見ていられない醜悪さ
「一レース目はやられました」
粉雪がちらつく雪山の中腹。現在そこには六機のリンドブルム達がスタートを待ちわびていた。
言葉を発したのは、平均的なリンドブルムよりいくらか身長の低い機体。一見すると店売りされている一般機と差異が無いように見えるが、その右手には視覚センサーが埋め込まれている。
多角視点情報収集機ウォッチドッグ。操縦するルチアは、マルチタスク能力に秀でたチームの大黒柱である。
「やられたのはこっちもだよ。ルチアちゃん達の動きは、予想以上だった」
言葉を返したのは、ロップイヤー種のウサギを模したかのような特殊な機体。極端な前傾姿勢に、足回りにはこれまたいくつもの特殊な部品。むしろ一般機向けの部品の方が少ないと思えるほどのカスタマイズが施された機体。
傾斜特化型機体ムーンワルツ。操縦する
「無理に褒めようとしなくてもいいです。私達は未熟だった。想像力が足りていなかった。目に見える情報だけで判断を下した結果、大きな負債を背負うことになった」
チラリとルチアの右手が、別の機体へと向けられる。
彼女の視界の先にいたのは、チームメイトであるソフィーが操る機体だった。
身長はルチアの機体と大差は無い。カスタマイズも皆無と言っていいほどで、同じサイズが残っていれば、そのまま店売りの機体を流用してもいいほどだ。
むしろ、それが出来たらどれほど良かっただろうか。今、この機体には腕が存在しない。
脚部を切り捨てた操のメガテリウムのように、腕部を切り捨てたわけでは決して無い。チームの勝利のために、彼女の両腕は失われたのだ。
一応腕部には応急処置として、腕の長さに等しい鉄芯が埋め込まれている。しかし、こんな急ごしらえでは二本の杖として用いるのがせいぜいだ。
本物の腕とは重さも違う、可動域も違う、指なんてものは存在しない。仮初の身体とはいえ、あまりにも不自由を強いられてしまっている。
もちろんリンドブルムを操縦している関係上、ルチアの表情は伺い知れない。けれども、声音だけでも彼女が後悔していることはハッキリと分かった。
チームにはそれぞれの色がある。彼女達の間柄を考えるに、決してソフィーに無理強いしたわけでは無いのだろう。いや、だからこそルチアは己を責めているのだ。叱咤しているのだ。これ以上、自分のせいで仲間達に負担をかけぬために。
「ルチアちゃん、その、ね」
そんなルチアに、兎羽は何とか声をかけようと言葉を絞り出す。しかし、元々口が上手いわけでも無い兎羽だ。具体的な形を成すことは無く、吐き出された言葉は音として消費されていく。
「いいです。同情なんて望んでませんから。いえ、あんな酷い因縁を付けた私にさえ、優しくしてくれた皆さんです。私が話を切り出してしまった事が、そもそも間違いでした」
「そんなことは……!」
なおも言葉を紡ごうとした兎羽だったが、不意に脚部を誰かに叩かれた。視線を向けてみると、そこには一本の長い腕。
「そろそろスタート。兎羽、予定通りに持ち上げて」
「あっ、ああっ! そ、そうでしたねっ! すっかり忘れてました」
「ん、いい。それより、そこの金髪チビ」
おっかなびっくりで積もり始めた雪から掘り出されたメガテリウムは、そのまま長い腕をルチアに向けて指差すように伸ばす。
「はっ? ……まさか私のこと!?」
大して身長が変わらない操に、低身長呼ばわりされたことが信じられなかったのだろう。それまでの悲壮感はどこかに消え去り、ただただ困惑の声音だけが浮き上がる。
「他に誰がいる。さっきのインターバルを終えてから、一つだけ言いたいことがあった」
「……なんです?」
一言分の間が置かれたことで、頭を冷やす時間が生まれたのだろう。警戒からか声は一段低くなり、それでも教育の賜物か敬語だけは使われている。
「負担を背負い込むことだけがチームじゃない。時には友情が粉々に壊れたとしても、通さなきゃいけない言葉がある」
「……そんなものはありません」
「ある。まぁ、別にそのチームに愛着が無いのなら言わなくていい」
「っ!」
「今回は個人的にムカついたから、私が言ってやる。だけど、腐ったリンゴは早々に切り落とすべき。じゃなきゃ枝全体が腐り落ちる」
「誰が! 私のチームに腐ったリンゴなんか!」
「ちょっ、ちょっと、操先輩!?」
激高するルチアと突然の罵倒に慌てだす兎羽。無理矢理振り向かせると腕部が当たってしまうため、訂正させようと兎羽はブンブンと上下に操を揺り動かす。
「おぼっ、兎羽、この、マヌケ。私はランナーメインじゃない。こんな動きさせられたら、強制リタイアに……」
「わあぁぁ!? ごめんなさい! で、でも! 操先輩も謝るべきですよ。ホラッ!」
兎羽に抱えられているせいで、そのままルチアの目の前に突き出される操。だが、声は出さずとも、先ほどの会話でお互いの心証が血の底に落ちたことは兎羽でもよく分かった。
「謝る気は無い。事実を言ったまで」
「散々思ってることを口に出した後に謝られても、ポーズにしか感じません! こっちから願い下げですよ! 元々このレースは捨て試合です! せいぜい三レース目まで、勝利の余韻に浸っていればいい!」
捨て台詞を残し、スタートラインに向き直るルチア。しかし、操の方は会話を終える気が無かったらしい。
「捨て試合? 好きにすると良い。ただ、先に言っておく。この世には良い負け方と悪い負け方の二種類がある。どんな負け方を想定しているかは知らない。けど、その想定の数倍を覚悟していないと、悪い負け方に傾くことになる」
「……」
ルチアが操へ言い返すことは無かった。だが、兎羽は彼女からどす黒いオーラのような物が湧き出るのを空見した。
「ん、これで十分。兎羽、準備をっ、おぼっ!?」
「準備じゃないですよ! なんで! なんであんなことを! 操先輩だってあんな挑発をされたら嫌になりませんか! 選手によっては挑発で
言いたいことは言い切ったとばかりに、兎羽へ準備を持ち掛ける操。しかし、ファン論争一つ取っても過激な意見に真っ向から対立していた兎羽だ。レース前に行われる挑発を許せるわけがない。
矢継ぎ早に抗議を行い、それと共に操を上下左右に振り回す。
「ふぐっ!? ばっ! 兎羽のバカっ……! だから、その動きはNGを出した……!」
「そもそも、プロの試合で熱狂を分けていただいているのはこちら側なんです! そんな相手を自チームのためとはいえ、
「兎羽ちゃん! やりすぎ! やりすぎだよ! 操先輩強制送還されちゃってる!」
「……」
唐突に入った夜見からの通信で、我に返った兎羽。
抱えたメガテリウムに目を向けてみれば、ぐったりとした様子で全身から力が抜けていることがよく分かる。操の操縦が無くなったために当然であるのだが、この光景は兎羽にやりすぎを自覚させるには十分だった。
「ごめんなさい! 操センパアァァァイ!」
操のダイブ酔いとコースのリセット。それら諸々の調整によって、レース開始は十五分の遅れを擁することになった。
夜見の尽力によって叢雲学園にペナルティが課されなかったのは、不幸中の幸いと言えた。
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