既視感のあるエース
「あー……これって、そういうことだよなぁ……」
コースのフレーバーとして考えれば、このルートはこれから開拓されていく通路なのだろう。
これから開拓される。つまり、今は道が無い。直美は自身のルートミスを悟った。
「あった! ありましたよ、兎羽ちゃん! 操先輩!」
「あっち方は楽しそうで何より、こっち方は一ミリも楽しくない逆走の始まりだ」
この三レースを通して、直美には潰れ役が求められていた。求められているのがゴールだけなのだから、当然サポーターの助力も最低限になる。今回の最終レースは激戦必須。
そのため直美の方でも潰れ役の自分は気にせず、二人の走りを全面的にサポートするよう最初から
けれども、レース展開も分からず、半迷子状態で洞窟内を走り続けていれば色々な意味で参ってしまう。そうならないためにあらかじめ、夜見側のマイクだけは自分にも繋げておくよう頼んでおいたのだ。
「再度勢いを付けるため、直進を三十メートル。そこからは前方に見えてくる三叉路を右へ、螺旋型の通路を右回りで上がっていき、直進を五十メートル!」
「……ルートを引っ張り出した夜見もすげぇけど、兎羽はこれを瞬時に理解して爆速で走り抜けるんだろ? それに、今は操の奴も後ろから兎羽をサポートしてる。どいつもこいつも凡人の私から見れば、優秀すぎるっての」
詳細は知らない。だが、ムーンワルツ達が何かしらのトラブルに見舞われ、大幅なルート変更を迫られたのだという事はうっすらと理解出来ている。
普通そんな事態に陥れば、サポート歴数か月の夜見などキャパオーバーでパンクして当然だ。だというのに彼女は兎羽達の要望にしっかりと応え、理想のルートを導き出した。いくら影山の補助と普段からの指導があるとしたって、すさまじい事務処理能力と言える。
もちろんルート変更で一番大変なのは、頭に入っていないルートを走らなければいけないランナーだ。ランナーの多くは、ルート変更がされた時点で走行スピードを大きく落とす。知らない道で下手な事故を防ぐ事と、ルートミスという致命傷を防ぐためだ。
しかし、夜見の言葉が正しければ、彼女は兎羽へ加速するための準備距離を用意した。まるで兎羽ならそれを望むだろうとでも言うように。
実際兎羽はそれを望むはずだ。地頭はそれほどでもない兎羽だが、長年の経験によって距離を測る能力はずば抜けている。言われた事をその通りに実行する。ピーキーな機体性能に隠れがちだが、彼女のランナーとしての能力は非常に高いのだ。
そして、数々のイレギュラーによって、このレースに参加している操。彼女が凄くないと語る者がいれば、知識不足か才能への嫉妬であるとすぐさま看破されるだろう。
それほどまでに実際の肉体とリンドブルムの操縦は、感覚の乖離が激しいのだ。例え腕だけに操縦を限定しても、付け焼刃で勝ち負けを望める立ち位置までは届かないのだ。
だというのに操は涼しい顔でやってのけ、最終レースに至っては重役すら担っている。頼まれればランナーを兼務出来る胆力。レース直後という最も精神的疲労が舞い込むタイミングで、完璧な修繕をやってのける能力。あの小さな体躯には収まりきらない程の才能を、彼女は有しているのだ。
「これに、ルチアが合流すりゃあ……」
自分達は間違い無く、上位チームに匹敵する。
連携力で上を行かれた雪屋も、特化型の扱いとしては兎羽すら上回っていた高鍋も追い抜ける。予選を通過した二チーム相手に勝機を見出せたのだ。まだ見ぬ世界大会出場校に対しても、勝負が成り立つだろうという確信がある。
「だからこそ、私が最後の仕上げでトチるわけにはいかねぇんだ。それに、親近感が湧く相手でもあるしな。人ってのは身体がぶっ壊れるまでは、その先に意味があるように思える。望んだ世界が広がっているように見える。けどな、そんな世界はどこにもねぇ。無茶の先にあるのは、真っ暗闇と何もかもを失くした真っ白な自分だけだ」
直美にとって、ルチアとは過去の自分だ。無限の努力は無限の成果として返ってくると信じていた頃の自分だ。行き過ぎた努力がもたらすのは成果ではない。何もかもを奪い去る虚空だ。大好きだった物事に二度と向き合えなくなる絶望だ。
自分達が攻略しなければ、きっとルチアは努力を続けるだろう。そしていつかは致命的な故障を起こし、親友なのだろうメンバー達に庇われながら、空っぽの毎日を生きる事になるだろう。
自身も周囲も誰一人救われない、穏やかな地獄の完成だ。
「兎羽と出会った事、そしてルチアと出会った事は運命だったのかもな」
眼精疲労の症状は、緩和こそしたが完治は無い。リンドブルムレースこそ小康状態でプレイ出来ているが、アイアンボクシングへの復帰など夢のまた夢だ。
救いを救いへと繋げていく。チームとの決別を求める説得では無く、第二の自分を生まないための人助け。そう思えば、夜見に頼まれた説得も前向きに考えられる。
「……まぁなんにせよ、全てはバリアフリーの真逆を行く坑道を攻略してからだな」
相手が望もうと望まなかろうと、日常は崩壊するし、ふとした拍子に救われるのだ。兎羽のように自身のエゴを押し付ける。それを行う準備が直美には出来ていた。
一人の分からず屋を救うため、散々機体を擦らせながらも、直美は坑道を進むのだった。
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