指導者たちの思惑
「二人共、今日は集まってくれて感謝します」
愛知県内にある公民館の小会議室。平日であるにも関わらず集まってくれた面々に向けて、影山はぎこちなく頭を下げた。
「珍しい。覗き見坊主にしては殊勝な態度じゃの」
「感謝なんてそんな。むしろお招きいただいて、感謝を述べたいのはこちらの方です」
そんな影山に対して、二人は正反対の態度を示す。一人は珍獣を見つけたような物珍しい視線を。もう一人は恐れ多いとばかりの遠慮した視線を。
影山が招集した人物の正体。それは数日後に変則的な練習試合を予定している学校のコーチたち。高鍋電子工業の金橋と雪屋大付属の
「……そうか。二人がそう言うのなら、態度を改めさせてもらうが」
影山の現役時代を知る二人だ。
「えっ、えっと……」
「阿呆、世辞じゃ。そんなにコロコロと立ち位置を変えたら、ワシはともかく群城ちゃんは居心地が悪くて仕方なかろう」
「むっ……」
しかし、気を利かせた提案は、バッサリと切り捨てられてしまった。そして当の影山は、ならば先ほどの発言は何だったのだと不満気な表情を一瞬浮かべる。ほぼ初対面の相手に対してこの態度。これこそ彼がコミュニケーション能力不足と言われる所以なのだろう。
「多少見苦しいのには目をつぶってやる。だから丁寧な対応を心がけい。そうすれば弾き出される寸前の界隈に、片足立ち程度は居場所を残してもらえるじゃろうよ」
「ならそうす……しましょう。本題に入っても?」
「ええぞ。と言うても、聞きたいことは分かっておるがな」
「ならば簡潔に。今回の特別練習、その理由をお聞かせ願っても?」
「右に同じです。いくら業界の重鎮である金橋コーチの提案としても、納得に足る理由が無ければ困ります。生徒たちに残された時間が短いことは、あなたも理解しているはずです」
するどい視線と真摯な視線が好々爺然とした老人を同時に貫く。対して老人は得意気に鼻を鳴らすのみ。そう。変則的な練習試合の絵図面を描いた人物は、影山ではなく金橋だったのだ。
待望の練習試合であった影山は当然として、なぜか輪の中に加わった群城も決定には否を唱えられなかった。いや、唱えてしまった場合に発生する、練習試合の白紙化を危惧していた。
そのため理由も分からぬままに承諾を余儀なくされ、せめて生徒たちへの事前説明を行わせてもらおうと、二人は無理を押してこの集会を開いていたのだ。
夏季大会までに残された時間は少ない。三年間をリンドブルムレースに捧げた学生ならば、誰だって集大成たる大会で有終の美を飾りたいと思うものなのだから。
「なぁに、そんな複雑な事情など存在せん。三チームの現状を鑑みて、これが一番理にかなっておると思っただけのことよ」
「現状、ですか」
「そうじゃろう。例えば覗き見坊主。お主のチームは優秀過ぎる人材が加入したせいで、チームとしての動きが空回りを始めておるじゃろう?」
「それは、そうですが……」
コミュニケーション能力に難があろうと、
けれど、そんな影山への意趣返しか。金橋は群城に向けて顎をやる。その動きに釣られて目を向ければ、そこにあったのは何らかの思考に深く沈みこんだ彼女の姿。
「次に群城ちゃん。あんたんとこのチームはこれまでの真面目過ぎる方針のせいで、機能不全を起こしておる。加えて戦術の余波が全国に広がり、練習試合数の激減が発生。指導力に陰りが生じてしまっておる」
「……おっしゃる通りです」
続けて金橋が語った雪屋の現状によって、影山もようやく群城が今回の練習試合に名乗りを上げた理由を知った。
プッシュ戦術。明確に相手リンドブルムをリタイアさせることに絞った戦術は、雪屋に大量のポイントと大きすぎるヘイトを与えた。続くレースで雪屋に行われた報復は、日本の学生レースでは考えられないほどの苛烈なものであった。
だが、そんな仕返しを受けてもなお、雪屋のブランドイメージは回復しなかったらしい。
リンドブルムが大破することで生じるリタイアは、操縦者に大きなショックを与える。時には心因性のトラウマを生み、操縦そのものが困難になる場合さえある。
どんなチームだって、エースを潰されたら大損害だ。いくら勝利を望もうとも、勝ち方には暗黙のルールが存在する。そのルールから逸脱してしまった雪屋に対し、他の学校は否を突き付けたのだ。
そして、ブロッサムカップ予選の最終レースで起こった、エース
雪屋とは群城のカリスマによって、厳しい規律が敷かれていたチーム。カリスマが陰りを見せれば、規律は乱れ始める。規律が乱れれば、基本を忠実にする雪屋の戦術は土台から崩れてしまう。
影山の想像以上に、そして叢雲以上に、雪屋の内部はガタガタとなっていたのである。
「……」
エキシビジョンマッチやルチア・ルナハートの加入と、最近は影山がチームにかかりきりになる時間は長かった。けれども実力校の情報収集を怠ったつもりは無かったし、情報流出には細心の注意を払っていたはずなのだ。
隙を見せたとはいえ、賞賛すべきは金橋の情報網か。影山のような、与えられた一の情報から十を知る方法とは対極。十の
プロチーム所属という後ろ盾を失くした今だからこそ、その強みが否が応でも痛感できた。
だが、ここまでであれば、脇が甘いと金橋が笑うだけで済む話である。彼は三チームの現状を鑑みてと言った。つまり、自身の指揮する高鍋電子工業にもまた、今回の行いに対する理由が秘められているはずなのである。
「そして、最後がワシ」
影山が察したことに気が付いたのか。薄笑いを浮かべながら、金橋は冗談交じりに自分を指差した。
「ウチのチームはとにかく内輪で固まってしまっていてのぉ。メンバー間のしがらみが生まれないのは良い点じゃが、一部のメンバーの決定がチームの決定になってしまっていての」
高鍋電子工業が幼馴染五人で結成されたチームであることは、ブロッサムカップ予選を勝ち抜いた際に行われたインタビューによって周知されている。
一見すると高鍋の走りは、アドリブ力が高いチームの巻き返しにも見える。しかし、上記を理解した上でレース映像を視聴すれば、彼女らの問題は一目瞭然だった。
「サポーターの指示がほとんど通っていない」
「流石は世界一位。分析能力に衰えは無しか」
「買い被るのは止めてください」
そう。高鍋の走りは、サポーターの指示を必要としていない走り。言うなれば、ランナーだけでレースを組み立ててしまっていたのである。
「サポーターの
「……ですが、高鍋のエースが好むレースとはかけ離れている」
声を上げたのは群城。予選第二レースでは散々にやられたせいだろう。
「まさにそこよ。鶫は無茶や無謀に飛び込むのが昔から大好きでのぉ。美鈴の心配する言葉にも、大丈夫と返すのが日常じゃった。そしてあの子の才能は、どう見積もっても学生レベル止まり。三人を別々のルートで導く力は無い」
サポーターの指示を全く聞かず、勝手にルートを決めてしまう。そしてサポーターの能力不足で、他のランナーたちだけを正規ルートで走らせることも不可能。そうなれば必然的に、他のランナーたちも別ルートに追従するしかなくなってしまう。
サポーターに発言力がないチームにありがちな問題だ。解決案と言えば他のメンバーがエースを
しかし、高鍋は仲良し幼馴染によって結成されたチームだ。完成された人間関係に説教は意味をなさず、金橋とてチームメカニックの祖父という身内に収まってしまう。
「これで完敗でもしてりゃあ、
「エースの勝負勘だけでもどうにかなる。そう勘違いしてしまっていると」
エースが勝負勘に頼ってルートを変更する。別にそれ自体が悪いわけではないが、常習化しているのなら大問題だ。
サポーターの視点は神の視点。ランナーの何倍もの視界情報を有しており、どんな状況だろうとランナーへ届く声を有している。つまり多くの場合において、サポーターのルート指示はランナーの判断より正しい。
勝負勘を頼りに勝利したレースも、サポーターに従っていれば、より確実に勝利できていた可能性が高いのだ。
「鶫は自分勝手ではあるが、その走りだけは本物じゃ。ワシはあの子がプロで輝く姿を見てみたい。黄金を越える才能じゃと知らしめたい。じゃが、あの子が輝く世界には、残念ながら他の者たちの席は無かろう」
「だからこそ、あえてチームから遠ざけると」
「可愛い子こそ、旅立ちが必要じゃろう?」
金橋の説明を聞き、影山も彼の目的を理解した。
金橋は即席のチームを組み上げることによって鶫にサポーターの大切さを、そして広い世界でのレースを学ばせようとしていたのだ。
鶫はまさに、怪物という言葉が似合うランナーだ。危険察知能力や勝負勘もさることながら、恐ろしいのは可変式の環境特化型機体を乗りこなすという点。
身体をギチギチに縮こまらせた体勢で、上位入賞できるランナーがどれほどいるか。ネコ科の肉食獣を模した機体を操り、上位入賞できるランナーがどれほどいるか。
一つだけでも難しい動きを両立させている。そのおかげで人型と獣型の機体を、レース中に使い分けることができる。これを怪物と呼ばずして何と呼ぶ。
「叢雲には、新加入ランナーの役割を考えるための拡張性を。雪屋には、戦術を徹底することの大切さを学ぶ時間を。そして高鍋には新たな道を歩くための交流を」
「そういうことじゃ」
走り慣れたメンバーと離れ離れになる。そうなれば当然、タイムは遅くなる。ともすれば、モチベーションの低下に繋がるかもしれない提案だ。
しかし、あえて不足を発生させることで、叢雲は本当に必要なピースを探す時間が生まれる。雪屋は無秩序なチームと粗雑な走りを見て、戦術を徹底することの必要性が学べる。高鍋は身内離れができないエースに、新たな交流の場を用意できる。
もしも自分たちだけが成長に失敗すれば、敵に塩を送るだけになる練習だ。
「分かりました。こちらのチーム改革も急務です。あらためて特別練習を支持します」
だが、影山は金橋の手を取った。
彼の脳裏を過ったのは、正解を求めて足掻く教え子たちの姿。彼女らの才能は本物だ。後は何かのキッカケさえあれば、大きく飛躍できる確信があった。
ならば憶する必要はない。この機会こそキッカケだ。自分だけでは見つけられなかった成長のピースだ。自分たちだけが正解を見逃すなんてことはありえない。苦難に挑まない選択こそが不正解なのだと。
「私もあらためて特別練習の支持を。今の代には、散々苦労をかけてしまいました。これで私の手から離れるのなら致し方なし。足りない頭を捻りながら、新しい形を模索します」
続けて群城も同意する。
現三年生には表彰台に立つ喜びを味わわせることもなく、ひたすら迷走に付き合わせてしまった負い目があった。あの日に霧華へ下した判断は、間違っていたとは思わない。だからこそ、今回の練習を通して正しい形を模索していきたいと考えていた。
その上で自分の始動が必要無いと思われれば、一線を退く覚悟だった。いつだって群城は、生徒のために勝利を求めていたのだから。
「決まりじゃな。ならばちと気は早いが、今の内にチーム作成をしておくのはどうかの? それぞれ磨き上げたい才能と、送り込みたい先があるはずじゃろう?」
「そうですね。それならウチの今宵を高鍋にお任せしても?」
「だったら影山コーチ、ウチの姫宮は非常に優秀でね。良ければ叢雲で鍛えてもらいたいんだ」
金橋の一言によって、小会議室はドラフト会場へと様変わりする。多くの議論を伴って結成した三チームは、特別練習の理由を含めて、三校に通達されるのだった。
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