アドリブに次ぐアドリブ
「一レース目を思い出させるようなデッドヒート! だが、最後に女神が微笑んだのは、今度は
何事においても、中間とは
だが、このエキシビジョンマッチは違った。会場は一レース目もかくやという熱気に包まれていた。
「まさかリンドブルムがリンドブルムを背負って移動するとは! さすがはアルゴス。目の付け所が、他の凡人共とは大違いだ。いや、数百も目を備えていれば、おのずと見える世界も変わって見えるものかね」
「おいおい! 一レース目と同じく、また逆張り野郎共が湧いて来やがったぞ! ウォッチドッグの活躍を見てみろよ! ミドルスクールの学生が前転の連続だぞ! 見える損傷は両肩の凹みだけ。あれがどれだけ難しいか、頭のボケた老人共には分かんねぇのか!?」
「だ、か、ら! 華やかな部分ばっかり切り取ってんじゃねぇよ! 最後まで試合を見ていたのか!? ソフィーはあんな適当な修繕の腕で、ゴールまで辿り着いたんだぞ! てめぇらは両腕を杖に改造されて、元気に山登りが出来るってのか!?」
「細かい部分を切り取るんなら、メガテリウムの仕事量にも目を向けろよ。テンカウントがコケそうになった瞬間は杖になり、ぶん投げられるボール役になった時は身を縮め、衝撃の際はムーンワルツに負担がかからぬよう両爪を雪に突き刺してブレーキをかけた。これがメカニックのアドリブ力だってのか!」
「お前らは大リーグ投手の誕生で忘れてるかもしれねぇが、ムーンワルツのタイム、プロのレコードタイムと大差ねぇからな? 特化型とはいえ、ハイスクール生徒がプロの実力を備えてるんだからな? これをヤバいって思えない頭は、ある意味で幸せなんだろうよ」
会場は熱狂を通り越し、もはや暴動一歩手前の熱気を醸している。乱れ飛ぶのがポップコーンや食べかけのホットドッグであるのが、唯一の救いだった。
「まだまだお喋りは足りねぇだろうが、そろそろアフタートークの時間だ! なんせ司会の俺達には最終ミーティングの予定が残ってる。十二時の鐘で影山がバケモノに変わらねぇ内に、カボチャの馬車でさっさと引っ込まねぇといけないからな!」
「ナチュラルに人をバケモノ扱いするな」
「おぉ、すまない。百目の友人よ。それでは下々の民へ、ありがたい神託をいただけないだろうか」
「チッ、神格扱いはもっと止めろ。 ……総評だが、双方のアドリブが上手く刺さった試合だったな」
アメリカ人らしい軽口も、どこまでも解説しかしないドライな影山と合わせれば良いエッセンスだ。観客達も会話のボルテージを自然と下げ、話を聞く態勢に移っていく。
「ほいほい。と言うと?」
「俺が指示していたのは、
「そりゃあそうだろうな。もしそんな指示を出していたとしたら、危うく古い友人を児童虐待の罪で警察の厄介にさせちまうところだ」
「茶化すな。そしてロサンゼルスヘイローズのルチアも、スタート時は二機の補助に回っていた。きっとメガテリウムのみは追い抜く算段で、試合を組み立てていたんだろうな」
「けれど、その目論見は早々におじゃんになった」
「そうだ。だからルチアは考えた。生まれたリードをひっくり返す、最適なルートはどこかを」
サポーターの頂点に立ったこともある影山の目は、多くの物を見つけ出す。レース展開一つでランナーの思考を読み解く事など朝飯前だ。
「それがあの寒中水泳ってことかい?」
「あぁ。一レース目におけるロサンゼルスヘイローズは、極端に損傷を嫌っていた。きっとメカニックの腕を考えてだろうな。だが、二レース目の判断は澱みが無かった。事前にある程度はイレギュラーを想定していたんだろう」
「なーるほど! ルチア君は切羽詰まったせいで最適解を生み出した。そんなルチア君の最適解に切羽詰まった叢雲もまた、最適解を生み出したってわけだ! いいねぇ! 戦いの中で成長しているってやつじゃねぇかよ!」
「彼女達が最適解を生み出せたのは、コースが山岳の30であったことも関係しているだろう」
「ん? どういうことだ?」
「山岳の30は環境に抗う
「……そういうことか! 取れる選択肢が少ねぇってことは、考える要素が少ねぇってことでもある!」
「ルチアが逆転のために取れた選択肢は、
「だが、切り捨てる方向性を変えたことで、叢雲はメガテリウムを上位に押し上げた」
「そうだ。だから俺は今回のレースにおいて、双方のアドリブを讃えたいと思う。俺の現役時代を思い出しても、ここまで優れたアドリブは数えるほどしかなかった」
「おいおいおい! ずいぶんと高く買ってくれてるじゃねぇか! まだまだ新芽の学生連中が、アルゴスにお墨付きを貰っている。俺が見る限り、影山のお目々は黒いままだ。こりゃあ最終レースも期待しちまって良いってことだな!?」
「お前の推測通り、現役引退後も見る目を曇らせた覚えはない。 ……そういえば、最終レースは投票によって選ばれたんだったか。大多数の希望に沿えないことを、今の内に謝っておこう」
そう言い終わると影山はロレンツォを置き去りにして、さっさと控室に向かっていってしまった。さしものロレンツォも一瞬ばかりポカンと呆けていたが、影山の言葉を理解して口元を歪ませる。
「……フッ、フフッ、アッハッハッハ! 聞いたかよ、お前ら! どうやら影山の頭の中では、ウチのチームの敗北は決定付けられているらしい! このまま有言を実行されちまったら、俺らを推してくれていた奴らに合わせる顔がねぇよなぁ!?」
ロレンツォの言葉によって、観客達も影山の真意に気が付いたのだろう。口々にそうだ、負けたら承知しねぇなどの発破が飛び、その勢いは大合唱へと繋がっていく。
「ありがとう! ありがとうチームアメリカの同志達! 俺達は負けねぇ! 言われっぱなしにはさせねぇ! この火傷するような声援のお返しに、テメェらを揃ってヴェルダンに仕上げるような熱い勝負を約束するぜ!」
爆発のような声援に吹き飛ばされるが如く、ロレンツォは颯爽と控室を目指して走り抜けていく。
誰も彼もが熱い勝負を期待していた。応援するチームの勝利を信じていた。唯一勝利を望んでいなかったのは、ロサンゼルスヘイローズのコーチたるロレンツォのみ。
誰の視線も無くなったスタッフ専用の通路では、自嘲気な表情のロレンツォの姿があった。
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