを得ない状況を作り出す。衣装はこの前のディアンドルがいいかな、巨乳が滅茶苦茶映えそうな服だったし。

 そんな先生の姿をスマホに収め、山吹先輩のお兄さんと同様に拡散されたくなかったら条件を飲めと脅す。それで全てを丸く収めてみせるというのが今回の作戦だ。 


「どうしましょうか先生、先生には少しばかり恥ずかしい姿になってもらうかもしれません。もしも先生が期限の延長を申し出てくれるのなら、俺達もここで遊ぶのを止めようとも考えているのですが」

「ふん、断るわ。たとえ濡れても貴方たち以外の所から服を借りればいいだけじゃない。この校舎には被服部とかもあるもの」

「いえいえ、濡れてしまったら先生はもう民族衣装を着る以外の選択肢は無くなるんですよ。よく周りを見てみて下さい。今日はやけに部室棟が静かじゃありませんか?」

「そう言われてみれば……、…………!」


 先生はそこで周囲の異変に気付いたようだ。

 そう、今現在、部室棟には俺達しか存在しない。鍵が開いている部室も、民族衣装研究部の所だけだ。

 文科系の部室が固まっているこの校舎でそんなことはあり得るはずが無いのだが、今日ばかりは全部活が休みで、教師も生徒もここには入ってこない。広瀬先生が助けを求めても、助けてくれる人がいなければどうしようもない。


「嘘でしょ!? そんな都合の良い偶然ある訳ないじゃない!」

「もちろん偶然なんかじゃありません。民族衣装研究部の先輩たちが他の部活にお願いしてくれた結果です。部員数が少ない部活も多い部活も今日は休み、だから安心してサバゲ―が楽しめますよ」


 先輩たちから聞いた話では、先輩たちの人徳で譲ってくれた人もいれば、部活を潰されたくないって気持ちで協力してくれた人もいるらしい。

 広瀬先生の写真の秘匿性を高めるという作戦の都合上、詳しく事情は話せないのによくぞここまでって感じだ。

 事ここに至ってようやく先生は危機感を覚えたようで、こちらの勢力を確認し始める。

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民族衣装と偏執者 八神響 @yagamihibiki

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