堅実の下に集ったメンバー

「別のコーチから指導を受けられるなんて緊張するな~。でも、夜見よみちゃんも一緒で良かった! 頑張ろうね」


「……うん。頑張らなきゃだね」


 通し練習の際にはいつも利用し、叢雲むらくも学園のホームグラウンドになりつつある愛知リンドブルムパーク。普段はチーム全員でくぐる入り口を、今日は兎羽とわと夜見の二人だけで通過する。


 その理由は、事前説明を受けていた特別練習のため。とあるチームに配属された叢雲のメンバーが、彼女たち二人だけだったためである。


 週末ギリギリで有休を終えた影山によって、この練習がチームの成長に向けたものであることは説明を受けている。だが、だからこそ夜見の心中には期待と不安が渦巻いていた。


「夜見ちゃん、いつもより元気が無いように見えるけど。もしかしてルチアちゃんの言葉を思い出してる?」


 期間としては短いが、濃密な時間を共にしてきた二人だ。特に隠す様子もなくうつむき加減な夜見に対して、空気を読んだ兎羽が声をかける


「ちょっとだけ。経験不足なのは本当のことだし。あと、それとは別にもう一つ。影山先生やみんなが望むような成長ができるかなって」


 期待に応える。それは夜見が一番苦手としている行動だ。


 過度な視線にさらされ、嫌でも深い付き合いを強要される。おまけに分野の中で自分は若輩者。どこまでを期待されているか分からない上に、それを下回る可能性が高いのだから。


「大丈夫だよ! 夜見ちゃんはずっと頑張ってるし、メンバーはバラバラでも私はいる。いざとなったら火の中でも水の中でも、夜見ちゃんのことを守るから!」


「……ありがと。ただ、そこは罪悪感を抱えずに言い切って欲しいセリフだなぁ」


 兎羽が夜見の性格を理解しているように、夜見も兎羽の性格は理解できている。おまけに人読みの力は、夜見の方がダントツだ。兎羽の言葉には、自分をこの道へと巻き込んでしまった罪悪感が見え隠れしているのが丸分かりだった。


「うっ、ゴメン。つい……」


「いいよ。不足を埋め合わすのがチームだもの」


「そ、そうだよね! 私もそっちの方向に話を持っていきたくて_」


「だから、そういうのは見透かされた時点で効果は半減だよ? ランナーだって駆け引きのタイミングはいくらでもある。ポーカーフェイスに似合うだけの平常心を身に付けなくちゃ」


「夜見ちゃんが空気を読め過ぎてるだけだよ! 私も普段なら、こんなにコロコロ転がされたりしてないって!」


「ホントかなぁ?」


「どっちにしたって、夜見ちゃんが元気になったんだから私の勝ち! ほら、メンバーへ挨拶しにいこ?」


 このままでは、次の言葉を夜見に先読みされ続けると理解したのだろう。兎羽は強引に会話を切り上げ、持ち前の勢いで夜見を引っ張って行こうとする。


「そうだね。ファーストコンタクトは大事だから」


 夜見の方も、ここでうだうだ時間を潰すのは無駄だと思ったらしい。ぴょんぴょんと跳ねながら前を行く兎羽を追いかけだす。今週末限定のドリームチームとの合流は、すぐそこまで迫っていた。



「この扉の向こうに」


「うん」


 通い慣れたミーティングルームなれど、集まる人員は全くの初対面と変わらない。そのため意気揚々と先行していた兎羽だったが、合流のタイミングで夜見の後ろへと下がらされていた。


 親しき中にも礼儀はある。見知らぬ相手ならばなおさらだ。おまけに扉の向こうの人物は、夜見の予想では上下関係を重視している人物だと思っている。


 夜見が余所行きモードを全開にして挨拶するのが、この場における最適解だと判断したのだ。


「お邪魔します」


 ノックまでしていてはさすがに堅苦しい。そのため夜見はゆっくりとノブを回し、軽い掛け声と共に入室した。


「よく来たな。今日からよろしく頼む」


 入室した二人に声をかけたのは、最奥で椅子にどっしりと腰を下ろした、女傑と呼ぶに相応しい人物であった。


棋将きしょうです。こちらこそよろしくお願いします。群城ぐんじょう先生」


香月かがちです。よろしくお願いします!」


 雪屋ゆきや大付属の群城。それが兎羽と夜見が配属されたチームのコーチだった。


 基本に忠実で堅実な戦法を好み、世界大会の出場経験も豊富なベテランだ。直近こそ成績は振るわずチームの評価も落としていたが、生徒の地力を鍛える点においては陰りを見せてはいない。


 (影山先生からざっくりと聞かされてはいたけど、眼力すご。そりゃこんな人がトップなら、チームカラーもそうなるか。間違いなく、今の私にはピッタリな人だ)


 基本を活かせない兎羽は例外としても、地力が不足している夜見にとってはまさしくピッタリなコーチだ。今回の特別練習の経験を、必ずチームに持ち帰ってみせる。夜見は意気込みを新たにした。


「棋将に香月か。影山コーチから話は聞いている。特異な才能が輝く、未来ある生徒であると。私のチーム方針と影山コーチの方針では、きっと根本的な違いがあるだろう。だから二人には持ち味を活かしつつ、新たな学びの場として練習を利用してもらいたいと思う」


「はい。勉強させていただきます」


「よし。それじゃあ武源ぶげん清河きよかわ、挨拶」


 満足そうに頷いた群城は、傍らの二人へと声をかけた。


「はい。雪屋大付属三年の武源霧華きりか。ポジションはランナー。よろしく」


 先に名乗りを上げた霧華の方は、長いポニーテールが特徴のスレンダーという言葉が良く似合う先輩だ。


 長身でありながら、直美のようなガタイの良さは一切感じない。にもかかわらず、線の細さといったマイナスイメージにも引っかからない絶妙な体型と言える。


 見事な黒髪もあって大和撫子という言葉が真っ先に脳裏を過るが、どこか自分を律している雰囲気のせいでキャリアウーマンのように思える。愛想の無さで何かと苦労していそうだと、夜見は思った。


「同じく三年メカニックの清河みお。色んな意味で温度差に驚くと思うけど、何かあるたびに相談してくれよ」


 続いて名乗ったのは、どこか直美に似た雰囲気を持つ先輩だ。


 霧華よりも背は若干低く、肉付きは良いが直美ほどでは無い。きっと会話そのものが好きなのだろう。声音にはこちらを気遣ったユーモアが感じられた。だが、彼女には目に見えて特徴的な部分があった。


「え~と、そのマスクは_」


 夜見の返答よりも先に、兎羽が澪の口元を指差した。


 彼女の口元を覆ってたのは、塗装作業などで使われるような特別製のマスクだった。耳ではなく後頭部でゴムを固定するタイプ、加えて二手に分かれたフィルター部もあって高級品の印象を受ける。


「あぁ。生まれつき呼吸器が弱くてね。作業中に金属粉なんか吸い込んじまったら大ごとだ。一々取り外すのも面倒だから、群城コーチに頼んで付けっぱなしを許してもらってるんだよ」


「ほえ~。なんか、カッコいいですね」


「ちょっ、兎羽ちゃん!」


 思ったままの感想を口にした兎羽に、思わず夜見が止めに入る。いくら誉め言葉だとしても、生まれつきの呼吸器症が原因ではあらぬ誤解を受けかねない。


 悪印象を持たれでもしたら、練習どころではなくなる可能性もある。そんな意味を込めた夜見の注意だったが、肝心の澪はくぐもった声で笑い出した。


「くく、くははっ! 気遣うでもなく、遠慮するんでもなく、マスクを褒められたのは初めてだ! 機体を見た時もぶっ飛んでると思っていたけど、中身は中身で個性の塊なんだな!」


「えっと、ありがとうございます?」


「かははっ、こいつ可愛いなぁ。なぁ霧華、特別練習の後に持ち帰っても_」


「ダメに決まってるでしょ。雪屋の方針を忘れたの? 個人の勝利よりチームの勝利。こんな子を移籍させてみなさい、来年には個性偏重のワンマンチームができあがっているわよ」


 冗談十割の澪の言葉に、霧華は真面目腐った返答を行う。けれども先ほどの挨拶とは異なり、そこには若干の感情が込められているように感じた。


「まっ、ダメだわな。ってことで、このマスクはファッションでも反骨心の表れでも無いからどうぞよろしく」


「あっ、よろしくお願いします。ええっと、自己紹介早々で悪いんですけど、一つ聞いてもよろしいですか?」


「どうした?」


 顔合わせが一段落付いたところで、おもむろに夜見が切り出した。


「この場の様子を見るに、叢雲から二人、雪屋から二人が選出されたということですよね?」


「あぁ。間違いない」


高鍋たかなべから配属された子は、まだ到着していないんですか?」


 夜見の疑問とは最後のメンバーについて。


 雪屋のチーム方針を影山から聞かされていた夜見は、今日の集合も空気を読んで三十分前には到着しておこうと考えていた。しかし、群城直々に集合時間はピッタリで良いと言われ、ここに集まったのである。


 まさかブロッサムカップで煮え湯を飲まされたとはいえ、高鍋の生徒にだけ違う集合時間を伝えているとは思えない。だが、現実に残るメンバーの姿は影も形もない。


 考えられるのは、ただ一つの可能性。


「あぁ。遅刻だろうな」


「集合初日に遅刻……」


 集団の輪を整えることを好む夜見にとっては、考えられない事態だった。そして、それは群城も同じだったのだろう。怒るほどではないが、真顔でどうしたものかと思案している。


 思案の先が説教であるのか何らかのペナルティであるのかは、いくら夜見と言えども予想がつかない。ただどちらにしたって、この空気を抱えたまま、何十分も待機するのは御免だった。


「そういえば、残ったメンバーって誰なんですか?」


 夜見は少しでも群城の感情を下支えせんと、当たり前の疑問を口にした。


「あぁ、残った一人は_」


 群城が口を開いた時だった。


!」


「えっ……? うわあっ!?」


 背後から謎の声が聞こえ、続いて兎羽の悲鳴が響く。


 急いで振り返ってみれば、そこには兎羽を押し倒すようにしてマウントを取る、褐色の少女が一人。


「おねぇたちがだ~れも付いてきてくれないって言うから、ホントはここに来るのも嫌だったんだ。でも~、廊下の向こうでヤギウサちゃんの声が聞こえてきたから、集合しようって決めたの!」


 あまりに自己中心的な理由。だというのに、どこか許してしまいそうになる天真爛漫さ。


「最後のメンバーって、まさかつぐみちゃん!?」


「うん! 今日からよろしくね!」


 ニコニコと笑顔を湛えながら、高鍋のエース千鵺せんや鶫は大きく頷くのだった。


___________

次回更新は新年の1/1になります。本年は大変お世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いします。

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