叢雲に生まれし第二の特化型

「ほ~ん。なら、今の部室はお祭り状態ってわけだ」


 いつぞや兎羽とわとのタイマンを繰り広げた別館ホール。その中央に堂々と鎮座するリングに寄り掛かりながら、直美は隣でいつもの様に機械いじりを行っているみさおへ話しかけた。


「お祭りなのは兎羽だけ。私達にとっては珍獣の檻にぶち込まれたようなもの。はしゃぎすぎて埒が明かなかったから、夜見よみかげセンは視聴覚室でサポート練習。私も壊されたら非常に困る機器だけ持ち出してきた」


「その光景が容易に想像出来るようになったのは、私も順調に毒されていってるせいかね」


「……少なくとも、前よりは何倍もマシ。最近の直美は教師のウケも良いから」


「そんなら補修の量をちっとは減らしてくれたって、罰は当たらないと思うんだけどな」


 最近の直美は、部活へ参加する時間が他のメンバーよりも遅くなっていた。


 その理由は補修に参加していたため。これまで彼女は学校への反抗や体調不良などのせいで、授業は休みがち、仮に参加していてもほとんどを聞き流していた。


 けれどブロッサムカップ出場によって、勝負事の楽しさを思い出した。続く部員不足によって、自分の評価を部活の評価に繋げるわけにはいかないと奮起した。


 今の直美は、病気をわずらう以前の彼女に戻りつつあったのだ。


「何事も積み重ね。散々溜め込んだ負債を吐き出すには、一カ月程度の心機一転じゃ吊り合わないってこと」


「……ごもっとも。まっ、恥も体調不良もかなぐり捨てて謝罪したおかげで、露骨に避けられる機会は減ったんだ。何事も一歩ずつだな」


「その意気」


 避けようのない用事でも無い限り、クラスで直美に話しかけてくる相手はいない。しかし、迷惑をかけた相手に面と向かって謝ったおかげか、自分を見つめる視線に険が減ったことは実感していた。


 後は徐々に話しかける機会を自分から作っていき、三年は無理でも、操の伝手つてで二年の部員を確保出来ればと考えていた。まあどうやら、その目論見は日の目を見ることは無さそうだが。


「さっきからいじってるパーツ。それも新入部員確保のための物か?」


「大体そんな感じ」


 週末にリンドブルムレースの試合が予定されていることは操から聞かされた。その勝敗次第で、部員の確保が叶うことも。


 そして、直美と操は長い付き合いだ。お互いの感情の機微には詳しいのもちろん、それぞれが普段何気なく行っている事にも目端が利く。


 リング上で無造作に広げられた各種リンドブルムのパーツ。それらが直美の愛機テンカウントにも、兎羽の愛機ムーンワルツにも使われていない規格のパーツであることはすぐに分かった。


「まさか、?」


「影センに頼まれた。先方は平等なゲームをお望みだって」


「……ざけんな。だったら先方様とやらが、一枚落とせば済む話じゃねぇか。メカニックにランナーをやらせるなんて、何考えてやがる」


 直美は顔も知らぬ影山の古馴染みとやらに、静かに怒った。


 それは、彼女が任せられたポジションというものに人一倍責任感を持って当たっていたからであり、同時に操の操縦技術を把握してたからであった。


「……頭数で参加してくれればいい。スタートに突っ立ってくれてるだけで十分だ」


 操の操縦技術を評価するならば、下の上が妥当といった所だろう。リンドブルムに搭乗は出来る。注意すれば、どんな地形も歩かせることは可能だ。しかし、そこまでだ。


 メカニックは時に、整備のためにリンドブルムへダイブすることもある。センサーがはっきりと機能しているかどうか、カメラ機能に異常が無いかどうかは、乗っている本人にしか分からないからだ。


 下手をすればランナー以上にダイブと帰還を繰り返している関係上、ダイブ酔いによって強制解除されることはあるまい。けれども、それは所詮リンドブルムに搭乗しているだけだ。実際に走る、跳ぶ、登るとなれば、文字通り話が変わってくる。


 機体をどれだけ実際の肉体に近付けたところで、操る感覚は全く別物だ。そしてその感覚を克服するためには、練習を重ねるしかない。操には、この練習時間というものが圧倒的に足りていなかったのだ。


 経験という習得に時間が必須な技能が問題である都合上、操の負担を考えても直美の意見が最もだったはずだ。しかし、当の彼女はここで首を縦には振らなかった。


「それだと二人で参加しているのと変わらない。影センもこれ以上の人数不足によるポイント負けは、必ず尾を引くって言ってた」


「バッカ! それでレース中に大破なんてしてみろ、ショックで工具一つ持てなくなるかもしれねぇんだぞ!」


 リンドブルムの感覚センサーには、痛覚機能は搭載されていない。そのため痛みによって機体から強制解除されることは無いのだが、裏を返せば他のあらゆる感覚は、強制解除される寸前まで味わうことになる。


 足がもげれば本当に足が失われたかのような喪失感を味わうことになるし、頭が潰れればショックで病院送りになる選手もいる。


 今回ランナーを任される操の本業はメカニック。もし、レース中に手や腕が粉々にでもなったりしたら、レース後の本業にすら支障をきたす可能性があるかもしれない。もしかしたら、その不調は長期間続くかもしれない。


 自らが故障によって夢を絶たれた直美にとって、相棒がそんな苦痛の道を歩む可能性は断固として受け入れ難かった。


 自身のトラウマと純粋な心配。この二つの柱で操の参加を留めようとしていた直美だったが、操はいつもと変わらない様子でこう答える。


「大丈夫、影センに言われた時から対策を考えていた」


「対策……? そんなのいくら考えた所で、相手の動き、選択されたコース、夜見のサポートでレースはいくらでも姿を変える。全部を潰し切るのは不可能だろ」


「それは真っ当にレースへ挑んだ時の話」


「そう言うなら、邪道な対策ってことか? けど、何度も言う様に、当日まで誰と走るか、どこを走るかは分からねぇんだ。そうなると対策出来るのなんて機体性能だけになる。でも、それにしたって規格から大きく外すには特化型にするし……か!?」


 直美は思い出した。この会話の始まりが、操のいじっていたパーツに興味を持ったところから始まったことを。そして気付いた。自分が身に覚えの無いパーツなんて、それこそ特化型でしか使われることが無い事を。


「正解。授業でもそれくらい察しが良ければ、望んだ通り補修も減らして貰えそう」


「茶化してる場合か! 分かってんのか!? 特化型だぞ、特化型! ウチには兎羽がいるせいで霞んじまってるが、本来ならプロですら滅多にお目にかかれない代物なんだぞ!」


 当たり前の話であるが、特化型は一般の機体以上に習熟に時間がかかる。それも時間をかけて習熟出来れば御の字、多くは競技レベルまで辿り着けないといった難易度なのだ。


 それをほとんどペーパーのランナーが操縦する。馬鹿げている。そんなことが出来るのなら、今頃プロの試合は選択コースごとに様々な特化型機体が入り乱れる、混沌としたスポーツになっているだろう。


 影山から頼まれたプレッシャーによって、分の悪い賭け走ってしまった。そう確信した直美は急いで操を正気に戻そうとブンブン肩を揺さぶったが、返ってきたのは仕事の邪魔をするなと、あまりにも正気の瞳で睨まれただけだった。


「心配しなくても、私は正気」


「けど、特化型なんて_」


「話は最後まで聞け。特化型と言っても、内情は千差万別。兎羽や高鍋のランナーみたいなハイリスクハイリターンな機体はもちろん、例えばレースに合わせて各部パーツを少しいじっただけの機体だって特化型と言えなくも無い」


「いや、それだと結局、経験が_」


は最後まで聞け、ファッションヤンキー」


「ばっ! だ、誰がだ!」


「まともに勝負しては経験が足りない。かといって、まともじゃない土俵で勝負をしても、やっぱり経験が足りていない。だから逆転の発想。そもそも勝負をしなければ良い」


「はい?」


「組み上げるのは妥協の産物。必要最低限のパーツを残してコストカット。走行にも特別なシステムを導入する。そうすれば注意が必要なのは、せいぜい重心の制御のみ。ただその分、純粋な機体性能はポンコツ寸前になるから直美達の負担は増す。申し訳ないけど、そこは必要経費と思って欲しい」


「う、ん……と? それなら、上手くいく、のか?」


 矢継ぎ早に情報を叩き込まれたせいか、いまいち直美の頭には、操が搭乗する機体の完成図が予想出来ていない。


 ただしこの時直美は、あまりにも自信満々に操から説明を受けた。そして、彼女は長年に渡って機体の整備を操に一任していた。理解出来ない説明と今までの実績。その二つを天秤にかけた結果、彼女の頭は操の言うことだから大丈夫かという結論に落ち着いた。


 要するに、操に丸め込まれたのだ。


「納得してもらえた様で良かった。この後、試合用にテンカウントの改修も行うから、今日のところは搭乗訓練を控えて欲しい」


「んん? あっ、あぁ。別に必要なことなんなら構わねんだけど、どんな改修をするんだ?」


 未だに直美の頭はパンク気味だが、愛機の名前を聞いたおかげで、辛うじてその質問が閃いた。


「大したことじゃない。ただ、


「なるほどなるほど……チョットマテ」


 そこから始まった直美と操の大激論は、下校時刻まで終わることは無かった。

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