私のレースは始まったばかり

 夕暮れの西之島から眺める夕焼けは、遮るものが何もないこともあり、輝く深紅をこれでもかと水面に反射させている。


 その大自然の雄大さを一心に浴びながら、兎羽とわは一人遠くを眺めていた。


「ここにいたか」


 背後から響く男の声。ここ二週間散々聞いた声だ。振り返り確認する必要もない。


「ちょっと、黄昏ちゃってました」


「別に悪いことじゃない。戦いの後は休息も必要だ」


 激闘の第三レース。その勝者は雪屋ゆきやだった。


 序盤に妨害こそ入ったが、その総合力の高さで、兎羽とつぐみが走り出した頃には山道の三分の一を走破していたのだ。


 最終的にこのリードが決定的な差となって、雪屋の霧華きりかが最初にゴールラインを走り抜けたのだ。


「雪屋の総合力は流石としか言えません。 ……けど、やっぱり悔しいです」


 その後にゴールを果たした兎羽と鶫は、全くの同着。二位と三位にポイント差があるわけでもないため、そのまま同率の二位となった。


 それから流れること二分ほど。雪屋のかすみが五位に。続いて八位に高鍋たかなべまいが、二十二位に雪屋のみぞれが、二十八位に直美なおみが。そこからさらにおくれること十数分。三十七位で百恵ももえがゴールをし、結果が決まった。


 一位通過は40ポイントで雪屋大付属。名門の名に恥じない圧倒的なポイントだった。


 続いて二位には高鍋電子工業。合計は27ポイント。三位とはたったの一ポイント差の二位であり、半壊の機体でレースに出場し、それでもゴールをくぐって見せた百恵の執念の勝利と言えた。


 そして三位に叢雲学園。合計は26ポイント。最後に兎羽が勝利出来ていれば、あるいは直美が二十五位以内でゴール出来ていれば、結果はまだ分からなかった。


 黄昏ていると言っていたが、きっと兎羽は気持ちに整理を付けていたのだろう。初めての大会、初めてのチーム戦、そして初めての敗北。


 どれもたった一人では経験出来なかったことだ。かけがえのない経験だ。しかし、一方で彼女が吐露したように、悔しさが募るのも事実だ。


 ランナーを一人欠いたチームで、予選通過まで一ポイント差、たったの一ポイント差まで迫ったのだ。その事実を受け止めれば受け止めるほど、悔しさが後から後からあふれてきた。


「先生。私達はどうやれば勝てたと思いましたか?」


 意味の無い質問だ。けれども、これから前に進んでいくためには、飲み下さなければいけない疑問でもあった。


「簡単だ。ランナーと経験。その二つが揃っていれば、お前達は優勝争いに加われただろう」


「酷いですよ。どっちも間に合わなかったものじゃないですか」


 兎羽が唇を尖らせながら、苦笑いをする。


「だからだ。次に目指すべき目標を明確にするのは、チームスポーツで一番大切だ」


「先生?」


「思い出に浸るのは、全てが終わってからにしろ。夏季大会はすぐそこまで迫っているんだからな」


「あっ……」


 そうだ。自分はすっかり、この大会で満足してしまっていた。


 けれど、影山の言う通り、時なんて一瞬で流れていくのだ。この部活に足りないものは、まだまだたくさんあるんだから。


「お前が皆を導いたんだ。お前が皆に夢を見せたんだ。目標は優勝なんだろう? ほら、チームメイトが待ってるぞ」


「えっ? あっ!」


 振り返ってみれば、直美が、みさおが、そして夜見よみが、こちらへ向けて手を振っている。早く来いと言わんばかりに。


「週明けの練習は、放課後の十六時半からだ。チームメイトにも伝えておけ」


「はい!」


 そう言うと、兎羽は手を振りながら、笑顔で駆け出すのだった。




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追記

 多くの方々のご評価と声援をいただけたため、カクヨムコン開催に合わせて二章の毎日投稿を開始したいと思います。


 新たに始まる兎羽達の活躍を、楽しんでいただけたら幸いです。

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