第18話 妹の嫉妬は嗜好の一品
「あ、キョーマ君だ。こんにちは」
「ああ。こんにちは、マヤ」
時刻は放課後。本日は生徒会があるので生徒会室に向かうと、俺達よりも一足早くこの部屋には先客がいた。
肩くらいの長さのある水色の髪。妹達と変わらないほど小柄な体躯に、子猫のように丸い顔をした童顔。真ん丸な目も合わさって、実年齢よりも明らかに下に間違わられることが多いらしい。
分かりやすく言えば、エロゲで言う所の良く懐いている後輩ヒロインのような感じだ。
まぁ、俺と同い年なんだけどな
「あれ? はじめましての子がいるね」
マヤはそう言うと、俺の後ろにいる二人へと視線を向けた。
そうなのだ。今日は生徒会の活動を見学したいという妹達の要望に応え、二人を生徒会に連れてきていたのだった。
「ああ、そうだな。マヤに紹介しようじゃないか」
マヤよ、よくぞ聞いてくれた!
俺はここぞとばかりのドヤ顔を向け、力強く大々的に紹介するように声を張った。
「紹介しよう、彼女達はアリスとエミリー! なんと彼女達は俺の妹なのだ!!」
「そういう設定なの?」
「だから違うわ! なんでシシリーさんとリリと同じ反応なんだよ!」
「だって、キョーマ君だし」
なぜただ妹を紹介しただけなのに、設定だなと決めつけられなくちゃならんのだ。ただ『妹成分が足りない……妹クライシスだぁ』とかブツブツ言ったり、『この世の全ては妹とそれ以外に分けられるんだ』とか真面目な顔で語ったりしていたくらいだろ。
「キョーマ君って、本当に妹いたんだね」
「マヤには妹の話をしたこともあったよな?」
「ごめん、妄想の話だと思ってた」
マヤは申し訳なさそうに、ふいっと顔を背けた。乾いたような笑いを聞く限り、どうやら冗談ではないようだった。
「ちくしょう、俺の印象どうなってんだ」
「自業自得としか言えないよ。あ、まだ自己紹介してなかったね。僕はマヤって言います。よろしくね」
「エミリーって言います、よろしくお願いします!」「アリスです。よろしくお願いします」
俺が自身の印象に悩んでいる横で、アリスとエミリーがマヤに自己紹介をしていた。
ただ名前を言っただけ。それなのに、その声色が普段のそれとは違っていることが分かった。
「え、なんで二人とも不満そうなの?」
「あれ? 僕何かしちゃったかな?」
突然良くない態度を取られ、当のマヤも少し困惑気味だった。こちらに理由を求める視線を送ってくるが、こちらだって把握できていない。
初対面でマヤに対して悪い印象を抱く人はいないはずだ。こんな可愛らしい生き物を嫌う人間がいるわけがないのだから。
「あ、マヤヤもう来てたんだ! 聞いた? キョーマに本当に妹がいたらしいよ」
そんな風に入り口付近で話していると、後ろからリリが生徒会室に入ってきた。何やらスクープを見つけたかのように楽しそうな顔が気になる。
「あ、リリ。こんにちは。今、キョーマ君に紹介してもらっていたんだけど、ね」
「噂をすれば妹ちゃん達じゃん。ん? もしかして、修羅場だったりするかな?」
「修羅場? どういうこと?」
マヤから向けられた複雑そうな表情を受け取ると、リリは愉快そうに口元を緩ませていた。マヤはリリの言葉の意味が分からないといった様子で、困ったように首を傾けていた。
「そりゃあ、マヤヤみたいなのがお兄ちゃんの側にいるんだもん、嫉妬しちゃうよねぇ」
「え、な、なんで?!」
何やらからかうようなリリのセリフに、えらく取り乱したマヤは驚きと困惑のせいか声のボリュームが狂ったように驚いていた。
「ほほぅ、つまりマヤヤは余裕の構えってやつですな。そうだよね、互いに家とか行き来するような仲だし、休みの日にデートしたりするもんねぇ。妹達じゃ相手にならないかぁ」
「ちがっ! ていうか、デートとかそんなんじゃないよ!!」
マヤは何やら慌てながらリリの言葉を否定していた。確かに、俺達は休みの日に会ったりしているし、互いの家も行き来する仲ではある。
「はたして、キョーマも同じふうに思っているかな?」
「そ、そうだよね! キョーマ君もデートだと思ってないよ、ね?」
「ん? ああ、そうだな。デートって言うのは妹とするもんだしな」
そう。本来デートというものは妹とするものであって他の女の子達とするようなものではないのだ。
かくいう俺も、ふふっ。アリスが小さかった頃に一緒にお祭りにも行ったし、買い物にも一緒に行ったことがある。
よって、俺はデートというものを何回も経験しているのだ。
まぁ、ここでその話を出すというのも妹がいない人達に悪いし、あえて口には出さないけどな!!
「はぁ、キョーマ」
「え? なんだ何か可笑しいこと言ったか?」
なぜか俺の返答に対して、周囲が呆れるような反応を示していた。周りとの温度差の意味が分からずに、俺は静かに首を傾げてしまっていた。
「……そんな返事が欲しかったんじゃないのに」
「え? なんだって?」
「キョーマ君は可笑しいことしか言ってないって言ったの!」
マヤは頬を膨らませ、俺に抗議でもするかのような視線を向けていた。マヤはまるで、デリカシーに欠けることでも言われたように頬を赤くしている。
「……もうお兄ちゃんは私のことなんか気にもかけていないんだ。朝だって、前は『妹』って言ってたのに、いつの間にか『妹達』って言ってたし、私が一番じゃないんだ。そもそも、こんな可愛い人側において私のことなんか忘れてたんだ」
「あ、アリス?」
何やらぼそぼそと小さな声で呟いているアリスの様子が気になり、声を掛けてみるがアリスは俺の声も聞こえていないようだった。
どこか深い思考の闇に入り込んでしまったかのようで、中々顔を上げようとしない。
「お兄ちゃん! この可愛い女の子は、お兄ちゃんとどんな関係なんですか?!」
「「女の子?」」
俺とマヤは声を揃えてエミリ―に聞き返してしまっていた。そんな俺達の声など無視するかのように、俺の隣にいたエミリーは俺の腕を強く引いて、何か疑いをかけるような視線をこちらに送ってくる。
何の疑いをかけられているのか分からないが、少なくともエミリーが何か勘違いをしていることだけはすぐ分かった。
「ああ、確かに勘違いするよな。マヤは女の子じゃない、男の娘だ」
「「……え?」」
アリスとエミリーは黙り込む間も完璧にハモっていた。そして、先程までマヤに向けていた敵意に近いような感情がすっと消えたようだった。
「なんだ、そう言うことだったんだね。なるほど、リリの言った言葉の意味が分かったよ」
マヤはどこか呆れるように小さく息を吐くと、改めてアリスとエミリーの方に顔を向けた。
「改めまして、キョーマ君の友達のマヤって言います。たまに間違われるけど、僕男の子だから安心してね」
そのマヤの言葉を聞いて、どこか張り詰めていたような空気が緩んでいくのを感じた。
ちらりとアリスの方を見てみると、深い思考に入り込んでいたはずのアリスも、無事に現実世界に帰還し、こちらに説明を要求するような視線を向けていた。
「ああ。マヤは正真正銘、男の娘なんだ」
「男の子、ね」
「ああ、男の娘だ」
「気のせいかな? キョーマ君の言葉は何か違うことを示しているような気がするよ」
二人とも信じられないといった表情をしているが、マヤは正真正銘の男の娘だ。
俺も初めは信じられなかったから、二人ともマヤを女の子だと思い込んでしまったのだろう。
なるほど、リリは俺が可愛い女の子と一緒にいると、妹達が嫉妬すると思ってさっきの言葉を言ったのか。
ん? 嫉妬?
「……ちょっとまて、俺は今妹に嫉妬されたのか?」
聞き逃してはならない言葉であることに気がつき、俺はいつになく真面目な顔をしていた。
「ちがっ、そんなんじゃなくて!」
「私は嫉妬しちゃってました」
妹の嫉妬。
それはエロゲをプレイしていると一層感じる感情の一つである。初めに妹ヒロイン攻略後、他のヒロインを攻略している最中に引っ掛かる妹の言動。言葉の節々。
そっか、この時はすでに兄のことを好きだったからこういう言葉なのかと思わせる言動、いじらしい表情が胸に来る。
そして、やがてその妹は兄の幸せために、一歩引くような素振りを見せたりする。その健気さ、無理をしているのに自分の気持ちを隠す言動に、俺達はハートを奪われるのだ。
「い、妹からの嫉妬っ。ぐっ!」
「お兄ちゃん?!」
「だ、大丈夫だ。ただ少し妹からの嫉妬に当てられて、尊死しそうになっただけだ」
「……なんか、どんどんキョーマが馬鹿になっていく気がするよ」
妹の嫉妬にまみれる生徒会、最高かっ。
今後も妹達が生徒会に加われば、そんな夢のような状況で生徒会を活動できるのか。そう思うと、少しでも早く二人が加入してくれることを願うばかりだった。
ただ、リリとマヤから生徒会選抜の説明を聞いているアリスの顔が、どこか浮かない顔をしているのが気になった。
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