第15話 ソロクエストは義妹と共に

「こんにちは! あ、キョーマじゃん!」


「こんにちは、お姉さん」


 俺達はリリに案内されて、リリの家が経営をする『月下の番人』に来ていた。


 受付のお姉さんは、腰まであるオレンジ色の髪を揺らしていた。知り合いには少しヤンキー気質な一面も見せてくれる。おそらく、素の部分がヤンキーなのだろう。


 絶対にそんなことを口にはしないけど。


 大衆居酒屋を思わせるような広さのギルドは、クエストを受ける場所と食事と宿を提供場所の二つに分かれている。


俺達はクエストの依頼をする窓口に顔を出していた。そして、その窓口の受付はもはや顔馴染みだった。


「今日は随分と大所帯だね」


 いつもは俺とリリの二人で窓口に来ることが多かった。今日はその数が倍になっているわけだから、当然不思議にも思うだろう。


 不思議そうに後ろにいる二人に目を向けていたお姉さんは、何を思ったのか俺の胸ぐらを掴むなり自分の方に引き寄せた。


「ちょっと、何あの可愛い子達。リリを泣かせたら、ただじゃおかないからね!」


 声を潜めるために俺を引き寄せたというのに、後半に行くにつれて声が大きくなっていくお姉さん。明らかに後ろ二人にも丸聞こえである。


「だから、そんなんじゃないですってば」


「ちょっと、お姉ちゃん!」


 そう、このお姉さんはリリの姉なのだ。


 俺達が二人でいるところを良く見るからという理由で、何かと俺達をくっ付けたがる。見てみなさいな、あなたの妹さんの顔を。


 勘違い甚だしいとでも言わんばかりに、顔を真っ赤にして怒っていらっしゃるじゃないですか。


 リリとぱちりと目が合うと、慌てたように逸らされてしまった。そんなに強く否定されると、多少なりとも傷つく物があったりもするわけで。


「それより、お姉ちゃん。この前キョーマに任せたいのがあるって言ってたでしょ?」


「任せたい? ああ、あのクエストね」


 リリは話の方向転換をするように、別の話題で誤魔化そうとした。どうやら、お姉さんもそれ以上追及することはなく、話は別の方向に向かった。


 リリに言われて机の上に出されたクエスト詳細が書かれた依頼書。一見、普通のクエストのように見える。


「これは?」


「ワイルドタイガーの討伐」


 ワイルドタイガー。小型の魔物でありながら俊敏な動きをする魔物だ。小型の枠組みではあるが、地球にいるトラよりも一回り大きい。冒険者によっては、一人でも問題なく倒すことができるだろう。


「表向きは、ですよね?」


 お姉さんはちらりとこちらに視線を向えけると、何も言わずに再び依頼書に目を落とした。


「これの依頼、いくらだと思う?」


 お姉さんはトントンと依頼報酬を指さした。その依頼額はワイルドタイガーの討伐依頼の相場の五倍近くに設定されている。


「……高すぎますね。それに、対象冒険者もC級以上ってのが匂いますね」


「そうでしょ? 多分、本当に討伐して欲しいのは別の魔物だと思う。最近、エレファントタイガーが出たって噂があるのに、その討伐依頼がまだ来てない」


「エレファントタイガーが出たんですか?」


 エレファントタイガー。アジアゾウくらいのトラのような魔物だ、その大きさの肉食獣となると、もはや恐竜とかに近い。


 討伐難易度はワイルドタイガーの比ではない。


「ちらちらと報告は上がっている。多分、間違いではないと思う」


「ワイルドタイガー討伐中に、エレファントタイガーに遭遇してしまって偶然討伐させる。その方が、依頼料は安く済みますからね」


「本当は、捜査隊を出してこのクエストが虚偽じゃないかを確かめる必要があるんだけど」


 クエストの虚偽申請というのは結構あったりする。依頼相手からしたら、どれだけ安く依頼を受けてもらえるかが重要であって、冒険者の命は二の次だ。


 そして何より、虚偽だという証拠が掴みづらい。今回のような依頼はグレー扱いとなる可能性が高いのだ。


 そうなると、そんなグレーの依頼を受けてくれる実力者を探すことになる。それに該当したのが俺という訳だ。


「いいですよ、受けますよその依頼」


「本当か? いやー、助かるよ本当に」


 妹にかっこいいと思われたい。そのためには剣と魔法の腕を磨く必要がある。しかし、人間相手に実践的な練習はできないだろう。


 だから、俺はソロでクエストを受けて修行をすることにしていたのだ。それが気づけば、このギルドでも上位の実力を持つ冒険者になっていた。


「……なんで、そんな危ないことするんですか?」


 話がまとまりそうになったタイミングで、エミリーがぼっそっとそんなことを呟いた。消えてしまいそうな声色。それでも、何か強い意志があるような言葉であるように思った。


「危ないからだよ。他の人がこのクエストを受ける前に達成する必要があるだろ?」


「なんで、お兄ちゃんが危ない目に合わなくちゃダメなんですか」


「エミリー?」


 どうもクエストの話になってから、エミリーの様子が可笑しい。俺を必死に止めようとするエミリーの言動が分からない。


「私も行きます」


「わ、私も行く」


 俺が依頼を受けることをやめないと察したのか、エミリーはそんなことを口にした。それに続く形でアリスも続いた。


「行くのは構わないけど、冒険者ランクC以上じゃないと承認できないからね」


 まとまりかけた話に割ってこられたのが気に入らなかったのか、お姉さんはやや不機嫌気味に二人を跳ねのけたようだった。


 しかし、それでもエミリーは引かなかった。何かをポケットから取り出すと、お姉さんにそれを見せつけた。


「なんだ、冒険者だったの? ん? 冒険者ランクC?」


「……え? エミリーが冒険者?」


「これで、問題ないですよね」


 有無を言わせないという強い意志の視線を向けられ、お姉さんは小さく頷いた。


こうして、俺は義妹とクエストに行くことになったのだった。


あれ? 俺の意思は?


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