思いを乗せた双腕

「な、なんでこんなところで道草を食ってるんだよ! そっちだって作業が山積みのはずだろ!?」


「ん、終わった」


「はっ……?」


 涙を強引に拭い去ってみさおが指さす方向を見つめてみれば、そこには第二レース開始前と変わらない姿のリンドブルム三機の姿があった。


「だ、だからって、動作テストや感覚テストに残り時間を費やすのが普通だろ! そうじゃなくても今回のエキシビジョンマッチなら、チームに合流するのが普通だろ! なんだよ! 嘲笑いに来たってのか!?」


 損傷の大きい機体の修繕を行った場合、通常メカニックは動作テストなどに時間を費やす。そうして最後まで確認を行うことで、目に見えないセンサーのズレなどを見つけ出すのだ。


 仮にそれを終えたのだとしても、メカニックの意見を共有するためにチームへと合流するのが正しいはず。ここでディオルと会話するメリットなど、一ミリも存在しない。


 いっそ仕事の遅さを笑いに来たのかと喧嘩腰になっていたディオルだが、操の返答は想像したものとはまるで異なっていた。


「スペースを分けろ」


「はあっ?」


「手伝ってやるから、スペースを分けろって言ってる。 ……めんどくさい壊れ方をしてるのはウォッチドッグの方。視覚センサーの配置に不安があるから、ついでに設計図もちょうだい」


「な、なに言ってんだよ! そんなこと許されるわけ無いだろ!」


「許されてる。このエキシビジョンマッチは特別ルールと言われた。そして、相手チームの機体を弄ってはいけないと明言されていない。なら、私が修繕することも許されるはず」


だろ!? そもそも! さっきも言ったけど、自分のチームの機体は万全なのかよ! 機械いじりがしたいなら、自分のとこの機体で遊んでろよ」


「万全とは口が裂けても言えない」


「なら!」


「けど、私に出来る限りの修繕を全ての機体に施した。これでダメなら私の力不足」


「な、なんだよ、それ……」


 出来る限りを尽くす。今までのディオルがやろうともしてこなかった行いだ。言い切った操の顔からは、不安のようなものは微塵も感じられない。


 怯んでしまった。彼女の器の大きさに。感じてしまった。チームとの信頼関係の差を。


「そっちにも事情があることは理解している。こっちの事情とは相反することも理解してる。その上で言う。半端な機体で半端な勝負をさせて、耐えられる?」


「ぐっ……!」


 耐えられるはずが無かった。今まさに自分は、その絶望感に飲み込まれながら修繕を行っていたのだから。


「ワザとエラーを組み込んだりしたら、絶対に許さないからな!」


 あり得ないだろう未来を脅しに使いながら、己の端末をぶっきらぼうに投げ渡す。これでもメカニックの端くれだ。チームメイトの機体情報は常に持ち歩いている。


「まさか。そもそも私が修繕する方が、エラーは少ない」


「一言多いん、って!? なに人の端末の中身をまさぐってんだ!? 返せ!」


 ふと端末に目を向ければ、なぜか設計図のページは閉じられ、個人的なフォルダの方へとページが変わっている。あわてて端末を取り返そうとするが、操には軽くあしらわれてしまう。


「ウォッチドッグって名前である程度は予想が付いていた。こっちはコルンムーメのアレンジ機体。こっちはチャーチグリムの次世代機を予想した機体。理想の機体に極限まで近付けたのが、そっちのチームの三機体」


「なんだよ。……知ってるのかよ」


 操の言葉を聞いた途端、ディオルの力は弱まった。


 ウォッチドッグシリーズ。幼少期の彼女が憧れて止まなかった、ロボットアニメシリーズだ。正義の護衛兵団ウォッチドッグの下に舞い込む、様々な護衛依頼。その全てを華麗に解決していく姿こそが、彼女の設計コンセプトの前身と言えた。


「メカニックなんて大小はあれどロボットオタク。正義は必ず勝つってコンセプトを押し出したこの作品は、スッキリするし安心して見れた」


「……したり顔で語られんのって、メチャクチャムカつくな」


「でかでかとプリントしたアニメTシャツを着ている奴が何を言う。口を出す以前に、語るに落ちてる」


「やっぱお前、キライだ」


「同感。私もお前が好きじゃない。けど、必死に勝利を求めるルチアに免じて、アドバイスをしてやる」


「何のだよ」


「どれだけ大好きなアニメ機体を再現しようと、辿


「っ!」


「でも、だからといって、それが理想に劣っているわけでもない。込められた思い、乗り手の気持ち、それらは変わらずに大切なもの。私達メカニックは、その思いを万全にぶつけられるよう全力を尽くすのが仕事」


 カチャカチャと修繕を行う手は止めず、操はただ淡々とクサイ台詞を口にした。


 いつものディオルであれば分かったような口を利くなと反発していただろう。だが、彼女は分かっている。ディオルのルーツに対する知識を有した上で、淡々とディオルをさとしている。


 何より操が口にしたその台詞は、ディオルが嫌というほど耳にした物であった。


「ドーベルマン整備長の台詞セリフを捻じ曲げんなバカ! チッ、やっぱりお前は嫌いだ!」


「そう。別に嫌いでいい。今の私達は競い合う相手同士だから」


「試合が終わった後だろうと、嫌いなのは変わらないっての!」


 いつのまにか操の言葉に棘が無くなったことに、ディオルは気が付いていない。


 チラリと彼女が目をやれば、ディオルはソフィーの機体を真剣に見つめて修繕を行っているようだった。今までの彼女とは違う、傷付いた機体と真摯に向き合う心。それはメカニックに必要不可欠な心だ。


 (自分から切っ掛けを掴めるタイプで助かった。ルチアには強く言ったけど、そもそも説教なんてガラじゃない)


 最初は力の限りの罵倒を持って、無理矢理に道を矯正するつもりだった。けれど、言われる前からディオルは気が付いてた。自身の道が誤っていることに。


 (むしろ、ルチアの危険性が再認識出来た。例えるならヤマアラシ。頑張れば頑張るほど、周りに不幸をバラ撒くタイプ)


 そして、ディオルが気が付いたのはルチアのせいだ。才能に愛された者の努力。それは才無き凡人を圧倒的に打ちのめす。


 彼女の必死過ぎる献身は、チームで一番他人事を貫いてたディオルすら打ちのめしたのだ。もっと近くで彼女を見つめ続けた二人のランナーは、いったいどれほど深刻な事態になっているか想像も付かない。


 (学生なんて誤ってなんぼ。必要なのは道を正してくれる存在がいること)


 自身も誤った道をずるずると進んでいたからこそ、操は思う。大切なのは強引にでも道を正してくれる存在であると。


 操と直美には兎羽がいた。そんな兎羽には夜見がいる。そして夜見には影山という模範がいる。きっと自分達であれば、正しき道を歩み続けられるだろうと思う。


 しかし、ロサンゼルスヘイローズには道を正してくれる存在がいない。コーチは口を出すことが無く、チームはどっぷりとルチアに依存しており、自覚していても正す間もなくルチアが何とかしてしまう。


 言うなれば共依存の関係だ。お互いが誤った道のままで良しとしていては、負の連鎖にはまっているようなもの。ほどなくしてルチアが倒れるか、ルチアの才能に倒されるかによって、チームは崩壊することになるのだろう。


 (そんな時のために親がいるってのに、仮面を何重にも被って本心で語ろうともしていない。家庭の事情に踏み込むなんてご法度はっと)


 操の行動は、雁字搦めとなった糸の一本を解きほぐすことに繋がった。けれどまだまだ糸は残されおり、一番大きな二本の糸に至っては下手に触る事すら危険だ。


 (ほーんと、割に合わない。九十九の貸しの切り時け?)


 唯一彼らの事情に踏み込めそうなのは、自分並みにコミュニケーションを苦手としている我らが顧問のみ。そもそもいくら苦手としているとはいえ、学生である自分達にこんな難事を任せるのが間違っているのだ。


 大人には大人の責任がある。幸い操には、彼を動かすための切り札も残っていた。


 (ケセラセラなるようになる。皮算用はここまでにして、送ると決めた塩をふんだんにサービスせねば)


 目の前には、まだまだ修繕箇所が残るロサンゼルスヘイローズのエース機が鎮座している。そして隣で奮闘するディオルの機体にも、最終的には目を通してやらねばいけまい。


 時間は一時間も無い。操は最後の踏ん張りをすることに決めるのだった。

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