残酷なまでの実力差
逆転に次ぐ逆転によって、多くのドラマを生んだ第二レース。走り終えたランナーと指示を出し終えたサポーターにとっては、第二レースは終わりと言える。
しかし、メカニック達にとってはここからが第二レースの始まりだ。この戦いを終えて初めて、彼女らは最終レースの行く末を考える事が出来るのだ。
(なんで、なんでだよ! どうしてあいつは、ここまでの修繕が出来るんだ!)
第三層に用意された修繕スペース。たった二人のメカニックで使用するには大きすぎるスペースの中で、二人の内の一人であるディオルは悔しげに頬の内側を噛みしめていた。
(くぅ……!)
邪魔にならぬよう前髪は安っぽいヘアバンドで止め、目には跳ね返り防止用のこれまた安っぽいゴーグル。ディオルの視界の先では、目にも止まらぬ早さで修繕を行う
メガテリウムの腕を取り外し、再利用出来ないパーツはすぐさま廃棄。必要なパーツを取り付けると、すぐさま動きのテストを行う。
やっていることは修繕の基本。だが、その動きがとにかく早いのだ。
ボルトを選択する指に迷いは無く、工具の使用も実に手慣れた動きで行っている。まるで熟練の工場作業員と
(メガテリウムもムーンワルツも、規格外の部品だらけの特化型なんだぞ!? なんであんな簡単そうに修繕が出来るんだよ! おかしいだろ!?)
メガテリウムやムーンワルツなどの特化型は、メカニックにとっては最悪の機体だ。
使用されている部品は代用の利かないオリジナルが多く、各種センサーの設置箇所も、その機体独特の間隔で埋め込んでいく必要がある。一般機の感覚で修繕を行ってしまえば、たちまち数えきれないエラーを起こしてしまうだろう。
一般機の経験が通用しない。それが特化型の恐ろしさの一つだ。その上であれほどの修繕スピードを実現するとしたら、どれほどの反復が必要であるか想像もつかない。
(それに、あいつはさっきまでレースに参加してたんだぞ! 適当にぶら下がっていただけでも、集中力は消耗していたはずなんだぞ! なんであんな動きが出来るんだよ! 少しくらい手を抜いたって、罰なんて当たらないだろ!)
鬼神めいたスピードで修繕を進める操は、控室で観戦していただけのディオルとは異なり、先ほどまでレースにも参加していたのだ。
いつもの操を知っている
(あのペースじゃ、完璧な修繕が出来てしまう……。クソッ! クソォッ!)
対面の作業スピードが目に入れば入るほど、自分の仕事のお粗末さ加減が嫌でも実感出来てしまう。
ディオルの前に鎮座するリンドブルムは、エメリーの機体を除けば大きな修繕が必要だ。ソフィーの機体は言わずもがな、ルチアの機体も上半身の損傷が激しい。適切な修繕を施さなければ、最終レース中に肩が上がらなくなるなどの不具合が予想された。
彼女らの損傷一つを取っても、普段のディオルなら二レースに分けて修繕するレベルの損傷だ。一レースの間の修繕はもちろん、二時間という短期間で修繕を行うのは不可能である。
両機の修繕が満足に行えないのであれば、残された選択肢は切り捨てか応急処置のみ。けれども、現在の両者のポイント差はわずか一ポイント。まさに一機の動きが勝敗を分ける展開なのだ。
そんな時に整備不良の機体を押し付けたらどうなるか。簡単だ。どれだけチームが庇った所で、ディオルは吊るしあげられるだろう。
(でも、でも私に出来ることなんて……)
普段真面目に練習を行ってこなかった者が、本番で実力を発揮出来るはずがない。自信作を破損させられたと不貞腐れたメカニックが、満足に修繕を行えるはずが無い。
タイムリミットが半分を切ったタイミングでディオルが終えていた作業は、エメリーの機体の修繕とウォッチドッグの修繕過程の三分の一ほど。
どう考えても間に合わない。負けたらどう考えても自分のせいだ。
この時ディオルは初めて、自分の責任を自覚した。
今まではリンドブルムを作り上げることがゴールだった。出来上がったリンドブルムの事など、正直に言えばどうでも良かった。
だから勝利の際に湧き上がる喜びはチームの中でも最少だったし、敗北の際に生まれる悔しさなどまるで感じることは無かった。他人事だったのだ。
しかし、いよいよチームの解散が現実味を帯びてきて、おまけに操に打ちのめされたおかげで、ようやく気が付くことが出来た。自分は今の居場所が気に入っていたのだと。
こんな適当な自分に頭を下げてまで勝利を望んだルチアの事が、彼女を信じるチームメイトの事が大好きだったのだと。
今更ながら気が付くことが出来た。今更ながら失いたくないと思ってしまった。だが、冷静な部分では、もう手遅れなのは分かり切っていた。
「ふっ……! くっ……!」
悔しさと不甲斐なさで、涙が流れるのを抑えきれなかった。その涙に感化され、身体の震えが誤魔化しきれなくなっていた。ディオルの自覚した失敗は、彼女の人生に暗い影を落とすはずだった。
「ちょっとだけ見直した。どうせ不貞腐れてるだろうから、一発ぶん殴ってやろう思ってたのに」
「へっ?」
涙で滲む視界を持ち上げれば、そこには対面で作業をしているはずの操の姿があった。
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