近付いた終わりを見据えて

「実際のところよぉ。影センは何を考えてるんだと思う?」


「さぁ? どうなるにせよ、私は金橋先生の下で練習試合に参加したい。あの人は環境特化型機体製作の第一人者。兎羽とわやルチアの機体を整備する以上、意見を交わしておいて損は無い」


「自分の実力向上が第一かよ。現金なこって」


 一年生組が新たなモヤモヤを抱えて練習に励んでいた頃、みさおは授業を終えた直美に合流していた。


 一般的にリンドブルムレースの練習は、メカニックの事前点検が入ってから始まるものだ。しかし、一年生組がいち早く練習に入れることを考慮して、操は朝の段階で点検を終わらせていたのだ。


 練習後の点検整備と翌日の点検によって、練習中に不具合を起こす確率は限りなく低い。そして、不具合が発生しないのなら、メカニックの仕事は格段に減る。レースが終わるまで、手持無沙汰になるのが分かっているのだ。操が部室に向かわなかったのは、これが理由であった。


「もちろん。ランナーは時にアドリブが必要になる。七十点、酷い時には五十点の動きを選ぶ必要がある。だけどメカニックの仕事は百点が当たり前。もし直美が、九十点や八十点の整備で機体を回されたらどう思う?」


「そりゃ、雑な仕事だなぁとか、何かしら手を抜きやがったなって思うだろ」


「そう。そしてその考えは、搭乗者の一般的な思考。そこに一般機体と環境特化型の区別は無い。ケチが付く仕事をしても、ルチアはともかく兎羽は怒らないと思う。けど、そんなの関係ない。そんな雑な仕事をしたら、私は私を許せない。だから実力向上が第一」


「悪ぃ。適当こいて、プライドを汚した」


「気にしてない。直美の話術が四十点にも届かないのは、とっくの昔に知っている」


「赤点じゃねぇか! こんの、職人魂を見せつけたかと思えばおちょくりやがって! チームが別れた時は、覚悟しやがれ!」


「望むところ。整備不良の機体に乗せられて、お腹を空かせた雛鳥のように泣き喚くといい」


「整備不良前提かよ! それは私の走りが原因か? それとも他のメカニックが原因か?」


「違う。私の実力が飛び抜けているのが原因。つくづく自分の才能が怖い」


「大きく出たなぁ、おい!」


 直美がツッコミを入れるのかのように、操の頭をわしゃわしゃと撫でまわす。


「むぅ、上から頭を押さえつけるな。成長期に伸び悩んだら、訴えてやる」


「訴え、訴えねぇ……」


 成長期はとっくの昔に終わっているだろといったツッコミを身構えていた操だったが、直美の表情は何らかの感傷に浸りだしているように見えた。


「どした? 登校中の拾い食いが、今になってポンポンでビートを刻みだした?」


「その発言は後でしばく。まぁ、それは置いといてだ。いやよ、せっかくモチベーションが上がって来たってのに、もうすぐ終わりかって思ってな」


 今年行われるリンドブルムレースの大会は、夏季大会と冬季大会の二つが残されている。だが、冬季大会に参加できるのは二年生まで。つまり、夏季大会の成績がいかなものにせよ、ランナーとしての直美は夏でお終いなのだ。


「お前と知り合えたアイアンボクシング。バカみてぇに人生を棒に振った療養期間。そして、兎羽たちと駆け抜けた数カ月。最高には程遠いが、差し引きプラスで悪くない学生生活だった思うぜ」


「まるでゲームクリア前に、エンディングを視聴してしまったかのような達観。老け込むにしたって、もう少し人生を満喫してからを推奨するが?」


「その発言もしばく。ってか、茶化してんじゃねぇよ! 要するにだ! 一線の引き方だって、色々あるだろ。私はあいつの熱意に救われたってのに、ブロッサムカップでは情けない結果で終わっちまった」


 自分を救ってくれた兎羽のため、そして落ちぶれた自分に最後まで付いてきてくれた操のため。直美は本気でブロッサムカップ優勝を目指していたのだ。


 けれども、結果は予選敗退。長年勝負の世界に身を置いてきたのだ。ぽっと出の新人が表彰をさらえるほど、甘い世界ではないことは分かっていた。だが、それとこれとは話が別だ。直美は自分が現役の内に、兎羽を表彰台に連れて行ってやりたかったのだ。


「なる。夏季大会では表彰台のど真ん中に踏ん反り返りたいと」


「なんで私が中心なんだよ! ってか、ふてぶてしいにもほどがあるだろうが! いいから聞け! 私達のチームは今でこそ調子を崩してる。けど、スポーツに調子の波は付き物だ。大きな凹みを経験した奴ほど、乗り越えた際の成長はすさまじくなる」


「チームへの期待?」


「あぁ! 私達のスランプも、結果に出ちゃいないが結構深刻だ。影センが奇策を展開しなきゃならんほどにな。だからこそ、このチームは伸びる。ぽっと出で終わらない可能性を秘めている!」


「つまり?」


「勝つぞ。今回の練習試合で成長し、チームの連携を確実にし、今度こそ兎羽に恩返しをしてやるんだ。だから操、ワガママになるがもう少しだけ付いてきてくれ」


「……?」


 直美の導き出した結論に操はこてんと首を傾げる。


「いや、何で首を傾げるんだよ!? そこは嘘でも頷く場面だろ!」


 わたわたと目に見えて動揺する直美を他所に、操は彼女の言葉を反芻する。そうして分かりやすくなるほどとポーズを作った。


「分かった」


「あ、あぁ……やっとピンと来たか」


「直美が史上最大級のおバカってことが」


「何でだよ!」


 目の前の阿呆は、操の情熱に疑問を抱いていたのだ。自分との友情こそ信じているが、憑機ひょうき部への参加は義理によるものだと考えている。直美が大会を終えた瞬間に、操も退部するかもしれないと考えていたのだ。


「残念、本当におつむが残念……」


「本気のトーンで言ってんじゃねぇよ! ツッコミを入れづらくなるだろうが!」


 分かっていない。目の前の阿呆は操の気持ちを欠片も分かっていない。部室を明け渡した時点で諦めていたが、こうも他人の心境を察する力が弱いとは。


 夜見よみの爪の垢を煎じて飲ませれば、少しは人の気持ちに敏感になれるだろうか。いいや、無理だろう。そんな殊勝な奴は、そもそも分からなかった時点で人に聞く。勝手に自己完結して、勝手に動き出すからこそ阿保なのだ。


「心配しなくても、私の卒業まで兎羽たちの面倒は見る」


「そ、そうか……! ん? そこまで話したか?」


「私も兎羽に救われた。そして私も夜見と一緒で、勝負から生まれる熱を愛している。可愛い後輩のためなら、お姉さんは何枚だって肌を脱ぎ捨てるつもり」


「……いや、その例えは単純にグロいだろ」


「お黙り。さっさと練習に参加する。どんな奇策を用いたって、地力が無ければ優勝なんて夢×2ゆめのまたゆめ


「いや、だって明らかに不機嫌になってやが、いや、何でもない」


 何もかもが正反対の二人だが、目指す先はいつだって一緒だった。


_______________

次回更新は12/24の予定です。

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