仮面の司会者による陽気な盛り上げ

「さぁて! 待ち焦がれてミイラになった奴はいねぇよな? もし隣の奴がカピカピに乾いてやがったら、悪いがミネラルウォーターをぶちまけてやってくれ! おっと、もちろんやせぎすで死神のお迎え待ちの爺さんと見間違わねぇようにな!」


 壇上のロレンツォが放った開口一番のアメリカンジョークに、ガハハと豪快な笑いが飛ぶ。海上層の観戦席は、すでに九割方が着席済みだ。残りの観客連中も、今頃大慌てで席に向かっているだろう。


 アメリカリンドブルムレースOB会の会場で行われたエキシビジョンマッチの第一レース。それは多くの観客のハートを掴んで離さない熱烈な試合展開だった。


 カウンターコースであわや逆転負け。それでも一位を死守したロサンゼルスヘイローズに多くの賞賛の声が送られている。もちろん当人達に届いていないことは把握している。


 彼らの声援は期待のあらわれだ。もっと楽しくなるように。もっと熱狂的なレースが続くように。本人達に届いているかは関係ない。プロ時代を思わせるような本気の戦い。その燃え上がるような熱に共感したいだけなのだから。


「おっと観客共へのリップサービスももちろんだが、愛しの影山コーチからもありがたいお言葉を貰っとかないとな!」


「なにが愛しのだ」


「細かいことは気にすんなよ。そんで、どうだ? 勝算のほどは」


「十中八九、こちらが勝つ」


「フゥー! 聞いたかよ! お得意の影山節だ! 待て待て! ブーイングはごもっともだが、ピザの切れ端を手裏剣にすんじゃねぇよ! 本場の忍者からリアルシュリケンを飛ばされても、文句は言えねぇぞ!」


「誰が忍者だ」


「ハイハイ。忍者が自分のことを忍者なんて言うわけねぇよな。それでだ。解説の方も頼めるかい」


「チッ、いきなり素面しらふに戻りやがって。まぁいい。こちらが指定した山岳の30は、経験がモノを言う暗記コースだ」


「というと?」


「山頂から吹きすさぶ猛吹雪は、目測と移動感覚を狂わせる。おまけに地面は雪で覆われ、凹凸の有無すら容易には分からない。本来の大会形式であるなら、一週間を練習に費やす必要があるほど走破が難しいコースだ」


「なるほどな! だが、コースを指定してから練習時間が無かったのは一緒のはず。それなら勝負は五分五分で数えられるはずじゃないか?」


「あいにくこちらには、山岳コースを愛した特化型ランナーがいる。今回も自分のサポートは一切必要無いから、浮いたリソースを他へ回せと言い切った」


 影山の言葉に、観客からは感嘆の声が上がる。


 ここにいる観客達も約半数が元ランナーだ。そしてOB会に呼ばれるほどの実力者であれば、長年プロを経験し、山岳の30を走ったことがある者がほとんど。


 山岳の30を知る彼らだからこそ、兎羽とわの言葉に驚きを隠せない。そして、彼女の操縦技術を知っているからこそ、それが妄言や大言壮語では無い事が分かっていた。


「い~い挑発だ! あまりに効果的過ぎて、元気だった観客達が黙り込んじまってる! だが、盛り上げ役としてはそんな事態は見過ごせねぇ。そんなわけで、もう一つ質問だ。温暖な気候に住むナマケモノには、この猛吹雪は厳しすぎるんじゃあないかい?」


 ロレンツォの言葉に、そうだそうだとヤジが飛ぶ。


 ナマケモノとはみさおの操縦するメガテリウムのことを指しているのだろう。確かにこの猛吹雪の中、足という支えが存在しない彼女の機体は早々に吹き飛んでしまう可能性がある。


 加えて、長い爪を引っ掛けられる場所は雪に埋もれた地面しかなく、掘り進めなどしたら、時間がいくつあっても足りはしない。


 さらに、山岳の30は吹雪が吹きすさぶ都合上、時間をかければかけるほどに積雪が進んでいく。いくらリンドブルムと言えども、腰まで雪に沈んでしまえばまともに動くことは出来なくなる。


 これらの理由もあって、ロレンツォはメガテリウムの性能にケチを付けたのだ。確かに、それは正論であり、ある意味事実でもあるのだろう。


「お前が想像出来る運用法では、きっとメガテリウムはゴール出来ないだろう」


「あっ? それはどういう_」


「トランプの一枚一枚がゲームによってその強さを変えるように、カードは運用次第で切り札にも捨て札にもなり得るということだ」


「……ほう! ほうほうほう! つまり、そういうわけだ。アルゴス様はこれまた奇想天外な作戦によって、俺達を混乱の渦に巻き込もうってわけだ!」


「予測出来ない試合が好きなんだろう? なら、思惑通りに楽しめるだろうな」


 その言葉を聞いた瞬間の観客は二分された。負けが確定したかのようにブーイングをする者と、純粋にレースの楽しみが増して歓声を上げる者に。


「やってくれたぜ! これこそが影山! アメリカに降り注いだ恐怖の大王様だ! こいつの大口に挑みかかった奴は、その多くがパクリと一呑みされていった! 悪いが今回ばかりはウチのチームの分が悪そうだ。今の内に第三レースの作戦を考えてやらねぇと……」


 あきらめたかのようなロレンツォの態度に、八割方の観客が笑いを上げる。残された二割は身に覚えがあるのだろう。待ち望んだレース寸前というのに、苦虫を噛み潰したかのような態度を取っていた。


「くだらん茶番は止めろ。レースが始まるぞ」


「おっと、あまりに辛い現実を受け止められず、心が壊れちまってたらしい。だが、偶然なことに俺の家名はルナハート。その名の通り、月光の光を浴びれば砕けたハートもこの通りだ!」


「月光なんぞ、夕日の光で消し飛んでるだろ」


 昼から始まった一レースを終え、ミーティングを済ませた今の時間はちょうど夕刻。周囲を真っ赤に照らす夕日のせいで、月光どころか月そのものもどこにあるかすら分からない。


「……細かい事は気にすんな! さぁて、いよいよ第二レースの開幕だ!」


 ロレンツォの掛け声と共に、スタートコールが響き渡る。


 エキシビジョンマッチ第二レースの幕が上がった。 

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