交差した巴は再び見えて
増えた足跡と揃わぬ歩み
数メートル先も見通せないほどの大雨が降りしきる登山道。覚束ない視界が原因による足場の踏み外し、豪雨によるスリップ、目標ルートからの逸脱。ありとあらゆる危険が張り巡らされたその道を、三機のリンドブルムが駆け抜けていく。
先頭を走るのは、頭に円筒をぶら下げた白色のリンドブルムだ。
お世辞にも綺麗とは言えない極端な前傾姿勢、スピードスケート選手のような横っ飛びを繰り返す奇妙な走法。まるでリンドブルム初心者のような挙動の機体であるが、そのスピードは三機の中では圧倒的だ。
リードは大差。白のリンドブルムにトラブルがなくば、覆すのは不可能に等しいほどだ。にもかかわらず、先頭を走るリンドブルムには減速が見られない。天候にもルートにも一切臆した様子はなく、ただただベストタイムを求めてゴールを目指す。
チームゲームの観点から見れば、落第間違いなしの独りよがりなゲームメイク。だというのに、控えているだろうサポーターからも、共に走っているだろうランナーからも制止の声はかからない。
稼いだ信頼と実績によるものだろう。このレースは彼女一人のためのレースであり、まばゆいスポットライトを一心に浴びる大舞台であったのだ。
白のリンドブルムが主演であるのならば、残る二機は引き立て役のガヤに過ぎないのだろうか。いいや、その認識は間違っている。
トップを独走する彼女から数十メートル後ろ。そこには白のリンドブルムには及ばないにしろ、劣るとも言い切れない走りのリンドブルムの姿があったのだから。
機体の塗装は金色。上背は搭乗者を学生と想定しても、なお低い。けれども、どこか幼さを感じさせる小柄な機体に似合わないほどの走破技術が、金色のリンドブルムには秘められていた。
前方の白いリンドブルムを型破りと称するのであれば、金色のリンドブルムは手本とすべき走りと言えた。基本に忠実でありながら、リスクの低い場所で攻めの走りを実行出来る。どちらか一つを再現できる選手は多くいるだろう。しかし、両方をバランス良く選択できる選手がどれほどいるか。
私ならと欲に駆られない。だからといって、難しいルートに臆さない。この両立が可能であるからこそ、型破りのリンドブルムに追いすがっていけるのだ。
豪雨と不安定な足場の中でも、彼女なら道を踏み外さないという安心感。エースの後ろを守る随伴機と考えれば、これほどまでにふさわしいと言える機体も少ないだろう。
そして、二機の遥か後方にありながらも懸命に前へ進むのは、金色のリンドブルムの数倍はあろうかと思われる巨大なリンドブルムだった。
機体の塗装は赤。背が高いだけなら高身長の選手が搭乗していると考えるだけだろう。横幅が大きいのであれば、安定性を重視した機体なのだと考えるだけだろう。けれどもその両方が合わされば、もはや巨大としか形容できなくなる。
リンドブルムはレース機である関係上、スレンダーな軽量機体が好まれる傾向にある。だがしかし、ここまで傾向の逆張りをすれば、おのずと別の役割も生まれるというもの。
ルートを占有する巨体は、一度リードを許せば易々と追い抜かせない壁として機能するだろう。ガチガチの装甲は外的要因による走行不能リスクを極限まで減らし、機体同士がぶつかり合う小競り合いでも無類の強さを発揮するに違いない。
ここまで安定性にリソースを吐いたのであれば、登山道で遅れを取るのも仕方ないことだ。そして、目に見えて他の二機と差が生まれているにも関わず、その走りには全くの焦りが見られない。
この場における自分の仕事は、どれだけ遅れようとも損傷なくゴールすることだとわきまえているに違いない。チームゲームを当たり前にこなすプロならともかく、学生で役割に徹していられる人材は貴重だ。
エースと二番手にトップ争いを任せ、彼女らが苦手とするコースでポイントを稼ぐ。増長しがちな学生とは思えない自己犠牲の精神。重装甲のリンドブルムを難なく操縦する技術も含めて、得難い人材であることが伺えた。
白のリンドブルムことムーンワルツに搭乗する香月兎羽。金のリンドブルムことウォッチドッグに搭乗するルチア・ルナハート。赤のリンドブルムことテンカウントに搭乗する闇堂直美。
叢雲学園憑機部に所属する三人のランナーは、今まさにチームの連携を高めあうための練習の真っ最中であったのだ。
「兎羽ちゃんはそのままで大丈夫。ルチアちゃんは経路をBに移した方がいいと思う。闇堂先輩は正規ルートから左に逸れ出しています。気持ち右へ進むことを意識して、走行を続けてください」
リンドブルムを操る三人に対して指示を出すのは、サポーターの棋将夜見だ。その表情に余裕は感じられず、ふとした拍子に下唇を噛んでいる瞬間が何度もあった。
夜見の立場をよく知らない人間であれば、大丈夫かと声の一つでもかけていただろう。しかし、彼女のこの姿は連日の練習内で繰り返されていたものであり、その原因もハッキリしていたのだ。
「兎羽がルート変更なしで進めたのに? 崩れ方を見ても、大きな落石は考えられない。本当に経路Bに移る必要があるの?」
「えっ、あっと、それは……」
「すまん、夜見。視界が悪すぎて、すっ転ばねぇように進むのでせいいっぱいなんだ。もうちょっと目を凝らせばマシになるけど、どこで強制解除がかかるか分からねぇだろ? できるだけ付きっ切りのルート指示を貰えねぇか」
「えぇっ! あぁ、でも、それはごもっともで_」
「夜見ちゃんゴメン! ついさっき足場にした岩が、そのまま落石に変わるかもしれない! 急いで下に報告して!」
「嘘ッ!? 分かった、今すぐに連絡を_」
「ちょっと夜見、聞いてるの? 本当に経路をBに変更する必要が_」
「落石ーッ!」
あたふたと三機のサポートを行っていた夜見だったが、その警告だけは有無を言わせぬ必要があるとよく理解していたようだ。どうにか後方の二機を安全ルートに移動させ、数分後にはゴールへ辿り着かせることにも成功する。
「……問題は山積みか」
けれどもそのゴールは夜見の後方でモニターを監視していた影山からすれば、あまりにも危なっかしかった。ルチアの加入によってフルメンバーで大会出場が可能となった叢雲学園。しかし、チームを一丸とするにはまだまだ時間が足りていなかった。
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本日から第三章の更新を開始したいと思います。次回更新は12/4の予定です。
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