来たる未来を見据えて
「助かる。
「いえ! 影山先生の方でもしっかり証言は得られていたんですから、感謝されるようなことは何も!」
最終レース開始まで十数分。ミーティングは十分に行った。これ以上の懸念はレースで払拭するしかない。
そのため夜見と影山は残された時間を使って、それぞれが得たロサンゼルスヘイローズの内情のすり合わせを行っていた。
「あのロレンツォが素直に口を開く人間に見えるか?」
「それは、えっと……」
「あいつは昔からそういう奴だった。チームを鼓舞するためにリーダーの仮面を被り、敵を欺く為に道化の仮面を被る。そんな奴が素直に話したんだ。今回は相当に参っていたらしい」
普段の快闊なイメージから、ロレンツォは若く見られがちだ。しかし司会者としての面も、指導者としての面も外した彼は、影山からは年相応のくたびれた中年に見えた。
あれでは指導に熱が入らないのも仕方がない。それほどまでに、娘であるルチアとの不和は彼を苦しめていたらしい。
「ルチアちゃんはチームのみんなを本当に大切に思いながらも、心の内には勝利への渇望を抱えています。でも、今のあの子は欲求に対して素直になれません」
「かつてぶつけられた呪いの言葉によって、移籍とは友を裏切る行為だと断じてしまった。友は裏切れない。それでも勝ちたい。だから無茶をする。自縄自縛だな」
「それでも、時間は止まっているように見えて、しっかりと刻まれていました」
「そうだな。大きな収穫だった」
ロサンゼルスヘイローズの面々に聞き取りを行ったことによって、一つ分かったことがある。それは、大小はあれど、ルチア以外のメンバーは彼女の移籍に肯定的だったということだ。
その選択に舵を切るには、相当の覚悟が必要だっただろう。しかし、彼女達は己の弱さを認めた。自分達ではルチアを苦しませるだけだと理解していた。
いざルチアが移籍すると宣言すれば、彼女達は新たなる門出を祝ってくれるだろう。激励してくれるだろう。実際、一度は実現されかけた事態だったのだ。
「これまでは外堀を埋める事に力を入れていましたが、その外堀は八割方埋め立てられている事が分かったんです。この問題を丸く収めるには、本丸の攻略は欠かせません」
「デリケートな問題だ。俺はもちろん、
夜見と影山の会話は、
そんな彼女を説得出来るのは、人間関係構築に長けた夜見か親友であるソフィーくらいだ。
前者であれば、文言に至るまで全ての内容を一任して説得に向かわせる。後者であれば、ある程度の台本を夜見を経由して吹き込み、感情論で説得を図る。
思惑によって他人の感情を歪める。言葉にしてみれば、これほど酷いことは無い。しかし、必要があれば冷徹な判断を取れる影山にとって、大団円を迎えられるのであれば多少の小細工はご愛敬ではないかと思うのだ。
もし何かの手違いでコトが露見したとしても、昔から憎まれ役だった自分が責任を取ればいい。
そのような合理的な判断に重きを置いた上での提案だったが、対する夜見は首を静かに横へと振った。
「私ではきっと失敗すると思います。それに、話してみてソフィーちゃんも厳しいだろうと思いました」
夜見の対人コミュニケーションは、相手が夜見に対して敵意や警戒を抱いていないことを前提とするものだ。大いに荒れることが予想されるルチアが相手では、懐に入ることはもちろん、話すら聞いてもらえない可能性がある。
ソフィーの言葉であれば、ルチアも話だけは聞いてくれるだろう。しかし、彼女にとって敗北とはソフィー達に対する裏切りと同義であり、今生の別れのようなもの。
そんな心理状態の相手に前向きな発想を提案した所で、激高するか惨めさが増すばかり。最悪の場合、ソフィーの方がルチアの感情に流されてしまう可能性すらある。
それを考えれば、自分とソフィーによる説得はありえないと夜見は思っていたのだ。
「なら、どうする?」
夜見が無理だと言うのであれば、影山は受け入れる。詳細が分からなくとも、彼女の能力は把握しているからだ。
けれども、無理と言って諦めてしまっては全てが台無しになる。代案を用意出来ているのかと問う影山に、夜見は今度こそしっかりと頷いた。
「
「闇堂を?」
それまで影も形も見せていなかった直美の登場に、影山は一瞬だけ目を見開いた。
「はい。ショックを受けている時の人間は、多くを拒絶しがちです。友人の温かい言葉、対戦相手の前向きな言葉、親兄弟の励ましの言葉、その全てが雑音に聞こえてしまうんです」
「それでどうして闇堂になる? 俺達の中で、闇堂とルチアは一番関係が希薄だったはずだ。赤の他人の口出しほど、耳障りなものは無いだろう?」
確かに彼女は人を引っ張っていくリーダーシップがある。空気を強引に入れ替える豪快さがある。だが、それを加味した上でも夜見の方が適任ではないかと影山は思うのだ。
「逆ですよ先生。負けたルチアちゃんは、きっと自己嫌悪に陥ります。自分のせいで敗北したのだと、徹底的に自分を苛め抜きます」
「……」
「そんな状態の彼女が欲するのは、救いではなく罰です。トラブル時に助けた私と、勝負に応じた
「……なるほどな。一番関係が希薄な相手だからこそ、罰を期待してルチアが懐に招き入れる可能性があると」
「そういうことです。それに」
「なんだ?」
「闇堂先輩、実は怒ってたんですよ。相談はした癖に、自分には何の役割も無かったって。だから、お詫びもこめて大役をお願いしようかと」
「分かった。その案で行こう。もうすぐ最終レースの時間だ。くれぐれも、ルチアの勝負強さを侮るなよ」
「はい!」
後に、レース直前でこの話を聞かされた直美は、人知れずお腹の中心辺りを押さえていたという。
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