第16話 義妹以上の妹という存在
「それじゃあ、いくか」
「はい、お兄ちゃんっ」
「……」
学園が休みの日、俺とエミリーはクエストに向かうために家を出ようとしていた。俺とエミリーが支度をする様子を見ながらソファーから立ち上がろうとしないアリス。
目を細めながらずっとこちらの様子を窺っているようだった。
さすがに、この視線を無視して家を出る訳にもいかないだろう。
「えーと、早く帰ってくるな?」
「べつにっ、何も言ってないから」
新しい家に一人残されるというのも暇になってしまうだろう。せめてもの償いとして、早く帰ってくる旨を伝えてみたのだが、アリスの機嫌が直ることはなかった。
アリスはその言葉を残すと、二階の自室に逃げるように向かったようだった。
……なるはやで帰ってくるからな、我が妹よ。
俺は心の中でそう決意をすると、エミリーと共に家を出た。
家を出てから俺達は街の端へと向かって歩いて向かった。クエストは基本的に街の門の外で行われる。
農家の家畜や門の外で暮らす住民達の生活のためや、門まで魔物を近づけないために魔物の討伐依頼などを頼まれることが多い。
なので、クエストを受けた際には門の外まで向かう必要があるのだ。少しだけ、いつもよりも明るさに欠けるエミリーの様子が気がかりではあった。
街の門を出て対象の魔物が生息する場所までの移動中、俺達は何気ない会話をしていた。
「それにしても、まさかエミリーが冒険者だったとは思わなかったな。いつから冒険者なんてやってたんだ?」
「そんなに長くはやってませんよ」
「でも、冒険者ランクCだろ?」
冒険者にはランクという物がある。ランクによって受けることのできるクエストが変わってくるのだ。危険度が高く、難易度が高いクエストは上位のランクの者しか受けることができない。
冒険者ランクCというのは、中堅冒険者並みの実力があるとギルドから評価をされているということ。この歳の女の子で冒険者ランクCというのは驚きだ。
「ていうか、なんで冒険者なんてやってるんだ?」
女神であるエミリーがわざわざ危険な冒険者をやる理由が分からない。冒険者は確かに稼ぎは悪くないが、それだけ危険が伴う仕事だ。
若い女の子が自ら進んでやる仕事ではない。
「そういうお兄ちゃんは?」
「妹にかっこいいと思われたいから」
「はぁ。またそれですか」
正確にはかっこいいと思われるための修業の場として、冒険者をしているのだが、そこはいいだろう。
なぜ今のタイミングでため息をついたのだろうか。
「いつでも俺は妹のことしか頭にないからな! それで、エミリーは?」
俺の誇らしげな堂々とした発言を受けてか、エミリーは照れるように顔を背けたように見えた。
「……お兄ちゃんを守るためです」
「またまた」
初めは俺に合わせて冗談を言っただけのように思った。しかし、どうやら顔が冗談を言っているようではなかった。
「俺のため?」
エミリーがクエストを受ける理由と、俺との間に何が関係しているというのだろうか。
そう言えば、まだエミリーが地上に降りてきた理由も聞けていなかった気がする。妹発言を受けて、話が逸れてそのままにしていたのだった。
「エミリー」
その真相を聞こうとしたタイミングで、獣の唸るような鳴き声が聞こえてきた。その声を聞いて、すぐに緊張感が走った。
「来るぞ、構えろエミリー」
「はい!」
俺達の周りの茂みを走るような音。雑草がこすれ合う音が徐々に早くなっていく。ひときわ大きな音が聞こえたと思った瞬間、ワイルドタイガーが茂みの中から現れた。
俺は応戦するために腰に差していた剣を引き抜いた。
しかし、次の瞬間に俺は剣の動きを止めることになった。
「ライトニングアロー」
隣にいるエミリーの周りに形成されていた光の矢に、魅入ってしまったからだ。
エミリーはその矢を向かってくるワイルドタイガーに向けて放出させた。その矢は見事にワイルドタイガーを貫通し、ワイルドタイガーは俺達の数メートル手前で倒れ込んだ。
「光魔法か。中々凄いな」
見事に貫通したヒカリ矢は、もはや槍で突かれたかのような後をしていた。冒険者ランクCといえど、ここまでの威力のある魔法を使えるものだろか。
「このくらいは訳ないですっ!」
エミリーは俺に褒められたことが嬉しかったのか、誇るようなどや顔を見せた。しかし、その笑みもどこか硬い気がする。
深く聞いても良いものなのだろうか。そんな風に考える俺の耳に、ひときわ大きな物音が聞こえてきた。
「またか!」
いや、先程のワイルドタイガーよりも大きな音。それでいて、唸るような声は地面が揺れるほど大きい。
「ようやくお出ましか」
俺達の前に現れたのは見上げるほど大きなトラだった。紫色の毛並みが特徴的で、象と大差ない大きさ。まだ草食動物の象の方が可愛らしいくらいだ。
「お、お兄ちゃん!」
「どうした、エミリー?」
俺が腰に下げている刀を抜いて、エレファントタイガーと向かい合っていると泣きそうなエミリーの声が聞こえてきた。
その声に思わず振り返りそうになるが、今は目の前から目を離すわけにはいかない。
エレファントタイガーはこちらの出方を窺っているようで、動こうとはしなかった。エレファントタイガーが一瞬、俺から目を逸らした瞬間を見計らい、俺は強く地面を蹴った。
「だめです! 私がやるから下がってーーえ?」
「こんな危ない奴を妹には任せられないだろ」
そしてそのまま、エレファントタイガーに一太刀を浴びせた。深い一太刀よって、多くの血を失ったエレファントタイガーは、そのままその場に倒れ込んだ。
倒れ込んだ衝撃で、足元に広がっていた血の海が揺れている。そして、そのまま息を吹き返すことなく、静かに息を引き取った。
「よっし、これで終わりだな。ちょっ、どうしたエミリー?!」
俺が振り返ってエミリーの方に向き直ると、エミリーは静かに膝から崩れ落ちていた。そして、遅れるようにして涙が頬を伝っていた。
「な、何があったんだ?」
「なんでもないですぅ……うううっ、よかった。よかったんです、うっうう」
「今何か泣くようなことあったか?」
「だから、なんでもないですぅ……心配して損しましたぁ」
エミリーはまるで張り詰めていた何かから解放されたかのようだった。緊張からの解放によって、急に押し寄せてきた感情に身を任せるように泣いていた。
なぜ泣いてしまっているのか分からない。それでも、俺が原因であることに変わりはないのだろう。そう思うと、申し訳ない気持ちにもなる。
何を思ったのだろう。俺はそんなエミリーの姿を見て、無意識のうちにエミリーの頭を撫でていた。
「心配かけたな、エミー」
「え?」
「あれ?」
驚いたようなエミリーの表情。当然だろう、慰める場面で名前を間違えられたのだから。エミリーは驚きのあまり、こちらに目を向けたまま固まっていた。
「あー、いや。ただ言い間違えただけだぞ? 本当だ。これだけ一緒にいて名前を間違える訳――」
もはや手遅れな俺の必死の言い訳に対し、エミリーは小さく横に首を振った。俺の言い間違いを訂正するかのように。
「心配したんですからね、お兄ちゃん」
まるで、待っていた言葉を口にされたかのうに、エミリーはにへらとした笑みを浮かべた。目にはいっぱいの涙を浮かべながら。
なぜ俺は、エミリーのことをエミーと呼んだのだろう。
記憶にないはずの名前。それなのに、全く馴染みがない名前という訳ではない。そして、そう呼ばれたときのエミリーの表情。
本当にエミリーはただの義妹なのだろうか?
義妹以上の何か。それが何であるのかは分からないが、確かに普通の義妹ではない気がした。
そして、その考えが頭から離れることはなかった。
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