横を強めるためのスケジュール
「一波乱はあったが、全員揃ったことに変わりはない。これから練習メニューを含めた日程を話す」
気を取り直した様子で、
「へ~。最初から練習メニューを決めておくんだ~。やりたい練習をやりたいようにするウチとは全然違う。もしかして、ヤギウサちゃんのところもこんな感じ?」
「う、うん。そういう質問は後でちゃんと答えるから、今は群城コーチの話をちゃんと聞こ?」
兎羽の右腕すがりついて離れない重石の正体。それは遅刻少女であり奔放少女でもある
ブロッサムカップで片鱗こそ感じていたが、鶫という少女はとにかく落ち着きが無いらしい。
「まず、メニューについてだが、この二日間は雪屋のやり方を学んでもらう。個人で勝つのではなく、チームで勝つ。集団行動の徹底によって生まれる強みを、外部参加組にも理解してもらえればと思う」
そして群城の方も、鶫の扱いには困っているのだろう。眉間にシワを寄せながらも、特に何かを言い返したりはしない。
これが
加えて、雪屋と高鍋には因縁がある。教師間と生徒間それぞれで和解こそしたが、褒められない戦術に巻き込んだ事実は消えない。そういった罪悪感も含めて、鶫の扱いはスルー寄りとなっているのかもしれない。
「質問よろしいでしょうか!」
「
「雪屋の戦術を学べることは嬉しいのですが、私の機体はとことん集団行動に向いていません……。みんなのスケジュールに穴を空けてしまいかねませんが、私は参加していいのでしょうか?」
雪屋の日常練習と聞いて、今度は兎羽が声を上げた。
兎羽のリンドブルムであるムーンワルツは、動きの癖がとにかく強い。平地では垂直跳びに近い移動方法しか取れず、地形によっては移動すらままならなく可能性すらある。
本人をして集団行動の対極にある機体だ。雪屋の練習に組み込まれれば、ほぼ間違いなく不和が起こる。そんな危惧を抱いたことで、失礼を承知で口を挟んだのだろう。
「無論だ。香月だろうと
「っ、分かりました! ありがとうございます!」
しかし、そんな兎羽の質問は織り込み済みだったのだろう。言い淀みは一切なく、ただ肯定する。そんな態度のおかげで、兎羽も安心したらしい。先ほどの不安は完全に吹き飛び、やってやるぞと意気込みを新たにしていた。
あらゆる可能性を排除して言い切ることによって、生徒の不安を取り除く。コーチとしては当たり前の姿勢であるが、影山や
「話を戻そう。午前のメニューは緩やかな地形を使ったランニング。午後からは上下運動と不測の事態への対応を行い、夕食後から実戦形式でタイムを計っていく。清河は合間ごとのメンテナンスを、棋将には練習全てでサポートに付いてもらう」
「はい!」
「は、はい!」
(うわっ、思ったよりもハードだ……)
口では殊勝な返事をしつつも、夜見は雪屋流の練習スケジュールに思わず舌を巻いた。
肉体疲労が少ないリンドブルムレースは、その気になれば一日中練習を続けることが可能だ。しかし、異なる肉体を操る精神的疲労と、レースごとの機体損傷は思ったよりも大きい。
そのため、叢雲の平均的な練習時間は午後の数時間程度。日中全てを練習時間とするのは稀、夜間まで練習が組み込まれることなどありえなかったのだ。
練習時間が長いからといって、勝負に勝てるとは限らない。むしろ長すぎる練習は集中力を削り、成長速度にマイナス補正をかける場合すらある。
(でも、雪屋の戦術なら、練習時間は伸ばしてこそだよね)
雪屋の戦術は徹底的な集団行動。個を伸ばすのではなく、横の繋がりを強めることに重きを置いている。つまり、タイムを数秒縮めるために全霊をかけることも、苦手とするコースを反復することも重要ではないのだ。
必要なのは再現性と理解。一定の集中力で反復練習を続けることで、どんなコースでも大負けしないように動ける。長い時間をかけて様々なコースを経験して、コースごとに必要な動きを頭に蓄積させることができる。
オールラウンダーなランナーを三人用意し、勝てないまでも上位の順位を取り続ける。これこそが雪屋の常勝戦術であり、世界に届きうる強みなのである。
「わ~! そんなに遊んでいいの!?
「うん。集団行動は足を引っ張ってばっかりだったから、少しでも上手くなれるよう頑張る」
(そして、ランナーの皆さんはやる気満々ですと……)
夜見がハードスケジュールの正当化に勤しんでいた頃、ランナーの二人は楽しそうに笑い合っていた。
勝利のためと自分を言い聞かせこそしたが、どんな理由があろうと練習時間が倍増すれば、げんなりもしてくる。だが、純粋な二人にしてみれば、練習時間の倍増は朗報へと変わるらしい。
そもそもが運動神経を必要とするポジションだ。普段の練習では消費しきれないほどに、体力が有り余っているのだろう。座り作業が基本のサポーターとは、持ち得る気力が違うらしい。
「二日目は初日で手応えのあったコースの反復練習。そして午後から夜間にかけて、それぞれのチームが一コースごとを指定した実戦練習だ」
夜見は無意識の内に小さく手を握った。
忙しい学生の身分であるとはいえ、実戦を除くとメンバーを知る時間は一日半しかない。そして、雪屋は連携を前提とするチーム。それまでに一定の連携を手に入れなければ、実戦で恥をさらす事になる。
戦術を形にするのに必要なのは、ランナー間の連携とサポーターによる理解。敵味方の動きと戦術の引き出し、ゴーサインを出す覚悟が無ければ雪屋というチームは成り立たない。
三機への指示出しであたふたしているようなサポーターでは、チームの毒にしかならないのだ。
(影山先生はスパルタが過ぎるよ)
影山が群城の下へ自分たちを送り込んだ理由。それは兎羽が連携に対して抱く苦手意識の払拭と、夜見にフルメンバーレースの基本形を学ばせるためであろう。
だが、ルチアは言っていた。他人だからこそ、評価は厳しいものになる。必要とされればされるほど、期待を裏切った際の反発は大きくなると。
少し知っただけでも、雪屋のサポーターに対する比重は大きいのだ。そんな重要ポジションを、未熟な自分が担うことになる。これがスパルタでないなら何なのだ。
(重いなぁ)
影山が信じる夜見の才能、叢雲が望む夜見の成長、雪屋で背負わされた夜見への期待。どれもがあまりに重圧だ。ただ立ち尽くしてるだけで、ひしひしとプレッシャーが胸を締め付けてくる。こんな役回りが嫌で、自分は他人の輪を遠巻きに眺める人生を選択したはずなのに。
(……だけど、やるっきゃないよ)
けれど、夜見は重圧から逃げ出さない。信じて背負わされた重りだからこそ、相手から取り外されない限り、放り投げたりしない。
勝利の熱、敗北の苦み。その両方を味わえる楽しさを知ったからこそ、夜見は逃げずに立ち向かうのだ。自分こそが叢雲を導けるサポーターであると信じて。
(まずはみんなのことを知ろう。話はそれからだ)
立ち位置を間違わない自分の才能を活かすため、夜見は見慣れたサポートルームへと向かうのだった。
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あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。
次回更新は1/5の予定です。
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