必要以上の楽観主義

 自らのチームのミーティングを終えた影山は、最小限の灯りのみで照らされたスタッフ専用通路を進む。向かう先に存在するのは、ロサンゼルスヘイローズの控室。求めるのはコーチであるロレンツォとの再度の会話だ。


「苦手だと言っただろうに。まったく、関係が悪化しても知らんぞ」


 元々影山は、ルナハート親子の関係改善を夜見よみに依頼していた。いい歳をした大人が学生に頼み事をしている時点で情けない限り。しかし、自身が対応した所で悪化するのが関の山。自己分析には優れていた影山は、恥を忍んで彼女に依頼をしたのである。


 けれども、この依頼は予想外の方向に展開を見せた。依頼を受諾した夜見は、なんと兎羽とわ以外の全員へ協力を依頼してしまったのだ。もちろん、依頼する以上やり方は夜見に一任していた。されどそんなことをすれば、直美はともかく大きな貸しを作っているみさおが面白く思わないのは当然である。


「貸しはチャラにする。だから、影センも当たって砕けてこい」


 それが修繕から戻った操の第一声。そこから、自身のミーティングは兎羽と打ち合わせさえ出来ればいいと、半ば強引に控室を追い出されてしまった。


 操の言いたい事は分かる。いつまでも石橋を叩いてないで、さっさと渡って確認しろと言っているんだろう。言い分は正しい。影山にも責任を持たせるのはごもっとも。性分的にも、ストレートな物言いの方が得意としている。


 だが、この在り方のせいで、影山は多くの苦労を重ねた。チームメンバーとも、敵チームとも、一般人とも、コメンテーターとも。とにかく多くの揉め事を残し、引退時には一つの椅子さえも用意されなかった。


 そんな壊滅的なコミュニケーション能力の自分が、様々な仮面を使い分ける男の真意を問い質す。どう考えても現実的ではない。下手をすれば、例え悪縁寄りの繋がりと言えど、プロ時代から残っていた交流の糸の一本をまたしても自分の手で切り取ってしまうことになる。


「どうしたものか……」


 失敗の見えた戦い。けれど今回の操にかけた負担を考えれば、やらない選択肢は存在しない。どうにか気落ちした心はおくびにも出さず、廊下を歩み続けていた時だった。


「あれ、叢雲むらくも学園の監督さん?」


「君は、確かアローラ・ファナだったか」


 飲み物を片手に壁へ寄り掛かる、ロサンゼルスヘイローズのサポーター、アローラと出会ったのだ。


「君がここにいるということは、ミーティングは終えた後か?」


「そうですよ。もしかして、コーチに御用ですか?」


 手持無沙汰にブラブラと足を遊ばせる彼女からは、この後に行われる最終レースへの緊張感は感じられない。


 チームを牽引すべきサポーターの姿としては、頼もしいようにも見える。しかし、その姿はあくまで本番中に見せるべき姿だ。ミーティング直後にやってしまえば、やる気を失っているようにも見えてしまう。


 叢雲学園の分析通り、必要以上の楽観主義なのだろう。


「あぁ。ルナ……いや、ロレンツォと個人的な話し合いの場が欲しくてな」


「おやおや? それはもしかすると、ルチアの移籍に関してですか?」


 自嘲と純粋な笑みの中間、そんな複雑な表情を作りながらアローラが問いかけた。


 本筋としては関係は無い。しかし、間接的にはもっともな内容。どうせ隠した所で無駄と判断し、影山は白状する。


「……あぁ。そうだ」


「やっぱりそうですか。ウチ等のリーダーではありますけど、年齢的には可愛い妹分を


「……君は、いいのか?」


 この解答には、さしもの影山も少々面食らった。


 サポーターとは、他のどの役職よりもリンドブルムレースを俯瞰できる立ち位置にある。いくら楽観主義が過ぎると言っても、彼女が抜けた後のチームの惨状は容易に想像が付くはずだ。


 そんな多くの意味を込めた影山の質問に、アローラは笑顔で頷いた。


「他のみんなとは違って、私は気持ちの整理がついてますから。いえ、例えルチアが失意のままに移籍しようと、チームが崩壊しようと、きっと私は一番に立ち直ってしまう……薄情ですよね?」


 楽観主義とは結局の所、執着の少ない性格を指す。


 チームの在り方にこだわりが無いから、ルチアの移籍を笑顔で見送れる。チームの崩壊を目の当たりにしても、いつまでもこうしたままではいられないと心機一転してしまう。


 だからアローラに失意は無かった。仕方ないで済ませてしまえるから。だから楽観主義のままでいられた。今回の勝ち負けは例えどっちに転ぼうとも、最後には納得してしまえたから。


「物は言いようだ」


「……下手にオブラートで包まない辺り、あなたは悪い人に見られる良い人なんだと思います。少なくとも、いつまでもギクシャクしたままなコーチよりはずっとマシです。安心してルチアを任せられる」


「君達にとって、ロレンツォは酷いコーチか?」


 彼の現役時代を知る影山からすれば、あり得ない質問だった。


「私は別に。けど、みんなは怒り心頭でしょうね」


「……そうか」


 いつだってロレンツォは、チームを鼓舞し、チームを牽引していた。どんなチームに移籍しようとも、半年もしないうちに頭角を現した。そんなリーダーシップの塊のような人間が、酷評を得ているなど考えもしなかった。


「昔はそんな人じゃありませんでしたよ。生徒の疑問には率先して答え、生徒が溜めこんだ不安にもいち早く気付き、生徒の模範となるよう様々な動きを実演してくれました」


「昔は、か。なら、あいつが変わった原因にも心当たりはあるのか?」


「あります」


「なら_」


 会話の流れに任せたまま、ロレンツォが抱える問題を聞き出そうとした影山。しかし、彼の言葉はアローラの口に当てられた一本の指によって中断させられることとなった。


「私から聞いたら、きっとあなたは後悔します。ディオルから聞きました。私達のためにあなた方が動いてくれていることを」


「……」


「私は受け入れています。あの調子なら、ディオルもきっと大丈夫。エメリーも私達で何とかします。だから、ルチアとソフィー。それにお手数ですが、の事も救ってあげてください」


「……本当に厄介な仕事だ」


「本当ですねぇ。あっ、そうそう。ここまでご迷惑をおかけした上で申し訳ないのですが」


「なんだ?」


「あなた方には感謝していますが、最終レース、


「無論だ。こちらも全力で立ち向かう」


 本来なら起こり得なかった邂逅は、影山の心を前向きにすることへ繋がった。


 そして彼は聞き出すことになる。ルナハート親子の間に生まれた、世代を越えた不和の亀裂を。

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