意図して起こるチーム崩壊

「どうすれば、みんなが納得するチームになるんだろう……」


 自室で先日の練習データを見直しつつ、兎羽とわは一人、溜息を吐いた。


 叢雲むらくもの強みとは何か。


 それは兎羽を除いた選手の安定性。求められる要求に高水準で応えられる選手が三人もいることで、戦略を既定路線として組み込むことができる。そして、安定させるだけでは手に入らない勝負強さを、兎羽が得意コースで補える。


 ルチアの加入前であったのなら、兎羽は言い淀むこと無くこう答えていただろう。


 誰もが役割に徹することができて、誰の役割も欠かすことができない。だから叢雲は団結していた。だから叢雲は初参加の大会で善戦できたのだ。


「でも、ルチアちゃんには当てはまらない。ううん、ルチアちゃんは


 ならば今の叢雲はどうか。


 自分達はルチアというオールラウンダーな選手を手に入れた。器用貧乏では決してない。エースの走りが可能で、潰れ役の走りが可能で、リーダーの素質があり、第二のサポーターとして現地で方針転換ができる。


 操が優れたメカニックであるからこそ日の目は見てないが、機体の損傷率から稼働能力を算出するといった予測もきっと可能なのだろう。ならば損傷に合わせて、ルートを変更できる。プロ選手でも意見が食い違いがちな、サポーターとメカニックの橋渡し役になれる。


 これだけのことができるのだ。いいや、ルチアはチームのためにこれだけの仕事をこなしていたのだ。誰が彼女を器用貧乏と笑う。もしも笑う者がいれば、その人間は俄かか嫉妬に違いない。


 それほどまでにルチア・ルナハートは、最高の選手であったのだ。


「問題は、私達がルチアちゃんを使いこなせていないこと」


 特大戦力の加入なのだ。普通であれば、どんなことがあろうとチームの評価は上方修正されるはず。しかし、結果から見れば、チームの評価は変わらなかった。メンバーが揃った以上の意味を、付与できなかったのだ。


 理由は分かっている。自分達がルチアに何をさせればいいのかわからない。


 エースはすでに兎羽がいる。補助の役割には直美が、メカニックにはみさおが。唯一、明確に実力が劣っていると見られやすい夜見よみにしたって、経験さえ積めば一角のサポーターになれるはずだ。つまり、ルチアには身の置き場が存在しないのである。


 口論の後も、いくつかのシチュエーションを想定して練習は続いた。けれども、ルチアをエースに添えた戦術では、蚊帳の外となる兎羽の人数不足が響いた。エースを張れると言っても、ルチアの走りは他のランナーの協力があってこそだ。


 かといって兎羽の補助に入れるかと言えば、これも難しい。そもそも兎羽の走りは、誰かの補助を必要としない。補助に入ろうにも、彼女の走りに誰も付いていけないのだ。


 ならば求められるのは単純な走力だけになるが、それではランナー三人が別々のレースをしているだけ。これでは格下には通用するかもしれないが、格上には確実に潰される。独りよがりな走りでは、移籍した意味がまるで無い。


 以前のチームであれば、ルチアは全てをこなすだけだった。ルチアに采配が委ねられ、その選択が最善であったからだ。


 だが、叢雲は他のメンバーだけでも最善を導き出せる。時に間違うかもしれない、時により良いルートが見つかるかもしれない。けれどルチア抜きで誤りに気が付ける。彼女抜きで修正ができる。


 だからルチアには身の置き場が無い。サポーターのルート選択に、どこまで口を出していいのか分からない。チームの走りの中で、どこまで我を出していいか分からない。全てをこなせるからこそ、チームに馴染めていなかったのだ。


「練習試合ができるのは嬉しい。でも……」


 最悪な通し練習から数日後。影山がメンバー達に伝えたのは、週末を利用した練習試合の日程だった。


 相手はブロッサムカップでしのぎを削り合った高鍋電子工業と雪屋大付属。お互いに手の内をある程度知っている仲であり、自分達の成長を確かめるにはもってこいの相手でもある。


 ゆえに心は揺れる。自分達は本当に成長しているのかと。


 もしもブロッサムカップ以上の実力差が生まれていれば、表には出さずとも打ちひしがれるのは間違いない。夏季大会まで約二カ月。修正するにはあまりにも時間が足りない。


 加えて夏季大会には、世界大会に出場していたチームも参戦する。リンドブルムレースにはシード権など無い。つまり抽選の結果によっては、予選がいきなり決勝戦に早変わりする可能性もあるのだ。


「勝ちたいな」


 最初はチームレースに参加したいだけだった。それが叶った後は、大会に出場するだけで満たされていた。だけど今では負けたくないという気持ちが強くなって、みんなと勝利を分かち合いたいという気持ちが強くなって、しまいには夏季大会で優勝したいという思いすら生まれている。


 我ながら欲張りな心だと兎羽は思う。けれど、同時に納得もしている。多くのプロシーンを視聴してきた彼女からしても、叢雲学園は勝てるチームだと思うからだ。優勝争いに加われるポテンシャルを秘めているのだと思うのだ。


 だからこそ悩む。どうすれば自分達は勝てるのか。実力を十全に引き出せるのかと。


 ソロレースのタイムで、プロ入り確実と言われていた選手はたくさんいた。アマチュア時代の圧倒席な成績で、高年俸を片手にプロ入りした選手もたくさんいた。だけどそういった選手が実力を発揮しきれなかったシーンを、それ以上にたくさん見てきたのだ。


 チームとの不和、方針の違い、環境の変化、求められている役割への拒否反応。話題に上がらず、ひっそりと舞台から去った選手達のインタビューだ。その全てが叢雲に当てはまっていた。自分達もそうなるのではないかと感じた。


 怖い。期待を裏切るのが怖い。失望されるのが怖い。何よりチームメイトが悲しむ顔を見るのが怖かった。


「どうしよう……」


 気持ちが沈んだ時、兎羽はいつも自分が通常の機体に搭乗できていたらと考える。そうすればルチアにエースを任せることが出来たのに、走れないコースで迷惑をかけることも無かったのにと思ってしまう。


 たらればの話であると分かっている。そうなった時点で自分はおろか、メンバーは誰一人としてこの場にはいなかったと確信が持てる。間違っていない。自らの歩んだ道は、間違っていないのだ。


「贅沢な悩み。でも、心で思うくらいは許されてもいいよね」


 自分の心境がどうであれ、兎羽はすでに牽引する人間だ。弱音はチームに動揺を生み、弱気はチームから行動力を削ぐ。どれだけ悩もうとも、心の内に仕舞っておく。不遇の時代を長く過ごしてきたおかげで、兎羽は我慢強い少女に育っていた。


「弱気はダメダメ! 私達を信じて移籍してくれたルチアちゃんのためにも、一つでも解決策を導き出さなくちゃ!」


 わだかまりを吐き出す時間はお終いだ。結末が決まっていない以上、努力次第でどんなハッピーエンドも作り出すことができるのだ。気持ちを切り替えた兎羽は、己の頬をパンパンと叩く。


 あらためてルチアの運用方法を、考えようとしていた矢先だった。


「あれ、影山先生からのメッセージだ。どうしたんだろう?」


 今日も今日とて思い通りの練習とはならなかったが、練習時間にもミーティングにも影山は参加していた。気になることがあったのならそこで話せば良かっただろうし、突然の思い付きだとしても明日話せばいいだけだ。


 わざわざメッセージを送ってきた意味合いは何なのだろうと首を傾げながら、兎羽は文章を読み上げる。


「ええっと、練習試合の内容について?」


 書き出しに記されていたのは、すでに伝えられていた日程や持ち物についての内容だった。そうなれば、おのずと主題は練習試合についての内容だと予想が付く。


 腑に落ちないのは、わざわざメッセージとして送信してきた理由だ。こういった連絡文こそ、明日に回してしまっても良かった内容筆頭であろうに。兎羽は頭の疑問符を倍増させながら、続きを読み上げる。


「集合場所は愛知リンドブルムパークで変わらないよね。コースも公式戦と同じように抽選で決定だし……本当にどうして影山先生はメッセージなんか……特別練習?」


 続く内容も、多くは事前に知らされていたものばかり。斜め読みになりつつあった兎羽の視線が、聞き覚えの無い単語を視界に収めた。


「……今回の練習試合は、特別な選手配置を用いることに決定した。ランナー、メカニック、サポーター、コーチをそれぞれ均等に分け、できあがった三つのチームでレースを行うううぅぅぅっ!?」


 家中に兎羽の声が木霊した。


 影山からのメッセージは、伸び悩むチームをわざと空中分解させるという宣言だったのだから。


________________


次回更新は12/16の予定です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る