言葉足らずな世界一位

「そっか……放課後まで待ってみたけど、やっぱり夜見よみちゃんの方にも追加のメッセージは来てないんだ」


「うん、兎羽とわちゃんと一緒で昨日の夜に連絡が来ったきり。先生のことを疑うわけじゃないけど、もう少し説明が無いと分からないよ」


 衝撃のメッセージを受信した翌日。兎羽は影山から真偽を問い質すべく、朝一番に登校を果たした。そして、彼の登校を職員室前で待ちわびること数十分。出社した事務員によって、影山が有休を取っていることを聞かされたのだ。


 モヤモヤが晴れないまま一日を迎えた兎羽は、その後もメッセージを送信したり、他のメンバーに追加の連絡が来ていないかと校内を巡ったりもした。


 しかし、結果は全て空振り。直美の教室に飛び込んだ際には、元気いっぱいの子犬だと他の先輩方に可愛がられ、みさおの教室に飛び込んだ際には、彼女から無言の圧力で追い払われた。


 気が付けば時刻は夕暮れ手前。放課後まで時は進んでいたのだ。


「一応、今週中の練習メニューは事前に受け取っているけど……」


「無難、だよね。メンバーを分けて即席チームを作る理由は、これだけじゃ分からない」


 連携の難が目立ったためだろうか。週末までの練習メニューは、個人の技量アップに重きを置いているように感じる。しかし、だからといって、貴重な練習試合を即席チームで消費する理由にはならないはずだ。


「ちょっと、廊下のど真ん中で分かりやすく落ち込むのは止めなさい。湿気が溜まってカビでも生えたらどうするのよ」


「あっ、ルチアちゃん」


 兎羽と夜見が話し合っていると、そこに真新しい制服に身を包んだルチアが現れた。飛び級をしたことで、彼女は兎羽たちと同じ高校一年生扱いだ。クラスこそ違うが、授業が終わる時間にそれほど差は無い。


「その様子だと、影山コーチから追加の指示は届いていないようね」


「うん、ルチアちゃんにも?」


「えぇ。だけどプロ時代も言葉足らずで不和をバラ撒きまくったようだし、何かを目指して動き出してるだけマシと思った方がいいわよ」


「……それもそっか」


「……いや、どうして知ってるの?」


 ルチアの言葉にどこか納得したように頷く兎羽だが、夜見の方には全くの心当たりが無い。これがプロシーン大好き少女の兎羽から語られた逸話なら、夜見も納得できた。しかし、語ったのはルチア。彼女は家庭の事情もあって、早い段階でプロの試合を敬遠していたはずだ。


「チームがこんな現状だもの。パパに相談したのよ。そうしたら、鼻で笑って過去の話を聞かせてくれたの。あいつが動き出したんなら、これより悪化することはないって励ましの言葉も添えてね」


「あー、ロレンツォさん経由で」


 ルチアの父であるロレンツォ・ルナハートは、アメリカ代表になったこともある高名な元ランナーだ。世界大会で影山とぶつかり合うことも何度かあったという。


 実体験として影山の性根を知っているのだ。これほど説得力のある言葉もない。


「そうだね~。カメラの前で、メカニックの人に胸倉を掴まれたこともあったし」


「それはそれで、指導者としてどうなのよ」


「ま、まぁ! 影山先生がネグレクトを起こしたわけでも、気が触れちゃったわけでもないことが分かったんだし! それならそれで練習メニューをこなしながら、先生の説明を待とうよ!」


 あんまりいい話とは言えなかったが、影山がチームのために奔走しているのだと分かったのだ。ならば自分たちにできるのは、影山の準備に応えられるだけの実力を身に付けることだけ。


 微妙な空気になる前に会話を切り上げようとした夜見だが、そんな彼女の袖をルチアが掴んだ。


「練習熱心なのは感心だけど、今回の練習試合、覚悟しておいた方がいいわよ」


「覚悟……?」


 場違いな単語に夜見の足が止まる。


「人数不足とはいえ、叢雲を打ち負かした選手陣に私たちは組み込まれるのよ。気心が知れたメンバーは多くても三人。ランナーはバラバラに分けるでしょうから、あなたは未知のランナー二人をサポートすることになる」


「それは、分かっているけど」


 今でもルチアという新メンバーのサポートを練習しているのだ。その人数が二人になったところで、多少負担が増えるだけ。しかし、ルチアは首を横へ振った。


「分かってないわよ。私は追い込まれるのに慣れてる。兎羽も白い目で見られるのは日常茶飯事だったはず。でも夜見、あなたは悪意をぶつけられることに慣れてる? お前のせいだと面と向かって文句を付けられるのに耐えられる?」


「えっ、そ、それは……」


 慣れてるわけがない。必要以上に干渉せず、必要以上に干渉されず。それが夜見の生き方であり、処世術だったのだから。


「ちょっとルチアちゃん!」


「兎羽は黙ってて! 勝てるチームでレギュラーを張っているメンバーなのよ。負けず嫌いじゃないなんてありえない。きっと明確にチームの欠点が見つかれば、言葉にしないまでも犯人扱いされるのは間違い無いわ。あなたの想像以上に、この練習試合はあくどいわよ?」


「……!」


 夜見はルチアの意図にようやく気付いた。周りは実力者ばかり。庇ってくれる味方は少ない。そんな環境で、心が折れずにサポートをこなせるのかと聞いていたのだ。


「夜見が周囲と打ち解けることを得意としているのは知っているわ。だけど、どれだけ人の好さを見せつけたところで、実力不足に居場所はない。無能は徹底的に叩き潰される。それが勝負の世界。コーチが何を学ばせようとしているかは知らないけど、覚悟はしておきなさい」


 それだけ言うと、ルチアはさっさと部室へ向かっていってしまった。


_____________

次回更新は12/20の予定です。

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