第19話 実妹との特訓と

「アリス、何かあったのか?」


「え?」


 生徒会を終えて帰宅後、俺はエミリーが少しリビングから姿を消したのを確認し、アリスにそう問いかけていた。


 生徒会室で見せたアリスの表情。それがずっと気になっていたのだ。


「どうかしたって、なんで?」


「いや、なんか浮かない顔しているなと思ってな」


「……私、生徒会入れるかな?」


「もしかして、選抜試験のこと考えているのか?」


「……うん」


 生徒会の活動をリリとマヤから聞いていたときは、特に表情が曇っているといった印象は受けなかった。はやり、気になっていたのはその後の話題だったか。


 生徒会選抜。我が学園では生徒会選挙ではなく、生徒会選抜という物が行われるのだ。


 生徒会はクエストや少し危険なことにも関わる頻度が多い。良く言えば実績を積みやすいのだが、悪く言えば学生という立場から足元を見た依頼をされることが多い。安く危険な依頼を頼まれることだってある。


 それゆえに、魔法と剣の腕なのだ。


 そして、その試験方法は模擬戦。一年生枠の二枠をかけて、自由参加の模擬戦で勝ち上がった二人が生徒会の一員になれる。


 ありていの言い方をすれば、一年生の実力トップ2が生徒会として生徒会に加わるような感じだ。


「大丈夫だ! アリスが試験に落ちるはずがーー」


「そういうのいらない。本気で答えて」


 どこか低くて平坦な声。その声色から、ただ励ますだけの言葉が欲しいわけではないことが察せられた。


「簡単ではない、だろうな」


「やっぱり、そうなんだ」


「うちの学校は実力者が多いからな」


「……兄さん、お願いがあるの」


「お、おう! 妹からの願いだったら、お兄ちゃん何でも聞くぞ!」


 そんな俺の返事を聞いて、アリスは微かに大人びたような笑みをみせた。


 いつになく素直なアリスの反応に、少しの肩透かし感に似たような物を感じた。


 俺が知っている、幼くて、コロコロと表情を変えて、感情をそのまま表情に表現したようなアリス。


 最近は、素直な笑顔やいじけるような表情を見なくなったが、それでも表情がコロコロと変わる所は買わなかった。


 そんないつものアリスと、今のアリスはどこか違うような気がした。


「私の特訓に付き合って欲しい」


 久しぶりにされた妹からのお願いは、遊びでも、デートでもなく特訓だった。




「ふぅ、少し休憩するか、アリス」


「はぁ、はぁ、はぁ、まだ、大丈夫」


「ダメだ。ただ長時間特訓をすればいいってもんでもない。型がバラバラだ」


 俺達は放課後、学園の施設を使ってアリスの特訓を行っていた。


 生徒会選抜まで三週間を切ったということもあり、アリスは気が急いているようだった。


 しかし、三週間でできることなんて、たかが知れている。強力な魔法を使えるようにするよりも、剣の腕を上達させた方が確実だと思い、俺は剣の稽古を付けていた。


 模造刀を用いての剣の稽古。剣を振る上で必要な肉体強化と、剣に魔力を乗せての戦闘スキルが問われるものだ


「でも、想像以上に強くなってて、お兄ちゃん驚いたぞ」


「そ、そういうの、今はいいから」


 アリスは俺の言葉に照れたように顔を背けた。しかし、冗談でも何でもなく、俺が知っているアリスとは別人というほど強くなっていた。


 まだアリスが実家を出る前、ルークと剣の稽古をしているのを見たことがあった。同年代の子達と比べたら強いのだろうとは思っていたが、とりわけ剣の腕が光っている訳ではなかった。


「多分だが、一年生の中でも上位の実力だろうな」


 ここまで強くなるのに、どれだけ苦労したんだろう。


 この数年間でここまで強くなるには、何かしらの強い想いが必要だと思う。それがなんであるか、なぜここまでアリスを突き動かしているのか。


 成長したアリスの姿を見せられて、そんなことを考えていた。


「正直に言って欲しんだけど、今の実力だと厳しそう?」


「まぁ、そうかもしれないな」


 生徒会選抜はその学年の実質トップ2が選ばれる。アリスも強いとは思うが、そこまでの実力があるようには思えない。


 おそらく、現時点では俺が以前に相手にした新入生主席よりも劣るだろう。


「何が足りないんだろ思う?」


「アリスは剣の技術はあると思う。ただ、一撃が軽いかな」


「込める魔力が少ないってこと?」


「まぁ、魔力量を増やすのはすぐには難しいだろうな。ありったけの魔力を一点に集中する技術を磨く、それが現実的かな」


「――全然、現実的じゃありませんよ」


「え?」


 俺がアリスにアドバイスをしていると、そこにエミリーの冷たい声が割って入ってきた。


俺達の稽古の間、エミリーはずっと俺達の稽古の様子を見ていた。不機嫌そうに、何か言いたげにずっと俺達の様子を見ていた。


今までずっと静かに見ていただけなのに、今日に限ってエミリーが割って入ってきた。


「今のアリスさんの実力じゃ、生徒会どころか学年10位にも入れないですよ」


 苛立ちを隠さないエミリーの声色。エミリーがあまり見せない心の底から苛立った声に、アリスも怯んだように黙り込んでしまった。


「……知ってる。だから、こうやって兄さんに特訓つけてもらってるんでしょ」


「特訓しても、今のままなら変わらないですよ」


「やってみないと分からないでしょ? ていうか、別にエミリーには関係ないでしょ?」


「ちょっ、どうしたんだ二人とも。というか、エミリーは言いすぎだぞ。」


 ヒートアップしてきた二人の言い合いに入り込んで止めようとするが、エミリーはそれを手で制した。


 一瞬、俺を見て弱まったエミリ―の目元は、アリスを見てまたキツイものへと戻っていった。


「関係あります。お兄ちゃんと私の時間を奪っているんですから」


「別に、ただ甘えてるわけじゃないでしょ! 私だって、色々考えて!」


「甘えてる、自覚はあるんですね」


「っ!」


 アリスは痛い所を突かれたように、一瞬顔を歪ませた。


 甘えている? これだけ汗水たらして必死に特訓をしているというのに、何に甘えているというのだろうか。


「お兄ちゃん、少し稽古の相手変わってください」


 そんな二人の会話についていけない俺を置き去りにして、二人は何か目で意思を伝え合っているように思えた。


 ここは二人を止めるべきだ。しかし、俺が二人の稽古を止めるよりも早く、アリスの目には闘志のような物が見えた。

 

 俺と特訓をしていた時には見せなかったその目の色に、俺は止めようと伸ばしていた腕を静かに下していた。


 何かを掴むんじゃないだろうか。根拠はないが、そんな考えが頭を過った。


「……エミリーって、剣も使えるのか?」


「今のアリスさんの相手をするくらいなら訳ないです」


 エミリーはアリスから視線を外さずに、そんなことを口にした。表情一つ変わらない様子から、剣の腕にもある程度自信があるが見て取れた。


「あと、お兄ちゃん。一つお願いしてもいいですか?」


「な、なんだ?」


「少しだけ席を外していてください。あんまり戦ってる姿は見られたくないので」


 エミリーは少しだけ気を遣うように、おどけた笑みをこちらに向けた。


 その笑顔は照れ以上の何かを隠している。それだけは今の俺にも分かった。

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チート能力『シスコン』。妹にかっこつけたい想いの分だけ、強くなる。 荒井竜馬 @saamon_

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