表向きのエース

「ってことはあれか? 今の控室は叢雲むらくもとウチのボンクラコーチのせいで、一蹴即発の状況だってのか?」


「こぉら。思っててもそんなこと言わないの。大丈夫。失敗した所でズルズルと現状が続くだけ。もし成功すれば、私達は少しの痛みを伴うけど、やっと一歩を踏み出せる」


 アローラが控室に影山を案内してから二十分ほど。彼女は付近で所在なさげな状態だったエメリーを引っ張り込み、自分達の未来をかけた話し合いの行く末を見守っていた。


「そりゃ、お前ならそう言うだろうけどよ。いつの間に抱き込まれやがったんだ?」


「うーんと、強いて言うならついさっき? けどね。あの日から、いつかこうなるんじゃないかって気はしてたんだ。だからどっちかって言うと、ついにこの日が来たかって感じ?」


「あぁそうかよ。ディオルの奴も、似たようなもんか?」


「そうなんじゃない? だってそうでもしなきゃ、間に合うはずないじゃん」


 二試合目の修繕後、エメリーは驚きに目を剥いた。


 あのディオルが完璧な修繕を行ったからだ。


 今までの彼女であれば、二試合目のウォッチドッグの惨状を目にした時点でたちまちやる気を無くし、おざなりな修繕を行っていただろう。


 ウォッチドッグの修繕が間に合えばまだマシ。最悪の場合、エメリーの機体修繕のみしか終わらない可能性すらあったのだ。だから、今回の結果には驚きを隠せなかった。ついにディオルが重い腰を上げてくれたのかと喜びさえした。


 けれどそれが叢雲の考えによるものだとしたら、エメリーは少しだけ不満に思う。


「最終レースを全力で走れるのは嬉しい。嬉しい、けど、気に入らねぇ。叢雲の考えに賛同するってことは、要するに負けを認めたようなもんだろ? いつからこのチームは、結果を見る前に戦意喪失するようなチームになっちまったんだ?」


「もう! エメリー、その考えが的外れなのは、あなたも分かっているでしょう? 私達とルチアは住む世界が違う。言ってみれば、川魚を海水で飼育するようなもの。今まではルチアが無理をして付き合ってくれていただけ。けど、無理なんて長くは続かない」


「……」


「ルチアが限界を超えて倒れるか。それとも、惨めな思いを積み重ねて誰かが爆発するか。いずれにせよ、私達は変わる必要があったの。それに、叢雲はルチアの心まで救おうとしてくれている。納得の別れを準備してくれている。きっと、これ以上の機会は訪れないよ」


 自分が一番チームの現状を理解しているといった顔で、こちらを説得するアローラ。そんな彼女を見て苛立ちを覚えると同時に、どこか腑に落ちてしまっている自分にもむかっ腹が立つ。


 初めて見た時のルチアは、良くも悪くも希望に満ち溢れたチビッ子だった。


 このチームを世界一のチームにすると豪語し、全員をプロリーグに所属させるとうそぶき、助け合いを第一方針に考えると笑っていた。


 果たしてあの頃と比べて、いくつが実現したと言えるのか。


 (アメリカ四位、上出来だ。プロリーグは、ルチアはともかく私は二部で通じるかどうか。助け合いは……出来てねぇな。一方的に助けられてるだけだ)


 ルチアも自分達も成長し、現実の高い壁が見えてきた。アローラが言う所の、住む世界が違う人間を分かるようになってきた。あの日にルチアと別れられていれば、自分はどうなっていただろう。少なくとも、こんな悩みに頭を痛ませる日々は無かったことだけは分かる。


 (チームのエースと言ったって、それは私達の尻拭いをルチアに強制させているせいだ。あいつが本気で走ったら、私なんて勝負にならない)


 ルチアとタイマン勝負をしたのは、いつが最後だったか。今だってトラックコースであれば、先行逃げ切りで勝てるだろう。街道もシンプルなものであれば、勝ち負けまで持っていけるかもしれない。


 だが、エメリーではそこが限界だ。コースの難度が上がるほど、ルートの選択肢が増えるほど、ルチアは類稀たぐいまれな観察力と判断力を以てエメリーを抜き去っていくだろう。


 (ルチアに有無を言わせないために、元プロのコーチが率いるチームをぶつけたんだと思ってた。けど、例えボンクラに成り下がろうと、あの目だけは本物だ。ルチアが活きるチームを見つけてやがったんだ)


 抜群の安定感を誇り、チームのために動けるランナー。単純に技術が高く、レースに混ざれるほどの知識を有するメカニック。拙いながらも、ランナーを立てるのが上手いサポーター。そして、得意コースでとんでもない爆発力を誇るエースランナー。


 エースランナーが伸びる試合なら、もう一機と共に安定順位を取りに行ける。逆にカウンターコースであれば、自分ともう一機で上位狙いの攻めに転じられる。


 現場サポートと準エースのどちらにも舵を切れる。まさに、ルチアのためのチームだ。きっとあちらへの移籍を果たした暁には、彼女の夢であった世界一も目指せるに違いない。


 (……ちょっとアローラに揺すられただけで、これかよ。ほんっと、悔しいよなぁ。なぁんでそこで、私達と世界一になってるルチアを想像出来ないんだよ)


 自分の欠点は分かっている。これが解消されれば、ルチアの負担が大幅に軽減されることは分かっている。


 けど、治せない。そんな簡単に治るものなら、苦しむルチアを見て治さないはずがない。大事な局面だと思えば思うほど、焦りが生まれ、前しか見えなくなってしまう。たった一度の小競り合いで、有利を渡すわけにいかぬと躍起になって走りこんでしまう。


 そういう小さな積み重ねだ。積み重ねがいつしか小山となり、小山がいつしか頂上すら見えぬ霊峰と化す。


 頭では分かっているのだ。このチームではルチアを支えきれないと。自分ではルチアの足を引っ張ることしか出来ないと。


 (でも、人を形作ってんのは理性だけじゃねぇ。心だって重要なパーツだ!)


 叢雲はルチアにとって理想のチームなのだろう。叢雲はルチアのために動いてくれる良いチームなのだろう。だけど、だからこそエメリーは最後まで勝負を挑みたいと思う。


 納得の中でルチアの門出を祝うために。納得の中でルチアとの別れを済ませるために。


「急にダンマリだったけど、その顔の様子じゃ考えはまとまった?」


 わざとらしくこちらの顔を覗き込みながら、アローラが声をかけてくる。


 この話題の言い出しっぺであり、誰よりも早く気持ちを切り替えていた彼女に、エメリーは薄情だと思わずにはいられない。だがしかし、あの日から彼女の笑顔には自嘲が混じっていたこともエメリーは知っている。


「こんな大事な話、簡単にまとまるかよ」


「えー、じゃあさっきまでの時間はなんだったのよう」


「覚悟を決めてただけだ。ルチアの今後なんて、次の試合に負けてから考えればいい」


「ふぅん。じゃあ、もし勝っちゃったら?」


「そん時は私らも揃って無理をするだけだ。ルチアだけを終わらせねぇ。ぶっ壊れる時はみんな一緒だ」


「……まぁ、私らにはそれくらいしか捧げられる物が無いしねぇ。いいよ。その時は付き合ったげる。壊れた所で、どうせ何とかなるだろうし」


「楽観主義ってのはうらやましいね」


「交換してあげよっか?」


「ヤダよ。性格が終わってようと、私は私だ」


「言えてる。じゃあ、最終レースも頑張っていこう」


「あいよ」


 様々な終わりを見据えつつも、勝負だけは投げ捨てない。


 少女二人は、迫りつつある最終レースを静かに待つのだった。

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