第23話

「東君は何かある?」


 もう二人のことは諦めたらしい山吹先輩がこちらに話を振って来る。


「すいません……、俺もこれといった打開策は思いつかなくて……」

「ったく、使えねーなー」

「一つくらいは考えて来るべきだよねー」


 何も思い浮かばなかったことを打ち明けると、仙堂先輩と宮川先輩に口々に罵られる。

 先輩たちは自分が考えてきたあれが一つにカウントされると思っているのか? 

 会議が停滞する中、仙堂先輩があーあ、といいながらパイプ椅子を揺らす。


「こんなことになる前に広瀬の弱みでも握っておくんだったなー……」

「それ以前に品行方正な生き方をして広瀬先生に見直される努力をしときましょうよ」


 さっきの二人の案を聞いた限り、広瀬先生が未だにこの部に目をつけてるのは山吹先輩のお兄さんだけのせいではない気がするし。


「まあ事前に打てる手があるならやっとくべきだったかもねー……。……ねぇ、雛ちゃん。こんなことになっちゃったんだし、雛ちゃんのお兄さんが広瀬先生にやったことの詳細って教えて貰うこと出来ないかな。もしかしたら同じことをすればどうにかなるかもしれないし」


 宮川先輩が真剣な顔で山吹先輩に切り込む。

 そういえばそうだ。民族衣装研究部がここまで広瀬先生に恨まれる原因になった出来事、山吹先輩のお兄さんと広瀬先生の間にある因縁。

 それさえ分かれば今回の事だって……!

 全員が期待を込めた目で山吹先輩を見るが、山吹先輩はそれを口にするのが乗り気ではないように、固く目を閉じて唸っている。


「うーん……、お兄ちゃんのはもう一度使えるような手じゃないんだけどなぁ……。……でも解決の糸口にはなるかもしれないもんね。分かった、話すよ」


 目を開けた山吹先輩は机に手を置いて、過去の事を静かに語りだす。


「……この部が出来る前からお兄ちゃんは民族衣装を学校に持ってきてたっていうのは話したよね。その持ってきてた衣装は教室に置いてたみたいなんだけど、停学だなんだの話が出た時はさすがに持って帰るようになったんだ」


 その時ってことは部活を作ろうとしてた時だろうし、少しでも心証を良くしようとお兄さんも必死だったんだろうなぁ。そもそも普通は教室にそんなもの持って来ないんだけど。


「でね、そんなある日。うっかり忘れものをしちゃったんだよ。深―くスリットの入ったチャイナ服っていう忘れもの」

「また先生に見つかったら怒られそうなものを忘れましたね」

「そう、お兄ちゃんもヤバいって思って教室まで取りに帰ったんだよ。その時は確か夜の八時くらいだったかなぁ……。もう学校にもほとんど生徒が残ってないような状況でね、こっそりと自分の教室までチャイナ服を取りにいったの。そしたらその教室の中で考えられないものを見ちゃったんだ」


 そこで山吹先輩は一呼吸置き、俺たちはごくりと喉を鳴らして話の続きを待ち構える、


「…………そこにいたのはお兄ちゃんが忘れていったチャイナ服に身を包んだ広瀬先生だった。お兄ちゃんは状況を呑み込めないまま咄嗟にスマホを取り出して、その先生の姿をカメラに収め、さらにクラウドに保存したの」

「咄嗟にしてはやることえげつなっ!」


 状況が分からないのに行動としては最善(広瀬先生としては最悪)なものを選ぶとはさすがは山吹先輩のお兄さん。将来は一角の人物になる逸材だ。


「ええー! でもあの葉純先生がチャイナ着てたのー!? 見てみたい見てみたい!」


 宮川先輩が目を輝かせて子供の様にはしゃぐ。仙堂先輩も声こそ上げてないが興味津々な顔をしている。

 もちろん、俺だって見てみたい。あの広瀬先生とスリットの深いチャイナ服のコラボなんてそんなの垂涎物じゃないかっ!


「見てみたい気持ちはとってもよく分かるんだけど……ごめんね。もうそのデータはどこにも残ってないの」

「「「ええー! そんなー!!」」」

「い、息ぴったりだね。でも、それが広瀬先生とお兄ちゃんの契約だったから」 


 山吹先輩が申し訳なさそうに気になることを言う。


「契約?」

「そう、広瀬先生のチャイナ服写真を撮ったお兄ちゃんは先生にこう言ったの。『この写真を生徒や教師に拡散されたくなかったら民族衣装研究部の創部に同意してついでに顧問になってください。そしたらこの写真は誰にも見せませんし、俺が卒業する時にデータは削除してあげます』って」

「結局脅迫じゃないですか!!」


 脅迫に至るまでが故意か偶然かの違いはあるけど、最終的にやってることはさっきの仙堂先輩や宮川先輩の案と一緒である。そんな隙を見せた広瀬先生も広瀬先生だけど。


「そうだ、広瀬先生は何で教室でチャイナ服なんて着てたんですか? そんな事する性格には見えませんけど……」

「あー……、普段がああだからね。本人としても色々抑圧してみたいなんだよ。生徒に示しを付けるためにルールには厳しくするけど、本当は可愛い服とか着てはっちゃけたい気持ちもあったんだって。そんな気持ちの中、人が少ない学校にチャイナ服が置いてあったもんだからつい着てみたくなったらしいよ」

「あの仮面の下にそんな素顔があったとは……」


 先生も大変なんだなぁ。今は敵対してるけど、そんなのを知ってしまったら広瀬先

生を見る目が穏やかになってしまいそうだ。この人こんな厳しいけど本当はチャイナとか着たいんだ、みたいな。


「くそっ、分かりたくないのに広瀬の気持ちがよく分かっちまう自分がいる……」

「仙堂先輩も似たようなものですもんね」


 お嬢様に擬態したり、コスプレをしたりと変身願望ありありだ。言ってしまえば宮川先輩だってそうだ、ロリコンであることを普段は隠してるし、裏の顔を持ってる人ばかりだ。

 もっと俺みたいにオープンに生きたら楽しいのにと思ってしまう。……まあ、少なくともこの人達は部活ではびっくりするほど自由だし、先生みたいにため込むことも無いだろう。


「でもでも、お兄さんは本当にデータを削除しちゃったの? どこかにバックアップを取ってたりしない?」


 宮川先輩が顎に手を当てて、脅迫材料の有無を確かめる。もしも残っているのなら、山吹先輩のお兄さんと同じ手を使う気なのだろう。


「お兄ちゃんも約束は守るタイプだからね、完全に削除してるはずだよ。私も気になって写真を見てみたいって言ったりしたけど、結局見せてくれなかったし」

「そっかー……、話してくれてありがとね。雛ちゃん」

「ううん。非常事態だし、どんなものでも情報は共有するべきだもんね」


 そうは言うものの、最初に山吹先輩が言った通り二度も使える手じゃないし、どうしたものかという雰囲気が部室に流れる。

 今度はわざと先生の見えるところに民族衣装を置いたとして、それに引っかかるほど間抜けではないだろう。それを着たせいで何年も苦汁を舐めさせられることになったんだし。

 でも方向性的にはやっぱり脅迫しかないよなぁ……、話し合いをしたところで聞いてくれないのは目に見えてる。どうにか先生の弱みを握るか、もしくは作り出すかしないことにはこの状況は打破できない。


 うーん……、うーん……、うーん……、うーん……、……あ。


 悩み続けた俺の頭に一筋の光明が見えた。上手くいく可能性は低くない、まさに天啓に打たような気分だった。


 だけど、どうだ……? 倫理的に問題があるのはこの際無視するとして、仙堂先輩や宮川先輩のよりましだし、こんなことをやったら絶対にただじゃすまない。この先の俺の学校生活に大きな支障が出ること間違いなしといってもいい。

 それに最初の環境を作り出すのが一番の難関だ。そこはもう先輩たち次第だから、俺にはどうしようもないけど。

 でも、このまま何もせず部活が無くなって俺は後悔しないのか? いや、必ず後悔する。だけどこれを実行しても後悔しそうなんだよな……。


「……山吹先輩、お願いがあります」

「ん? どうしたの?」


 一人ではいつまでも悶々と悩み続けてしまいそうだったので、俺は最後の一押しを貰うべく、山吹先輩に話しかけた。


「……広瀬先生に考えを改めて貰うための策を思いつきました。先輩たちにもちょっと協力して貰わなきゃ駄目なんですけど、その最初のハードルさえ乗り越えられれば十中八九上手くいきます。……ですが、ちょっとリスクが高すぎるのであと一歩、実行する勇気が出ないんです」

「………………」


 山吹先輩は黙って俺の話を聞いてくれてる。他の二人の先輩たちも話には入ってこず、俺の話が終わるまで見守る姿勢だ。


「……その勇気を出すために、皆の居場所を守るために、今ここで五回の内の一回を使わせてください」

「五回の内の一回ってそれはもしかしなくても……」

「はい、山吹先輩に妹になってもらう契約の話です」


 山吹先輩が卒業するまでの間に五回、俺の指定した日に妹になってもらうという入部時にした俺と山吹先輩の間での契約。

 それを今この場で実行してもらう。俺はそれだけで一歩どころか百歩でも踏み出せる。


「妹のためならなんだって出来るし、やってみせる。それが俺の信条です。東に困っている妹がいたら全力で助けに行きますし、西に困っている妹がいたら全力で慰めに行く。そんな俺にとって、妹の言葉というのは何にも勝る動力源になるんです。ですから今日、先輩が俺の妹になってくれたら俺はこの問題を解決してみせましょう。……どうですか山吹先輩、妹になってくれる決心の方は」

「………………」


 山吹先輩は瞳を閉じて考え込む。

 きっと様々な葛藤が頭の中で繰り広げられているのだろう。宮川先輩や仙堂先輩も今回ばかりは俺の事を止めず、静観する姿勢だ。山吹先輩の判断に任せるという事なんだと思う。なんだかんだで信頼されてる部長だ。

 時間にして三分弱、心を決めたのか山吹先輩はゆっくりと目を開く。

 そして、


「……もう、しょうがないなぁ。………………お兄ちゃんはいつもそうやって私を困らせるんだから」

「え、先輩……?」

「先輩、じゃないでしょ。私もすっごく恥ずかしいのに、お兄ちゃんがそんなのでどうするの」


 山吹先輩、いや、雛は真っ赤な顔でこちらに人差し指を突き付けてくる。

 まるで出来の悪い兄を窘める妹のように。


「ひ、雛?」

「そうそう、それでいーの。……ねぇお兄ちゃん。私、今とっても困ってることがあるんだ。広瀬先生、正確にはこの部活のせいでこの学校の色んな人の居場所が無くなろうとしてるの……。出来れば私がどうにかしたかったんだけどもうどうしようもなくて……。お兄ちゃんお願い。どうか私を助けて、くれないかな」


 雛は上目遣いで俺を見て、こてんと首を傾ける。

 全く、いったいこんなお願いの仕方をどこで覚えてきたのだろうか。将来は男を誑かすとんでもない悪女に育ちそうだ。

 それに先生をどうにかしろだと? たかだか一生徒に過ぎない俺に、無茶なことを言ってくれたもんだ。

 だけど、そうだな。しょうがない。妹に頼まれたら全力でそれに応えてやるのが兄の務めってもんだ。


 気合一閃、俺は勢いよく立ち上がって右こぶしを握り締めた。そして、妹たっての願いに万感の思いを込めて頷く。


「お兄ちゃんに任せとけ!」

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