横を強めるためのスケジュール

「一波乱はあったが、全員揃ったことに変わりはない。これから練習メニューを含めた日程を話す」


 気を取り直した様子で、群城ぐんじょうが全員に声をかけた。


 霧華きりかみおは慣れた様子で話を聞く態勢へ移行。空気の読める夜見よみは一拍遅れたものの、彼女たちをならって同じ姿勢を取る。そこからさらに夜見の真似をしようとした兎羽とわだったが、あいにく今の彼女には大きな重石が付いていた。


「へ~。最初から練習メニューを決めておくんだ~。やりたい練習をやりたいようにするウチとは全然違う。もしかして、ヤギウサちゃんのところもこんな感じ?」


「う、うん。そういう質問は後でちゃんと答えるから、今は群城コーチの話をちゃんと聞こ?」


 兎羽の右腕すがりついて離れない重石の正体。それは遅刻少女であり奔放少女でもあるつぐみだった。到着した当初は兎羽を構い倒していたものの、そこからキョロキョロと忙しなく辺りを見て回り、ミーティングが始まれば私語を挟み込む。


 ブロッサムカップで片鱗こそ感じていたが、鶫という少女はとにかく落ち着きが無いらしい。


「まず、メニューについてだが、この二日間は雪屋のやり方を学んでもらう。個人で勝つのではなく、チームで勝つ。集団行動の徹底によって生まれる強みを、外部参加組にも理解してもらえればと思う」


 そして群城の方も、鶫の扱いには困っているのだろう。眉間にシワを寄せながらも、特に何かを言い返したりはしない。


 これが雪屋ゆきやの生徒であれば別だったのであろうが、あいにく鶫は高鍋たかなべの所属だ。下手に説教をしてヘソを曲げられてしまえば、自分たちだけでなく叢雲むらくもと高鍋にも迷惑をかけることになる。


 加えて、雪屋と高鍋には因縁がある。教師間と生徒間それぞれで和解こそしたが、褒められない戦術に巻き込んだ事実は消えない。そういった罪悪感も含めて、鶫の扱いはスルー寄りとなっているのかもしれない。


「質問よろしいでしょうか!」


香月かがちか。どうした?」


「雪屋の戦術を学べることは嬉しいのですが、私の機体はとことん集団行動に向いていません……。みんなのスケジュールに穴を空けてしまいかねませんが、私は参加していいのでしょうか?」


 雪屋の日常練習と聞いて、今度は兎羽が声を上げた。


 兎羽のリンドブルムであるムーンワルツは、動きの癖がとにかく強い。平地では垂直跳びに近い移動方法しか取れず、地形によっては移動すらままならなく可能性すらある。


 本人をして集団行動の対極にある機体だ。雪屋の練習に組み込まれれば、ほぼ間違いなく不和が起こる。そんな危惧を抱いたことで、失礼を承知で口を挟んだのだろう。


「無論だ。香月だろうと千鵺せんやだろうと、サポーターである棋将きしょうであろうと関係ない。この二日間は雪屋のやり方で行く。それぞれのコーチも了承済みだ」


「っ、分かりました! ありがとうございます!」


 しかし、そんな兎羽の質問は織り込み済みだったのだろう。言い淀みは一切なく、ただ肯定する。そんな態度のおかげで、兎羽も安心したらしい。先ほどの不安は完全に吹き飛び、やってやるぞと意気込みを新たにしていた。


 あらゆる可能性を排除して言い切ることによって、生徒の不安を取り除く。コーチとしては当たり前の姿勢であるが、影山や金橋かなはしの下では学べない考えだ。


「話を戻そう。午前のメニューは緩やかな地形を使ったランニング。午後からは上下運動と不測の事態への対応を行い、夕食後から実戦形式でタイムを計っていく。清河は合間ごとのメンテナンスを、棋将には練習全てでサポートに付いてもらう」


「はい!」


「は、はい!」


 (うわっ、思ったよりもハードだ……)


 口では殊勝な返事をしつつも、夜見は雪屋流の練習スケジュールに思わず舌を巻いた。


 肉体疲労が少ないリンドブルムレースは、その気になれば一日中練習を続けることが可能だ。しかし、異なる肉体を操る精神的疲労と、レースごとの機体損傷は思ったよりも大きい。


 そのため、叢雲の平均的な練習時間は午後の数時間程度。日中全てを練習時間とするのは稀、夜間まで練習が組み込まれることなどありえなかったのだ。


 練習時間が長いからといって、勝負に勝てるとは限らない。むしろ長すぎる練習は集中力を削り、成長速度にマイナス補正をかける場合すらある。


 (でも、雪屋の戦術なら、練習時間は伸ばしてこそだよね)


 雪屋の戦術は徹底的な集団行動。個を伸ばすのではなく、横の繋がりを強めることに重きを置いている。つまり、タイムを数秒縮めるために全霊をかけることも、苦手とするコースを反復することも重要ではないのだ。


 必要なのは再現性と理解。一定の集中力で反復練習を続けることで、どんなコースでも大負けしないように動ける。長い時間をかけて様々なコースを経験して、コースごとに必要な動きを頭に蓄積させることができる。


 オールラウンダーなランナーを三人用意し、勝てないまでも上位の順位を取り続ける。これこそが雪屋の常勝戦術であり、世界に届きうる強みなのである。


「わ~! そんなに遊んでいいの!? たがね爺ちゃんの練習は短すぎたから、夜更かしみたいですっごく楽しみ! いっぱい走ろうね、ヤギウサちゃん!」


「うん。集団行動は足を引っ張ってばっかりだったから、少しでも上手くなれるよう頑張る」


 (そして、ランナーの皆さんはやる気満々ですと……)


 夜見がハードスケジュールの正当化に勤しんでいた頃、ランナーの二人は楽しそうに笑い合っていた。


 勝利のためと自分を言い聞かせこそしたが、どんな理由があろうと練習時間が倍増すれば、げんなりもしてくる。だが、純粋な二人にしてみれば、練習時間の倍増は朗報へと変わるらしい。


 そもそもが運動神経を必要とするポジションだ。普段の練習では消費しきれないほどに、体力が有り余っているのだろう。座り作業が基本のサポーターとは、持ち得る気力が違うらしい。


「二日目は初日で手応えのあったコースの反復練習。そして午後から夜間にかけて、それぞれのチームが一コースごとを指定した実戦練習だ」


 夜見は無意識の内に小さく手を握った。


 忙しい学生の身分であるとはいえ、実戦を除くとメンバーを知る時間は一日半しかない。そして、雪屋は連携を前提とするチーム。それまでに一定の連携を手に入れなければ、実戦で恥をさらす事になる。


 戦術を形にするのに必要なのは、ランナー間の連携とサポーターによる理解。敵味方の動きと戦術の引き出し、ゴーサインを出す覚悟が無ければ雪屋というチームは成り立たない。


 三機への指示出しであたふたしているようなサポーターでは、チームの毒にしかならないのだ。


 (影山先生はスパルタが過ぎるよ)


 影山が群城の下へ自分たちを送り込んだ理由。それは兎羽が連携に対して抱く苦手意識の払拭と、夜見にフルメンバーレースの基本形を学ばせるためであろう。


 だが、ルチアは言っていた。他人だからこそ、評価は厳しいものになる。必要とされればされるほど、期待を裏切った際の反発は大きくなると。


 少し知っただけでも、雪屋のサポーターに対する比重は大きいのだ。そんな重要ポジションを、未熟な自分が担うことになる。これがスパルタでないなら何なのだ。


 (重いなぁ)


 影山が信じる夜見の才能、叢雲が望む夜見の成長、雪屋で背負わされた夜見への期待。どれもがあまりに重圧だ。ただ立ち尽くしてるだけで、ひしひしとプレッシャーが胸を締め付けてくる。こんな役回りが嫌で、自分は他人の輪を遠巻きに眺める人生を選択したはずなのに。


 (……だけど、やるっきゃないよ)


 けれど、夜見は重圧から逃げ出さない。信じて背負わされた重りだからこそ、相手から取り外されない限り、放り投げたりしない。


 勝利の熱、敗北の苦み。その両方を味わえる楽しさを知ったからこそ、夜見は逃げずに立ち向かうのだ。自分こそが叢雲を導けるサポーターであると信じて。


 (まずはみんなのことを知ろう。話はそれからだ)


 立ち位置を間違わない自分の才能を活かすため、夜見は見慣れたサポートルームへと向かうのだった。


___________

あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします。

次回更新は1/5の予定です。

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