共鳴からはほど遠く

「通し練習後の早々で悪いが、今回のミーティングの主題は反省会だ。意見の洗練さは問わない。各々が思ったことを思ったままに言ってくれればいい」


 望み通りには程遠いレースを終えた叢雲むらくも学園憑機ひょうき部の面々。そんな彼女達を待っていたのは、反省会への片道切符であった。


 主催した影山には、兎羽とわ達を非難しようとする意思は感じられない。そもそも彼はミーティングを欠かさないコーチだ。練習の良し悪しに関わらず選手に少しでも変化があれば、言葉やデータとして残そうとする。


 自身がコミュニケーション能力に難を抱えている自覚もあるのだろう。感情の機微で調子を測れないからこそ、失敗を失敗のままで放っておかない。しっかりと反省点を洗い出し、ミスを繰り返さないようにする。


 裏を返せば、叢雲学園待望のフルメンバーで走った今回のレースは、即座の反省会が必要なほどに酷かったとも言えた。


「まずは私から話すのが妥当でしょうね。今回の失敗は、出しゃばりすぎた私に原因があるもの」


 どこか言いにくそうな態度のまま口を開いたのは、このたび叢雲学園憑機部所属となったルチアだった。残った面々が揃って目線を下に向けたことから分かるように、彼女の背はこれまで一番身長が低かった操よりもなお低い。


 もはや制服に着られているといった表現が正しい幼げな容姿の理由は、ルチアの年齢にある。彼女の年齢は14歳。本当ならミドルスクールの卒業すら終えていない年齢だ。


 されどルチアは己の努力によって、アメリカにおけるハイスクールと同義な叢雲学園への飛び級を許された。リンドブルムレースにおいても遺憾なく発揮されていた優秀さは、新たなチームに行っても変わらないと思われていた。


「そうだな。結果論とは言え、夜見よみの提示したルートが正解だったんだ。仮に落石が発生しないで走り切れたとしても、二つのルートにおける時間は大して変わらなかったはずだろ?」


「ん。相当甘く見積もって一分。推測が正しければ20秒」


「だろ? レースなんだから、早けりゃ早いほどいいのは当然だ。だけどタイムを縮める道ってのは、その多くが茨で舗装されてるもんだ。あの時、どうしてルート変更が気に食わなかったんだ?」


 ルチアの発言に反応したのは、この部活唯一の三年生である直美だった。面倒見の良い彼女のことだ。ルチアが話しやすいように話題を広げてくれたのだろう。


 そんな気遣いを受けてか、居心地悪そうに口をもごもごと動かしていたルチアは再度口を開く。


「……切羽詰まったせいよ」


「切羽詰まった? あのレース内容のどこで?」


 先ほどまで走っていたレースは、叢雲学園のランナー以外は存在しなかった。コースにおける自己ベストを目指すとしたって、個人練習の方がずっと分かりやすいはず。まさか兎羽と一位の座を巡って争っていたなど、ルチアの性格からしてあり得まい。


 ならば、何の切羽が詰まっていたという話になる。首を傾げる直美を他所に、ハッとした表情を浮かべた少女がいた。


「もしかしてルチアちゃんは、得点でビハインドを背負った場面を想像して走っていたの?」


 そう疑問を投げかけたのは、サポーターである夜見だった。


 数カ月前にサポーターを始めたばかりでありながら、優秀な頭脳と優れた師のおかげで最低限の仕事は果たせるようになっていた。加えて彼女は、空気を読むのがとにかく上手い。


 敵を作らない生き方を続けていた彼女は、言い換えれば心の機微にとにかく敏感となった。師である影山と正反対の対人能力を持っているのは偶然か必然か。いずれにせよ、この場面においても夜見の考えはまっすぐ的を射ていた。


「えぇ。言い訳はしないわ。いつだって最悪を想定する。私が所属していたチームは、それくらい余裕が無かったんだもの」


 自嘲と懐古を半々ずつ含んだ独白は、この場の全員を納得させるだけのものだった。


 ルチアが以前所属していたロサンゼルスヘイローズは、とにかく彼女の働きが全てを左右するチームだった。


 ルチア以外のメンバーにも地力はあった。けれどもそれ以上に欠点が突き抜けていた。そのせいで優勝争いに加われる実力を有しながらも、いつも後塵を踏んでいた。


 自分が勝たなければいけないという重圧。それすら撥ね退けてしまう実力。今まで噛み合っていた絶対勝利の渇望という歯車は、チームを移ったことで相容れぬ歯車として表面化してしまったのだ。


「プラス、ルチアが夜見を信じ切れてないって面もある。まぁ、これは仕方ない。長年チームを兼任していたリーダーと、ぽっと出の上にぎこちなさが目立つ新人。意見が分かれれば、自分の経験を優先したくもなる」


「ちょっと! みさお先輩!」


 影山がどんな意見も歓迎だと言ったためだろう。棘を隠しきれていない意見を操が放ち、そんな彼女へ兎羽が割って入る。


 操がルチアに対して強く当たったのは、新人の分際でやり方にケチを付けたから。兎羽が擁護したのは、反省だけでは直せない失敗に強く共感を抱いていたから。


「ちょ、ちょっと今宵こよい先輩も兎羽ちゃんも! そもそもルチアちゃんが意見したのは、私が優柔不断だったせいもあって!」


「違うわよ夜見! 操の言ってることが正しいわ。私には抑えきれない自負があって、おまけに心のどこかで夜見を舐めていた。だから、一番に反省しなきゃいけないのは私なの!」


「夜見にいつも以上のぎこちなさがあったのは分かる。だけど、それは三人分のサポートが初めてだったのが理由だろ? それに優柔不断って言ってるけどよ、真っ先に警告を飛ばしてくれた判断は完璧だったぞ。あんまり自分を卑下すんなよ」


「そうだよ! 夜見ちゃんは私の意見を真っ先に取り入れてくれて……で、でも! だからってルチアちゃんが全面的に悪いって言いたいわけでも無くて!」


「お遊びなら犯人探しなんてやらない。だけど、私達が参加しているのは競技。目指しているのは全国優勝。目標が高いからこそ、シビアな批評が必要になる。チームの空気も分かっていない一発目で、反対意見をぶっ放したルチアが悪い。QED」


「だから操先輩! そんな言い方はあんまりですよ!」


 全員が全員、勝利を目指していた。その上で、目指す勝利のビジョンに若干の差異が生まれていた。


 彼女達のズレはボタンを一つ掛け違えたくらいの小さなもの。しかし、これまでのチームに軋轢が生じなかったからこそ、そのズレは事実以上に喧騒を巻き起こしてしまった。


 優秀なルチアのことだ。今回の件を反省し、夜見の意見を尊重することになるだろう。空気の読める夜見のことだ。ぎこちなさを感じさせないほどの練習によって、ランナーに不安を感じさせないサポートを心がけることになるだろう。


 他の三人だってそうだ。このチームはいくつもの偶然が重なって誕生し、信じられない奇跡のバランスで、強豪校顔負けのポテンシャルを発揮できていることを知っている。


 ルチアの加入に反対の者などいないのだ。それどころか彼女が消えてしまえば、遥か遠くで輝く勝利の光を、再び見失うことになると分かっているのだ。


 今は議論が過熱しているおかげで、様々な意見が飛び交っている。しかし、これが一度鎮静化してしまえば、誰もが心のわだかまりを溜めこむようになってしまう。


 それではダメだ。それでは強豪校への道に踏み出す資格は無い。


 隠し切らずにぶつけなければいけないのだ。喧嘩寸前まで白熱しながらも、お互いへのリスペクトによって矛を収め、納得の落し所を探し合えなければいけないのだ。


 わだかまりとはそれぞれの勝利への渇望である。渇望とは勝利を得るための推進力である。意見をぶつけ合えないチームに未来は無い。かといって、罵り合うだけのリスペクトを失った言い争いに価値など無い。


 ルチアという最後のピースを手に入れた今だからこそ、叢雲学園はさらなる成長の一歩を踏み出さなければいけないのだ。


 (香月かがちは言い争いに慣れていない。闇堂あんどうは意見こそ鋭いが日和見ひよりみに落ち着いてしまう。棋将きしょうは自分の実力に自信が無い。今宵は一度言い出せば必ず相手を捻じ伏せようとする。そしてルナハートは、新天地における立ち位置確保に苦心している)


 影山は集積されたデータと長年の経験によって、この空気がチームの明暗を分ける分岐路であることは分かっていた。だが、頭では分かっていながらも、解決の糸口がこの場には用意されていないことも理解していた。


 奇跡の上に成り立っていたバランスが、音を立てて崩れだそうとしている。こういった時にこそチームを導くコーチの一声が求められるだろうが、あいにく影山には不可能な役柄なのだ。


 あらゆるコミュニケーションに失敗し、あげくにひっそりと界隈から締め出された影山では、火に油を注ぐだけであると分かっていたのだ。


「……突飛な申し出だと思っていたが」


 いまだ収まる気配を見せない言い争いを背後に、影山は音も立てずに部屋の外へ出た。


 取り出したのは自身の通信端末。最新の通話履歴には、尊敬はありつつも関わりの無かった、とある人物の名前が表示されていた。


_______________________

次回更新は12/8の予定です。

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