老獪で酔狂な鍛冶師

「これまで行っていたのは二人分のサポートだけ。そこにもう一人。しかも優秀な環境特化型がランナーが入る。棋将きしょうの負担と夏季大会までの残された時間……全てを教えるには時間が足りないか」


 メンバー全員で行う通し練習を数日後に控えた夜。安物の照明器具がもたらす中途半端な明るさの中、大転換を迫られるだろうチームの方針決定に影山は頭を悩ませていた。


 五月に行われたエキシビジョンマッチによって、叢雲むらくも学園は待望していた三人目のランナーを手に入れた。これによってチームはようやくフルメンバーとなり、部員不足にあえぐ日々からの脱却に成功したのだ。


 四月に行われたブロッサムカップでは、人数不足ながら最後までポイント争いに加われる立ち位置を維持できていた。あの場に三人目が間に合っていればと、今でも思わずにはいられない。


 だが、新入部員の加入が、必ずしもプラス要素のみを運んでくるわけでは無い。


 マイナス要素の一つとして、まずサポーターの負担が倍増する。叢雲学園のサポーターである棋将夜見よみは、リンドブルムレースの経験が数カ月しかない超が付く初心者だ。地頭の良さでメキメキと実力を付けてはいるが、やはり実戦経験不足からなるアドリブ能力には難があると言わざるを得ない。


 そこに通常のランナーとは挙動も戦術も異なる環境特化型が追加されてしまえば、夜見は間違いなく混乱するだろう。二機の環境特化型それぞれに適したルートを構築する。言葉にすれば単純であるが、それがどれほど難しいかを元プロサポーターの影山は良く分かっている。


 おまけに彼女は、不安を反復で払拭するタイプだ。練習で走ったコース以外にも、大会で使用されるあらゆるコースを想定してルートを組み上げることとなるだろう。


 今までの練習内容であったコースごとの戦術理解とメンバーに合わせたルート構築。ここにもう一機が追加され、大会が近付けば実力校のデータ分析も仕事として積み重なることとなる。明らかなオーバーワークと言えた。


「ルナハートと今宵こよいの相性、ここも懸念材料か」


 古参部員と新参部員の間に生じる軋轢も、マイナス要素の一つだ。特に古参だけで関係が完結していればいるほど、新参は部活内で立場を失くしていく。レギュラーがこの立場に押し込められたりしたら、チームとしては致命的だ。


 エキシビジョンマッチにおいて、みさおとルチアは激しく言い争う場面があった。移籍に文句を付けなかった時点で、お互いに一歩引いた形となるのだろう。しかし、影山は知っている。二人は引いただけであり、和解には辿り着いていないことを。


 無数の解決策が提示してあるにも関わらず、悲劇のヒロインを演じているルチアを操は気に入らなかった。チームの苦しみを知りもしないくせに、居丈高に意見する操をルチアは許せなかった。


 言葉にすれば幼稚なぶつかり合いだ。しかも、問題はすでに解決しているのだ。どちらかが頭を下げれば済む問題。けれど学生という若さが、二人の和解に壁を作っていた。


 謝るならそっちから。お互いがそう考えているのなら、歩み寄りは一生叶わない。近い将来避けられない問題として、チームに立ちはだかることは間違いなかった。


「……練習相手不足、こればかりはどうにもならん」


 新入部員加入のマイナス要素について考えていた影山だが、それ以上に大きな問題が目の前に立ちはだかっていたことを思い直す。


 ブロッサムカップで健闘を果たした叢雲学園であったが、メンバー不足の中で強行した大会参加は、思わぬ場所に歪みを作り出すこととなったのだ。


 それは、練習試合の受け手が現れないことである。


 たった二人のランナーで予選三位を勝ち取った。ここだけを切り取れば、多くの者が賞賛の声を上げるであろう。しかし、勝負の相手に相応しいかと言われれば、一様に否定が入るに違いない。


 公式試合に出場するチームは、その多くがフルメンバーで出場する。そして大会での入賞を考えるのなら、実戦に近い練習試合を組みたいと思うのが普通だ。


 そうすると、叢雲学園はどうであろうか。ランナーは足りていない上に、一機は環境特化型の機体。まともなレースをしてくれるのはたったの一機であり、得意コースは独走されて勝負にならない。練習相手としての魅力が、これっぽっちも存在しないのだ。


 ブロッサムカップ後からいくつかの練習試合を提案してみたが、結果はことごとそでにされて終わった。大規模練習試合の枠に希望を添えてみても、人数不足はお呼びでないとお祈りメールが返信される始末。


 ここで新メンバーが加入したからと再度提案したところで、人数合わせを入れただけと邪推されるのがオチだろう。下手に環境特化型と知られた日には、大規模練習試合の通知すら届かなくなる可能性すらあった。


「棋将の成長とチームの融和。この二つを解決するには、試合が一番なんだがな……」


 誰だって試合をするからには勝ちたいし、強敵の誕生なんて以ての外だ。このままでは理想のチームが、根腐れを起こしてしまう。


「ん?」


 どうにか現状からの脱却を図ろうとしていた影山の耳に、聞き慣れた通知音が響き渡った。目を向ければ、通話希望の文字と相手の名前が表示されているのが分かる。


「なぜ?」


 見慣れた光景でありながら、影山は驚きに思わず声を漏らした。


 プロ時代に、何かの付き合いとして連絡先を交換したきりだった相手。お互いに実力を認めつつも、最近まで名前すら忘れていた相手。


「もしもし」


「久しぶりだなぁ、覗き見坊主。今から少し、大丈夫かの?」


「えぇ。大丈夫です。それにしても、お久しぶりです。


 影山へ連絡してきたのは高鍋たかなべ電子工業のコーチ、金橋たがねであったのだ。


「そうだなぁ。では、子供らが競い合うのを見たきりじゃったな。あそこまでメディアと協会を敵に回しておいて。てっきり静かな余生を過ごすもんだとばかり思っておったが、に惹かれるさがは相変わらずじゃの」


「そうおっしゃる金橋さんも、残されたのは大往生だけだとばかり。は、ブリキの心臓に炎をべてくれましたか?」


「カカッ! 目ん玉と舌先に含まれた猛毒に、陰りは無さそうじゃの。だが、変わらんというのは欠点にもなる。そんな調子じゃお前さん、高校憑機ひょうき界隈からすらそっぽを向かれておらんかの?」


「……」


「図星か」


「錆びついた機体からセンサー類すら根こそぎ奪い去るのが、趣味とは知りませんでした」


「ガハハッ! だからそう毒を吐くな。そんなこったろうと思ってのう。今日はお前さんに、練習試合の依頼を出そうと思っての」


「……冗談か何かで?」


 片や対戦したチームの全てが口を揃えて上げる地雷チーム。片やプロ入り間違いなしと称されたメンバーが所属する、今をときめく正統派チーム。


 これが影山から金橋への提案であったのならば頷けた。練習相手に喘いで、ついにはプロ時代の縁すら頼ったのだろうと。だが、提案してきたのは金橋の方。目的も何も分かったものでは無い。


「驚くのはまだ早いぞ。さらにこの練習試合は、群城ぐんじょうの嬢ちゃんから事前に参加申請を受け取っておる。まごう事無き上位校からの申請じゃ。頷くより無いと思うが?」


「いったい、どうやって……」


 影山に落ち着く隙を与えず、続けて金橋は群城の参加申請、つまり雪屋ゆきや大付属高校の練習試合への参加を表明してきたのだ。もはや毒饅頭にしたって食いつかずにはいられない、あまりに魅惑的な餌だった。


「理由なんて必要なかろ。お前さんに求められているのは、はいかいいえ。参加を表明するか否かよ」


「それは……」


 影山は咄嗟に答えられなかった。しかし、そんな彼の反応も承知の上であったのか。金橋は言葉を続けた。


「新しく手懐けた。腐らせる前に、膿は取り出すべきだと思うが?」


「どうしてそれを」


「ワシが業界で何年過ごしたと思っておる。お前さんと違って、茶飲み友達には恵まれておってな」


「老獪さは健在の様で」


「悔しければ電子データに目を光らせるだけでなく、人の営みにも興味を持つことじゃな。あそこまで先陣を切るはねっ返りじゃ。どれだけ殊勝に振舞おうと、必ずどこかでボロが出る。もう一度言うぞ。お前さんのチーム、腐らせたくなければワシを頼れ」


「金橋さ_」


 そこまで言うと、影山の言葉を待たずに通話は終わってしまった。


「切りやがった。いや、いずれ俺が折れると確信してか」


 練習試合の相手はおらず、手元に抱えた爆弾はいつ起爆するか分からない。通話をかけてきたのも、影山の思想がプロ時代と変わりないかの確認の意味合いもあったのだろう。


「……俺が頭を上下させるだけで問題が片付くなら、安いと考えるべきか」


 意味もなく通話履歴を引っ張り出し、今しがたに応酬を繰り広げた相手の名前を表示する。


 悩むこと数日。発生したチーム内の問題によって、影山は練習試合の参加を表明した。


___________________

次回更新は12/12の予定です。

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