第17話 少しだけ変わった義妹との距離感と生徒会

「えっと、おはよう、エミリー」


「はい! おはようございます、お兄ちゃん!」


「……」


 クエストから無事帰還した翌日、俺達は学園に行くために朝ご飯を食べていた。


 朝食当番であるエミリーが作ってくれた朝ご飯は、ハムエッグとジャムを塗ったパンだった。


 エミリーは朝からもっと本格的なご飯を作ろうとしていたので、朝は軽めにしてくれと頼んでおいたのだ。


朝早くに起きて食事の準備をする妹差し置いて、惰眠を貪るだけの度胸がなかったのだ。いや、惰眠を貪っている中で起こされるというのも悪くはないのか。


「お兄ちゃん、美味しいですか?」


「ん? ああ。おいしいよ」


「本当ですか?! 嬉しいです」


 俺に褒められて嬉しかったのか、エミリーは表情を崩して喜んでいた。ただ朝食を褒めただけなのに、そんなに嬉しそうな顔をしてくれるのか。


「……あやしい」


 そんな俺達の様子を目を細めて観察するアリス。そんな視線を向けられて何やらエミリーはどや顔をしていた。それが癇に障ったのか、アリスは細めていたはずの目をカッと見開いた。


「何その顔? クエスト言ってきてから、二人ともなんか可笑しいんだけど、どういうこと?」


「いや、俺はただ真顔でいるだけなんだけど」


「説明して」


「いや、だから何度も説明しただろ?」


 俺はこれで何度目になるかの説明をした。


 ただ、魔物を倒しただけなのだ。それなのに、不思議とクエストに行く前と今ではエミリーに向ける感情が少しだけ変わっているような気がした。


「まだ変な目で見てるし」


「いや、変な目って」


「……せっかくのお兄ちゃんと過ごせるお休みだったのに。急に出てきた女に頼られて、クエストに行って私を構ってくれないし、帰ってきたらエミリーと二人の空気になってるし、私と二人の時間は全然作ってくれないし」


「あ、アリス?」


「っ、なんでもない!」


 アリスは小さな声で何かをぼそぼそと呟いていたが、それが何であるのか上手く聞き取ることができなかった。


 またしても、アリスの機嫌を損ねてしまったのかもしれない。


 妹とのイチャイチャモーニングのはずが、なぜにこのような空気になってしまったのか。


 ちらりとエミリーの方に視線を向けると、いつも以上にご飯を美味しそうに頬張っていた。


 なぜ同じ空間にいるのに、ここまでテンションに違いが出ているのだろう。俺の正面に隣同士で座る妹達の様子を見て、笑み交じりの溜息が漏れた。



「キョーマ君、おはよう」


「キョーマ! おはよう!」


「シシリーさん、リリ、おはよう」


 家を出て少し妹達と歩いていると、自然に合流するようにシシリーさんとリリと合流することになった。


 もう少しだけ妹達との登校イベントを堪能したかったが、二人の顔を見るとそんなことを口にするのも憚られる。


 涼しい顔で微かな笑みを浮かべるシシリーさんと、太陽みたいなハツラツとした笑顔をこちらに向けてくれるリリ。


 さすがに、妹達との登校イベントをもっと堪能させてくれとは言えないだろう。


「……妹達との登校イベントを堪能させて欲しいんだが」


「うわぁ。この男美少女二人よりも妹を優先しようとしやがった」


「な?! 妹を優先するのは当たり前のことだろう!」


「驚くくらい本気で言っているのが怖いな。なんだ、私達では不満かい?」


 エミリーは俺の隣を死守しようと腕を強く絡ませていた。そのせいで、さっきから双丘が当てられて落ち着かない。


 エミリーを必死に引きはがそうとしていたアリスは、シシリーさんとリリの合流によって流されるように俺の後ろに行ってしまっていた。


「……妹達」


 シシリーさんとリリが来たから遠慮して後ろに行ったのだろうか、そう思った俺の耳には小さく呟いたアリスの声が耳に届いていた。


 『離れなさい!』とエミリーに言っていた声色とは明らかに違う、弱々しいような声色。


「アリス?」


 その悲しみが混じったような声色に俺の足が止まった。振り向いた先にいたアリスは顔を伏せてきゅっと口を閉じていた。


「むー。やっぱり、キョーマは女の子らしいマヤヤみたいなタイプが好きなのかなぁ」


 何を思ったのか、リリは突然そんなことを呟いた。その声に反応するかのように、アリスの肩が小さく動いた。


「確かに、キョーマ君のお気に入りではあるだろうな。生徒会室でも二人は距離が近いからな」


 そんな突然の会話に合わせるように、シシリーさんも頷きながらそんなことを口にした。その言葉に反応するかのように、アリスは先程と同じように肩を小さく動かした。


「いや、別にマヤはそんなんじゃないですって。ただまぁ、可愛いなとは思いますけどね」


「……入る」


「え?」


「……私も、生徒会に入る」


 先程までどこか悲しそうに俯いていたアリスは、静かながら何かの決意をしたかのような視線をこちらに向けていた。


 まるで、俺とルークが剣の修業をすると言いだした時に見せたアリクイの威嚇のような雰囲気。


 昔、アリスが俺を独占しようとルークに向けていた視線。それに似たものを感じた。


 

「ほ、本当かアリス?」


アリスは俺から向けられた期待に満ちた視線に、小さく頷いた。


そして、俺は歓喜のために震えていた。


今まで俺が妹にかっこつけるためだけに頑張っていた生徒会。妹に『かっこいい』と言われたいがために頑張ってきた生徒会長。その苦労が今、少し報われようとしていたのだから。


「うおおおぉぉぉ! い、妹と一緒に生徒会! 圧倒的ラノベ、エロゲ的展開! やった、やったよぉ! あの頃の俺ぇ!!」


「え、キョーマ。急にどうしたん? 落ち着いて」


「落ち着いていられるもんか! 高校一年生の妹と生徒会でキャッキャウフフな展開だぞ! やったよぉ、ようやく生徒会長なんて面倒くさいことやってたことが報われたよぉ」


「ふむ。以前に生徒会長になる理由を聞いた時、『妹にかっこいいと思われたくて』と言っていたな。勝手に悲しい理由で会えなくなった妹にかっこいい姿を見せていていとか、何か深い訳があるのかと思っていたが」


「ええぇ。シスコンの度を超えてるでしょ、これ」


 シシリーさんとリリはどこか呆れる声を出しているが、そんなことはどうでもよい。妹と一緒に生徒会ができる。その嬉しさのあまり今にも昇天してしまいそうなのだから。


 あれ? 目の前に天使の姿が見える。ああ、なんただの可愛すぎる我が妹か☆


「私も、私も入りたいです!」


「妹達よ! よっし、分かった! 生徒会長権限で、今日から二人を生徒会役員にーー」


「だめだろ」「ダメだよ」


勢いに任せていけるかと思ったが、シシリーさんとリリに冷ややかな視線と共に否定されてしまった。


「……こんなに熱くなってる俺を見てもダメだというのか?」


「ダメに決まってんじゃん。むしろ、熱くなりすぎてるからダメ。生徒会役員になるなら、ちゃんと正規のルート踏まないと」


「ちょうど後一ヵ月後に役員選抜があっただろ。それに参戦とかだったら、今からでも間に合うんじゃないか?」


 そんなこんなで、俺の妹達に囲まれて過ごす生徒会は少しだけ先になりそうだった。

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