天を目指す坑道

「相手の奮闘もあって完璧とはいかなかったが、リードを保ったまま最終レースに入ることは出来た。結果的には悪くない」


 第二レースの終了後、叢雲むらくも学園の面々は第一レースとは異なりすぐさまミーティングを開始していた。今回のミーティングには間に合わないと、メカニックであるみさお直々に言伝があったからだった。


 第二レースの終盤、ロサンゼルスヘイローズは奇策を用いて逆転を狙ってきた。これに対して、叢雲学園も奇策を発動。小柄なメガテリウムをテンカウントの手で放り投げることで、先んじてゴールラインを通過したのだ。


 けれど、相手の奇策が身を削る作戦であったように、叢雲の策もまた、機体へ大きな損傷を残した。なぜなら、放り投げられたメガテリウムはムーンワルツの手で受け止められたからだ。


 いくら雪のクッションがあろうとも、リンドブルムの手で本気で投げられたら衝撃によって大破は免れない。操縦慣れしていない操であれば、受け身を取ることすら難しかったはずだ。


 さすがの操と言えども、大破の修繕は難しいと事前に申告。そのため、二機の小破機体を作り出す代替案が取られたのだ。


 なお、この時の操の申告は半分が本当で半分が嘘だ。彼女が難しいと言った修繕は、ロサンゼルスヘイローズの機体修繕まで含めた場合の時間である。


「あとは最終レースを残すのみだ。香月かがち、ルートに不安は無いな?」


「もちろんです!」


棋将きしょう、道順は頭に入っているな?」


「は、はい!」


闇堂あんどう


「どんだけ時間をかけようとゴールにたどり着く、だろ。分かってるっての」


「良し。今宵こよいとは合流次第行うが、このメンバーでの最終確認も行っておく」


 影山の端末が、空中にホログラム映像を映し出す。第一レースの沼地の18、第二レースの山岳の30とは全く異なる縦長のコースが、その場に投影された。


「最終コースである洞窟の25は廃鉱山の内部から外を目指す、脱出式のコースだ」


 スタートからゴールまでを繋ぐ、直角に近いすり鉢状の縦穴と、そんな縦穴の所々に存在する入り組んだ横穴。それが洞窟の25を構成するルートの全てである。


「露天掘りを行いながら坑内掘りも行うという現実ではありえない採掘法を用いた鉱山だが、内部の構成要素に違和感はない。いや、だからこそ不自然と言えるのだが」


「狭ぇのはもちろん、とにかく無駄なもんが多いよな。はぁ~。試走の時点で嫌気がさしてたが、とうとう本番か……」


 洞窟の25内部には、廃棄された鉱山にふさわしい要素が数多く見られる。地盤の支持に使用された坑木、廃レールや廃トロッコ、無造作に放り捨てられた採掘クズなどが、ただでさえ狭い坑道の各所に配置されているのだ。


「このコースの走破方法は主に二つ。一つはアリの巣上の横穴をどんどんと経由していく方法。もう一つはすり鉢状の縦穴を登攀とうはんする方法だ」


「基本的に登攀ルートを選択するのが当然でしたよね?」


「そうだ」


 他のコースにおける登攀の選択は、走るより断然時間がかかる癖に走破距離が伸びない苦肉の策だ。しかし、洞窟の25における登攀は、むしろ最速ルートと呼べる。


 なぜならもう一つのルートである横穴の経由は、入り組んでいる上にとにかく距離が長いからだ。おまけにサポーターの支援があっても迷いやすく、舗装された道など存在しない。


 その上で上記の障害物が所狭しと並べられているのだから、登攀が最速と呼ばれるのも納得のルートと言える。


「……でも、私達が選べるのは」


「あぁ。横穴の経由だけだ」


 けれど、叢雲学園にそのルートを取る選択肢は存在しない。その理由こそが、アメリカのレジェンド達がこのコースを選択した理由でもある。


「テンカウントは重すぎて登攀に向かない。ムーンワルツは頭の重りバラストのせいで、そもそも登攀が出来ない。最初にこのコースを投票しやがった奴は、ほんっと良い性格してるぜ」


 ロサンゼルスヘイローズの勝利を望む彼らが投票した以上、洞窟の25には叢雲学園に対するカウンター要素が存在している。それこそが、最速ルートを選択出来ないという要素だ。 


 元々廃鉱山をコンセプトに生まれたこのコースは、壁面にも多くの採掘跡を残している。


 通常であれば登攀の手助けとなるこの採掘跡だが、裏を返せば、それだけ壁面に多くのダメージが与えられている証拠でもある。


 そんな壁に重量をかければどうなるか。簡単だ。体重をかけた岩盤の周囲丸ごと落盤することになる。


 地上付近でそれが起きるのはまだいい。落石で損傷をすることはあれど、リタイアするほどの損傷にはまず繋がらないのだから。


 しかし、これが登攀中盤で起きてしまえば、岩盤と地面に挟まれ、機体はスクラップと化すだろう。失敗が即リタイア、おまけに外的要因によるリタイアではリスクが高すぎて選択など出来るはずがない。


 これがテンカウントが登攀出来ない理由。これと比べれば、ムーンワルツの理由は至極単純だ。


 ムーンワルツの頭部には、姿勢を矯正するための重りが接続されている。これのおかげで、彼女は前のめりに倒れることなく走行を続けられるのだ。


 しかし、姿勢を後ろに戻すための装備で崖登りをすれば、頭部は常に身体を崖から離そうと画策する。上など見てしまえば、重心が一気に傾き真っ逆さまだ。


 こんな機体で登攀など自殺行為でしかない。普段傾斜を得意とする兎羽と言えど、直角の壁を登る手段は有していない。


「コースが選択された時点で、俺達はルート選択を一択に絞られた。そしてその一択も、こちらの二機には苦しいルートだ」


「崩落、ですね」


「正解だ。ムーンワルツとテンカウントは、移動するだけで坑道にダメージを与える。つまり、いつも通りのレースをするだけでリタイアの危険性が跳ね上がる。これがアメリカの老人達が選び抜いた、致命的なカウンター要素だ」


 鉱山内に坑木があるということは、崩落の危険性があることを意味している。


 そんな坑道を重量級の機体で走り回ったり、縦横無尽に跳ね回ったらどうなるか。無論、崩落からの生き埋めである。


「いっそ操の一位だけで勝利が決まってりゃあな」


 ここまで散々と叢雲学園に対するマイナス要素のみを書き連ねてきたが、本当に全ての要素がマイナス面に傾いてしまったわけでは決してない。


 叢雲学園のプラス要素。それは操とメガテリウムの存在だ。


 彼女の操縦するメガテリウムは、腕での移動のみを追求した特化型機体。登攀なんぞは朝飯前であり、軽い体重は落盤のリスクを極限まで下げている。


 いくらリンドブルムレースを熟知したレジェンド達と言えど、知らない機体のカウンターは出来なかったらしい。


 コースとの相性は抜群。自由に走らせてしまえば、第一レース以上の独走が期待出来るだろう。しかし、その選択は許されない。チームの事情が許さない。


「えっと、操先輩の一位だけじゃ、足りないんだよね……?」


「うん。仮に今宵先輩が一位を取っても、闇堂先輩か兎羽ちゃんの最下位で同点、二人が負けると敗北になる。確実な勝利のためには、上位に二人は入っていて欲しい」


 現在の両チームのポイント差はわずか一ポイント差。一位を取っても二位三位を独占されてしまえば同点の色は強くなり、両者が追い抜かれてしまった時点で敗北が確定する。


 そんな状態で遠回りで不安定なルートを走るのだ。無策でこのミーティングが始まっていれば、この話し合いは終始暗い雰囲気のまま行われていただろう。


「だから、私も上位に入らなきゃだもんね!」


 ドンと強く胸を叩き、自らのやるべき目標を宣言する兎羽。


 彼女が自信を持って宣言出来る理由は、とある小さなメカニックが立てた作戦によるもの。粗削りで、不確定要素が多く、それでも影山から太鼓判を押されたもの。


「最後のレースは香月と今宵にかかっている。任せたぞ」


「はい!」


 メカニックの少女の手先とランナーの少女の反射神経。その二つがカウンターコースという大きな壁に、真っ向からぶつかろうとしていた。

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