刻まれた歴史と馳せる未来
「おいおいおい! 最終レースが始まるってのに、この静まり返った会場は何だ!? さっきまでの床一面にポップコーンが飛び散る惨状はどこにいったんだ!?」
「……」
先ほどまでと変わらぬまくしたてを行い、先ほどと変わらぬ勢いを維持する。横に座る影山はまるでいないもののように扱い、必要とされるその時まで声はもちろん目を向けたりもしない。
徹底したエンターテイナーっぷりだ。
ロレンツォという人間を深く知らない者が見れば、言動通りの陽気な人間に見えることだろう。いや、もしかすれば家族でさえも彼の胸の内を察することは不可能であるかもしれない。
だからこそ親子二人の仲はこじれた。だからこそ子は、親が実力だけで移籍を決定したと思いこんだ。この場の誰もが気付くまい。数十分前まで、ロレンツォは実年齢以上に見えるほど打ちひしがれていたということを。
「おっ! 静けさの中に怒声が混じりだしたな? 悪ぃ悪ぃ。分かってるぜ。お前らがどうしてこんなにもダンマリを決め込むのか。勝負に集中してぇんだろ? 夢中になってんだろ? それくらい熱い試合なんだろ?」
二試合目を終えた時までの観客達は、勝負の結果を思い思いに語り合い、次なる勝負に期待を馳せていた。
拮抗したポイント。
いずれにしても、人工メガフロート中の多くの人間達がたった一つの試合に目を奪われていた。行われる試合が気になって仕方なかったのだ。
だが、始まりがあれば終わりもある。
「そんな期待を込めた試合も、たったの一レースでもう終わってしまう。分かるぜ。
最終レースを目前に控えた時、観客達はもうすぐこの試合が終わってしまう事を思い出した。この夢のような時間は終わり、来年までのただ生きているだけの退屈な時間が始まってしまう事を思い出したのだ。
終わりを見届けたいというプラスの思考と、終わって欲しくないと願うマイナスの思考。その両極端な願いは、下手に口に出すことも憚れる故に観客達を寡黙にしたのだ。
だが、そんな雰囲気は許されない。司会者として仕事人として、ロレンツォは寡黙を許さない。
「だがよ! この試合は終わっても、あいつらには次がある! 今回の試合みてぇな度肝を抜かしてくれる可能性があるんだぜ!? なに全てが終わったみてぇな葬式ムードを漂わせてやがんだ!」
その一言に、観客の多くはハッとさせられた。引退した自分達基準で物を考えていたが、彼女達の活躍には次がある。続いていく歴史の中に埋もれていくだけの自分達と違い、輝かしい未来が待ち受けているということを。
彼女達の試合に目を奪われたのなら、今後のチームの行く末を見守ればいい。個人の成績に目を惹かれたのなら、歩んでいく道筋を追いかければいい。
自分で考えていたばかりではないか。来年のOB会開催までは無意味な時間の連続だと。その時間を使えば、彼女達を追いかける事は容易ではないか。
「ちょっとはマシな顔になりやがったな! これでようやく、最終レースの解説に移れるってもんだ! ってなわけで、三回目にもなれば慣れてきただろう? 影山、任せたぜ」
ロレンツォに話題を振られ、話し始める一瞬を使って彼を見る。
やはり感情は読めない。影山は内心で舌を打ちながら、己の役目に注力した。
「洞窟の25を一言で例えるなら、博打と妥協に彩られた逆転コースだ」
「ほうほう。その心は?」
「このコースで取れるルートは主に二つ。スタートからゴールまでを真っすぐに貫く縦穴を
「真っすぐ進むんだから、当然登攀ルートの方が速い。だが、命綱なんて存在しない壁登りだ。一歩間違えば真っ逆さま。機体の方も、まぁ、一から作り直した方が早いほどにはひでぇ有様になるわな」
「だからこその博打。そして、だからこその妥協だ」
登攀コースはハイリスクハイリターンな博打ルート。横穴ルートは機体の安全以外を捨て去る妥協ルート。
順位変動はもちろん、映像映えする少々ショッキングな光景が頻繁に起こるこのコースは海外の人気が高い。それゆえに彼らは、このコースを投票で選出したのだろう。
これまでの二者のポイント差はわずか一ポイント。通常のレースであれば、両者全員が揃って登攀する姿が見られたことだろう。
「だが、ナマケモノはともかく、ウサギに博打の概念は理解出来ないだろう? どうするんだ? 生態通りに穴倉を闊歩させるつもりか?」
けれども兎羽の機体であるムーンワルツは、登攀が絶望的に向いていない設計だ。意地を張って登攀ルートを走った所で、落下からの粉々がオチ。
そうなると走れるルートは横穴コースしか存在しなくなるが、何度も言っているようにこちらは妥協ルート。
壁の所々に存在する横穴から、登攀の途中でルートを変えることは分かる。しかし、最初から妥協ルートを通ってしまえば、勝負に加わらないと言っているのと同義だ。
その点を踏まえたロレンツォの指摘だったが、冗談交じりの指摘に対して、影山は不穏に鼻を鳴らしてこう答えた。
「そのつもりだ」
途端に隣のロレンツォからは口笛が。観客席からはざわざわと声にならない声が響く。
「聞いたよな、お前ら。 天上のアルゴス様には、憐れなウサギを天国に招き入れる算段があるらしい。 今の内に身体検査でもしておくか? ジャパニーズフェアリーテイルの如く、蜘蛛の糸で引き上げられちゃたまらんからな!」
「そんなことをしなくても、見れば分かる」
「見れば……?」
影山の声と目線に釣られた観客達は、いつの間にかスタート準備が整い、モニターに映像が映し出されていることに気付く。
メインカメラを独占しているのは、話題の中心であったムーンワルツ。そして、言われるがままに観察を続けていた観客の一人が、あっ、と声を上げた。
衝撃の内容だったからだろう。その声は瞬く間に伝播し、数十秒もしない内にロレンツォまで届けられた。
彼は司会者用に作り込んだ笑顔の中に、どう猛な勝負師としての笑顔を一瞬覗かせた。
「なるほどな! そうきやがったか!」
二レース目に驚きの方法でメガテリウムを運んだテンカウント。そんなテンカウントと同様の穴が、ムーンワルツの肩口にも生まれていた。
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