煌めく太陽
「はぁ~……。やっぱダメだったダメだった。そもそも普段の時間ですら整備時間が足りてないのに、二時間で修繕とか無理言うなっての!
グチグチと文句を垂れながら廊下を進むのは、ロサンゼルスヘイローズルチア班のメカニックであるディオル。二時間という整備時間をギリギリまで使い、やっとのことでチームへの合流を果たそうとしていた。
ロサンゼルスヘイローズは、先ほどのレースで両腕が大破した機体が存在した。機体のクリーニングだけで済んだ叢雲と比べれば、時間がかかるのは仕方ないと思う人もいるだろう。
しかし、ディオルは機体の修繕が間に合わなかった。それどころか、大破したソフィーの機体はほとんどそのままで捨て置かれていた。
実際に機体を見れば、感覚センサーが搭載された鉄芯を腕部に差し込むことで最低限の修繕がされていることは分かる。だが、そこまでだ。鉄の棒では何も掴めないし、鉄の棒では走る時の重心移動すら苦心する。
通常こんなお粗末な修繕しか出来ないのは、ソフィーの機体修繕を後回しにしたか、彼女そのものに思う所がある場合しかあり得ない。ならばそれが真実なのかというと、そうではない。
ディオルは彼女なりの本気で修繕を行ったが、ここまでしか修繕が終わらなかったのだ。
「レースが激しいってのは分かる。勝つために無茶しなきゃいけない時があるってのも分かる。でもさ、それでも丹精込めて作り上げた機体が無残な姿で帰ってくれば、思う所があるわけですよ」
ディオルの腕を例えるとすれば、中の中、平々凡々という言葉が良く似合う。
確かに修繕技術はお粗末な物だ。時には才能ある初心者以下の修繕をする時すらままある。しかし、それを上回るほどの設計技術がディオルにはあるのだ。
昔からロボットアニメが好きだった。特に好きなのは主人公機。並居る敵機をバッタバッタとなぎ倒し、一つの被弾すら許さず
そんな幼少期だったこともあり、地元のリンドブルムレースクラブであるロサンゼルスヘイローズに即加入。晴れてルチア班のメカニックとなり、ロボットを作り上げる権利を得たのだ。
リンドブルムを組み上げる技術と熱意は、他のメカニックと比べても並々ならぬ物があるのだろう。けれども、彼女が作り上げることを望むのは、損傷しないし被弾もしない主人公機。
そんな理想を形にした愛機が無残な姿で帰ってくると、ディオルのやる気は急激に失われてしまう。試合の展開で逃れようが無かった被弾があることは分かる。勝利のために損傷が必要な場面があることは分かる。
だがしかし、それとこれとは話が別なのだ。
「ソフィーなら動けば文句は言わないだろうけど、一応謝りは入れておかなきゃね」
これだけふざけた態度を取ってるにも関わらず、チームメンバーに怒られる事はほとんどない。一度エメリーと取っ組み合いの喧嘩まで発展したことはあったが、不和を嫌うルチアの仲裁でなぁなぁに終わってしまった。
そんな顛末もあり、ディオルの整備はお粗末なまま。エメリー以外に強く言ってくる相手もいなかったせいで、態度を改めたりはしなかった。
「けど、そろそろ潮時なんだろうな~……」
チームコーチのロレンツォによる班の解体宣言。それが広布されたのは突然だった。いや、ディオルが突然と思うだけで、実際には小さな不満の積み重ねが存在したのだと思う。
「性格がレースに向いていないソフィー、喧嘩っ早過ぎるエメリー、楽観主義が過ぎるアローラ、そしてやる気が感じられない私。四人揃ってルチアの足を引っ張ってるのは分かってた。愛娘を置いておくには、最悪の環境だよね」
ルチアがいないとこのチームはまとまらないが、このチームがなくてもルチアは輝く事が出来る。
きっとロレンツォは、現在エキシビジョンマッチで争っている叢雲学園へと娘を移籍させたいのだろう。
少々ピーキーだが、選択コース次第で確勝が出来る特化型ランナー。安定感があり、役割を遂行する大切さを理解しているもう一人のランナー。影こそ薄いが、与えられた仕事はきっちりとこなすサポーター。
そして当日までに特化型機体を組み上げ、ランナーとしてポイント獲得に貢献し、修繕も完璧にこなしてみせたメカニック。
力の差を痛感した。別れ際に向けられた冷めた目。一瞬怒りが湧いたが、それもそうかと納得してしまった自分もいた。
勝負を半分投げ出しているような奴がいるのだ。ロレンツォだって、娘のために移籍を進めるのは当然だろう。
「なぁ~んでこうなっちゃったかね。昔はもっと、思い思いに機体を走らせて、大破された時は大喧嘩して。それでも次の日には仲直り出来て。なぜかいつの間にか、皆が我慢するようになっちゃった」
チーム結成から数年までは本当に楽しかった。
大敗が当たり前だったし、だからこそ勝てた時の喜びはひとしおだった。けれどもいつの間にか、皆が勝利に貪欲になった。勝てて嬉しいが、勝たなきゃいけないに変わった。
「……な~に独り言の癖に誤魔化してんだ私。分かってるよ。ルチアに才能があって、私達には特段才能が無かったからでしょ」
才能とは太陽だ。多くの者を暖かく照らす一方で、近すぎると肌を焼き焦がす凶器へと変わる。それでも近くにいることを願うのなら、同じ程の才能を発揮するか、日差しを遮るための技術が必要なのだ。
このチームには、ルチアと同等の太陽はいない。ルチアの日差しに耐えられるだけの技術も無い。
だから苦しい。ルチアと一緒にいる時間は、太陽に焼き焦がされている時間と変わらないのだから。
「ルチアは離れたくないって言ってくれてるけど、そのせいでお父さんとの関係が悪化してしまってる。でもね、ルチア。私はロレンツォコーチが正しいと思うよ」
解散宣言に対し、ルチアは猛反発した。そしてロレンツォの強行を逆手に取り、自身も強行策を提案した。弱いチームだと断じて解散を宣言するのなら、次のレースはどんな相手であろうと絶対に勝利する。そして勝利したのなら、今後解散宣言は行わせないと約束させたのだ。
ルチアがチームを大事に思ってくれているのは嬉しい。だが娘との不和に繋がろうとも、ロレンツォが強行した解散宣言は正しかったのだとディオルは思う。きっとそれが無ければ、自分達はルチアの才能に押し潰されていた。もしくは無茶をしたルチアが潰れてしまっていた。
「ルチアの代わりに誰か入るのかな~、それとも皆バラバラで一からスタートなのかな~……」
ルチアのいないルチア班は、きっと苦境に立たされることとなる。なんせ下手に勝利の味を覚えてしまっているのだ。そこから大負けの時代に逆戻りしては、チームは荒れる。それどころか空中分解すらあり得る。
けれど一から別の班に組み込んで貰った所で、結果はほとんど変わるまい。自分達は全米四位の肩書を持っている。他のメンバーは多くを期待するに違いない。そして走ってみて実感するのだ。期待は大きければ大きいほど、落胆も大きくなる。
「ま、居辛くなったらメカニックには他の選択肢もあるからね~。いっそのこと、美術路線に進むのもありかな~。最近は小衛星を丸ごとアトリエとして公開する美術展もあるらしいし」
他のポジションと違って、メカニックは潰しが利く。別の憑依型スポーツに鞍替えする事も出来るし、動かないことを我慢さえすれば、機体設計の知識を活かして芸術路線に進むことさえ可能だ。
「身の振り方も考えておかなきゃな~……って、うん? 皆、こんなところでどうしたのさ?」
見るとチームメンバー達が、待合室の中では無く廊下の前に集合していた。次レースの作戦会議はとっくの昔に終わっているだろうし、休憩にしたってこんな休まらない場所では意味が無かろう。
「あっ、ディオル。待ってたわ」
「待ってた? 私を?」
メンバーを代表してルチアが話しかけてきたが、その理由がディオルには分からない。
機体の修繕状況ならこれから話すつもりだったし、自分に言いたいことがあるなら、ルチアはこんな吊るし上げのようなことは行わずにマンツーマンで話をする。
どれだけ考えても、やはり会話の内容が思いつかなかった。
「ごめんなさい!」
「うぇ!? えぇっ!? 何が!? 何の!?」
いきなり謝りだすルチアに、同調して頭を下げるメンバー達。
謝っている事は分かる。だがしかし、謝られる心当たりが全く無い。むしろ謝るべきは、まともに機体の修繕が出来なかった自分の方だというのに。
そんな見当外れのことを考えるディオルを置いてけぼりにして、話はどんどん進んでいく。
「次の試合、勝つためには無茶をしないといけないの! でも、この無茶を実行に移してしまうと、ほぼ確実に機体が損傷してしまう。あなたが機体の損傷を面白く思っていないのは分かってる。でも、勝つために必要な事なの!」
「い、いや、面白く思ってないのは本当だけどさ。私だって、勝利に必要な犠牲があるのは分かってるよ。っていうか、そもそも次の試合は捨て試合でしょ? 何でわざわざ無茶する必要があるの?」
困惑しながらも、何とか己の意見を述べるディオル。だが、続くルチアの発言は、彼女の困惑をより強めることとなった。
「ロレンツォコーチから意見を貰ったの。あのメカニックの機体。きっと別の活用法が隠されているはずだって」
「あんなに邪険にしてたのに意見を? そもそも活用法って……」
思い出すのは腕ばかりがやたらと長い奇怪な姿をした特化型機体。確かにあんな小さな足ではまともに走る事は困難だろうが、それこそ移動方法が腕に頼っていただけだろう。
考えすぎだ。あれだけ敵視していたロレンツォに意見を求めたことも含め、落ち着いた方がいいとルチアをなだめようとした。
「考えすぎかもしれない。ロレンツォコーチの見当違いかもしれない。けど、一レース目は私のミスでチームを敗退に導く所だった! たった一つのミスで全てを崩壊させる所だった! だから、だからごめんなさい! 私は、私は、絶対に負けたくないの!」
「ルチア……」
キリリと澄んだブルーの瞳に、長く美しく伸びた金髪のツインテール。その真摯な表情はどこまでもチームの存続を考えており、ワガママな自分にさえも頭を下げる覚悟を見せた。
「……大丈夫だよ。機体の損傷なんて慣れっこだから」
そう言うと、パァッと明るい表情が咲いた。
その笑顔を見て、ディオルは負けた想定を軽々しく妄想していたことを猛省した。同時に、あまりにも眩しい太陽に焼き焦がされる自分を妄想した。
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