特化型×特化型=無限の可能性

「それじゃあみさお先輩、大船に乗ったつもりでちょっとだけ待っていてくださいね!」


「うむ。よきにはからえ」


 ロサンゼルスヘイローズの面々が岩壁へと取りすがる中、ムーンワルツと彼女に背負われたメガテリウムは、平地用の跳躍走法で横穴の一つを目指していた。


 テンカウントの姿はもうない。スタートコールと同時に、ムーンワルツ達とは別の横穴へ進んだためだ。テンカウントの進むルートは、今後ゴールまでムーンワルツ達と交わる事が無い。そうなるように、夜見よみと影山の両名が事前にルート選択を行ったためだ。


 いざとなれば補助を行えるテンカウントを遠ざけた理由は、これからムーンワルツ達が行う走りは岩盤への影響が凄まじいため。運命のサイコロが大凶を示せば、そのまま二機揃って生き埋めになる無茶苦茶な走りをするため。


 ルチアが無理をしたように、叢雲むらくもも無理を選択したのだ。そうでなければカウンターコースを制する道理など無いのだから。彼女と叢雲に違いがあるとすれば、それはチーム単位で作戦が共有されているかどうか。


 土壇場のアドリブだけでなく、勝利のための道筋が立てられているかどうかである。


「そろそろ始まりますよー! 準備は出来ましたかー!」


 緩慢な跳躍によって、二機はようやく横穴へと辿り着く。先に見えるのは緩やかな傾斜が続く細い道。テンカウント一機と通常サイズのリンドブルムがギリギリすれ違えるかどうかといった道だ。


「いつものレースをいつも通りにするといい。骨は拾っちゃる」


「やだなぁ操先輩。リンドブルムに骨はありません、よ!」


 傾斜へ一歩足を踏み入れた途端、先ほどまでの鈍行が嘘であったかのような急加速が操を襲った。横を見れば周りの風景が次から次へと入れ替わり、映像というよりは線の集合体であるかのように錯覚してしまう。


 だが、そもそもムーンワルツは跳躍という走法上、このルート取りそのものが難しかったはずだ。跳躍の度に天井へ頭をぶつけ、止まらない加速によって細道へ激突大破してしまうはずだ。


 なのに彼女は悠々とルートを進み、操縦者の兎羽とわには余裕すら感じられる。これは一体どういうことなのか。


 (これで減速してるんだから驚き。無料ジェットコースター巡りけ?)


 ムーンワルツが横穴ルートを進める理由、それは後ろに背負ったメガテリウムのおかげだった。


 一本の腕はムーンワルツにドッキングさせたままだが、もう一本は着地の度に地面へと押し当てている。そんなことをすれば、当然起こるのは地面との摩擦。ガリガリと不快な音を響かせながら、地面に鮮やかな火花を散りばめている。


 このメガテリウムの行動によって起こるのは、ムーンワルツの減速と跳躍距離の減衰だ。普段より跳躍が抑えられたおかげで、ムーンワルツは横道を走って進む事が出来る。普段より減速してるおかげで、加速による事故も無い。


 今のメガテリウムは、二レース目のような背負われるだけのお荷物ではない。ムーンワルツを制御する、外付けのブレーキ機構なのだ。


「兎羽ちゃん! 約十秒後に右の急カーブ!」


「りょうかい!」


「三秒後から右に


「分かりました!」


 現段階の最高速を維持しながら、ムーンワルツは迫る急カーブへと突入する。普段のムーンワルツであれば曲がり切れずに大破しているカーブであるが、今の彼女にはメガテリウムがいる。


「ん」


「ありがとう……ございます!」


 カーブギリギリに差し掛かり、メガテリウムの爪が床から右手の壁へと移動した。瞬間、爪を支柱としてムーンワルツの身体が無理矢理右手へと曲げられる。


 まるで車のドリフトのようなカーブ走行。だが、成功したのであれば、今の兎羽達にとって何の物言いも無い。特化型を二つ有するチームにとって、通常ならばという表現は何の当てにもならないのだ。


 メガテリウムと呼ばれるリンドブルムは、上半身に機能を集中させた機体だ。下半身の機能はギリギリまで削り、腕部はメカニックの腕を活かせるよう工具染みた爪を接続。そんな鋭い爪は、今回のレースでも存分に機能を発揮してくれていた。


今宵こよい先輩、損耗はどれほどですか!」


「左が一割以下、右がちとミスって二割、五分? 接触を最小限にしても、やっぱり二機分の負担は馬鹿にならない」


 しかし、いかに頑丈な機構であろうとも、乱暴に扱えば損耗する。地面を削りながらのブレーキに用いては、加速度的に損傷していく。


 この作戦そのものも、操の本職がメカニックだからこそ実行出来たのだ。そうでなければ損耗など気にせずブレーキに乱用し、あっという間に爪なぞげてしまう。


 そんな操であっても、本番の緊張と少ない練習時間のためか、予想以上に爪を損耗させてしまっていた。このままでは、ゴール前に機体が損傷してしまう。


 そうなればブレーキの無くなったムーンワルツは大減速を余儀なくされ、もしも両爪が折れてしまえば、メガテリウムは問答無用でリタイアとなる。


「第一ルートは捨て」


「分かりました。兎羽ちゃん、次のルートを右折じゃなくて左折して!」


「分かった!」


 メガテリウムの損耗率が、こたびのレースにおいては一番の重要事項だ。レース慣れしていない操を作戦の中心に置く以上、イレギュラーは星の数ほど考えられる。


 そのため叢雲のコーチであり、元世界一のサポーターでもある影山はあらかじめ複数のルートを想定してくれていた。夜見は操の言葉に従って、最短ルートから次に早いルートへと頭を切り替える。


 兎羽の目の前に迫るのは、典型的な二方向分かれ道。迷うことなく左折を選択肢、地面と壁にそれぞれの接触痕を残していく。


「前方に見えた壁の穴を飛び出して! そこから右斜め下の横穴に着地!」


「うん!」


「目一杯加速。着地先さえ間違えなければ、ブレーキはかける」


「はい!」


 ノンブレーキによって一気に加速したムーンワルツが、そのまま横穴を飛び出して宙を舞う。


 そして眺める前方には、登攀で縦穴を進む一機のリンドブルムの姿。事前に夜見から先行しているのは一機だけと聞いている。


 間違い無いウォッチドッグだ。


「兎羽、着地」


「あっ! あわわあわ!?」


 見とれたのは数瞬。されど加速した勢いのままに宙へ飛び出した身体は、弾丸となって目の前の黒穴へ吸い込まれようとしてる。予定では回転することで勢いを殺すつもりだったが仕方ない。むしろ、回転しなかったからこそ取れる選択がある。


「落ち着け、このまま着地」


「は、はいっ!」


 足を斜面へと滑り込ませ、少しでも勢いを殺そうともがく。しかし、予定とは違う動きをしたのだ。機体はそれなりのスピードを維持したまま、壁に激突しようとする。


 けれども、ここでメガテリウムを背負っていた事がまたも活きた。着地と共に、メガテリウムは被害の少ない左爪を地面へ突き刺した。続いて、先ほどとは比べ物にならないほどの衝撃が爪を通して操にも届く。


 まるで削岩機を支えているかの衝撃が数秒続いた後、ムーンワルツはコツンと小さな衝突音を残して何とか停止するに至った。


 (……予定外。左爪に損傷どころか。出来ることなら、もう使いたくない)


 しかし、イレギュラーの代償は大きかった。二機分の衝撃を支えた左爪には、中心部に亀裂が走ってしまっている。メカニックである操で無くとも分かる。これ以上酷使すれば、予期せぬタイミングで左爪は割れると。


「ご、ごめんなさい操先輩! 私が目を離したせいで余計な負担を!」


「いい。誰にでもミスは付き物。夜見」


「は、はい!」


「もう左爪は使いたくない。時間がかかってもいいから、右折とブレーキだけでゴール出来るルートを算出して」


「分かりました!」


 その通信を最後に、バサバサと騒がしい音がする。几帳面な夜見のことだ。きっと影山から教えられたルート取りの全てを、わざわざ紙面として持ち寄ったに違いない。


 そして複雑な横穴を突破するためには、サポーターである夜見の協力が不可欠だ。彼女が通信の向こうから戻らなければ、下手に進む事も出来ない。叢雲学園は、思わぬ所で足止めを食らうこととなった。


「うぅ~……操先輩~……!」


 兎羽のトーンが一段と下がる。普段が自己責任からの自損事故で終わっていたためだろう。自分の不注意で他者が損傷するという事態に、涙が零れそうになっているのだ。


 意外と打たれ弱さがある兎羽だ。このままレースを再開すれば、間違い無く連鎖的なミスを引き起こすに違いない。


「兎羽、そこで泣かれたら、私は私を恨むことになる」


 だから操は一肌脱ぐことにした。兎羽のメンタルのために。チームの勝利のために。


「へっ、えっ!? ど、どうして!?」


「当然。この作戦はメカニックの私が全てを想定した上で、いけると判断して行った作戦。兎羽がやらかしてしまった、もう無理だと泣いてしまえば、私の作戦が間違いだったという事になる。敗北確定、責任重大、メカニックの座を降りる必要が_」


「無いです! そんな事は全く無いです!」


「けど、兎羽は作戦が失敗したと思って涙を_」


「泣いてません! 着地の衝撃で声が震えちゃっただけです! そもそもチームメイトの作戦を最期まで信じられないようじゃ、ランナー失格です!」


「ほんとうに?」


「本当です!」


「……そ。なら、せっかくの降って湧いた休憩時間。頭を休めて、最後の戦いに備えるべき」


「はい! ……あれ? でも想定してたんなら夜見ちゃんがここまでルート取りに時間をかけたりしないし、やっぱりイレギュラーだったんじゃ……」


「兎羽、やっぱりあきらめた?」


「そんなことないです! 一ミリも考えてないです!」


「良し。兎羽、グッドガール」


「えっ? えへへ……!」


 長い腕を器用に使って兎羽を撫で、誤魔化しによる誤魔化しで兎羽を丸め込む。単純な彼女のことだ。これで夜見が戻ればレースに集中することだろう。


 操は夜見が帰るまでの間、兎羽にはバレぬようコッソリと機体の損傷を調べ出すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る