決着

「ゴールラインたなびく中腹の山小屋! 誰よりも早くこのラインを走り抜ける栄冠を掴まんと、今三機のリンドブルム達が疾走しております! 牛久うしくさん! このデッドヒートは予想できましたか!?」


「まさか。一レース目の戦術ゆえに、その後のレースで苦労を重ねた雪屋ゆきや。リンドブルム一機の大破や続くいざこざなど話題に事欠かなかった高鍋たかなべ。そして、技術と努力の結晶、叢雲むらくも。どこが勝ってもおかしくありません」


「まったくです! おっと! ここで一番にゴールへと顔を覗かせたのは雪屋だ! 序盤に得た有利を基に、堅実にゴールへと向かっていきます!」


「あぁ。けど、流石に無理はしているようです。多少の岩にぶつかるのは承知で、まっすぐにゴールを目指しています。これは操縦者の執念と言えるでしょう」


「本当です! リンドブルムですので操縦者の武源ぶげん選手の表情は分かりません。しかし、あの機体からは執念を感じる! 絶対に勝利してやるという強い気持ちが伝わってくる!」


「……来ましたね」


「おおっと! ここで飛び出して来たのは二機の環境特化型。叢雲むらくも香月かがち選手と高鍋たかなべ千鵺せんや選手! 一方は大きく跳び跳ねながら、一方は細い体躯を活かして岩々をすり抜けながら、武源選手を猛追してくる!」


「これは…… どうだ? いや、本当に同タイミングのゴールになりそうだ」


「なんと!? いや、本当だ! ぐんぐん、ぐんぐんと二機が迫ってくる! 隣のライバルと前を走る機体をぶち抜いてやると迫ってくる! どうだ!? どうなるんだ!?」


「……どうだ?」


「走る。走る走る走る! 追いつかんと! 追い越さんと! 必死に懸命に走る! これが、これが予選の風景だというのか! これよりも熱い戦いは果たして起きるのか! チームを背負い、プライドを背負い、今、三機一斉にゴールを果たしましたあぁぁぁ!」



「もう! 最後の最後まで遊びまわって! あの後、あんたのリンドブルムの惨状を見て、ひなが泡吹いて倒れたんだから!」


「えっ、雛姉ってカニさんの物真似できたんだ! いいな~! 私も見たかった~!」


「そういうことじゃない!」


 予選終了後、鶫は一躍有名人となった。


 史上初の変形型リンドブルム。性格にこそ難ありだが、機体性能を十全に活かすその才能は申し分ない。


 予選が終わった途端に鳴り響いた金橋の端末。それは今もひっきりなしに鳴り続けている。


 それだけ多くの人間の度肝を抜いたのだ。金橋のように才能に魅入られたのだ。今や鶫は地方の弱小チームのランナーではない。


 プロチームのスカウトマンが挨拶に来るような、天才ランナーへと変化していたのだ。


「ねぇねぇ、百姉。こんだけ名刺をもらっても、何をすればいいのかさっぱりだよ。ねぇ、今からメンコしない?」


「絶対に止めなさいよ! もしやったら、ゲンコツだから!」


「うげっ、なら止めとく~」


 有名人になったというのに、鶫の態度に変化は無い。気の向くままに遊びに走り、気の向くままに騒動を起こす幼馴染そのままだ。


 けれど、世間が放っておくは別の話。むしろ試合数を重ねるたびに、注目度はどんどんと上昇していくだろう。


 なんせ、彼女が金橋に作成を依頼したリンドブルムは、今回使ったものが


「……ねぇ、鶫」


「なぁに? 百姉」


「もっとレベルが高い場所でプレイしたいって思わない?」


 金橋の通話を又聞きすれば、いやでも聞こえてくるのは編入の言葉。


 当然だ。部員五人ぽっちのチームでプレイさせるくらいなら、もっと設備も人材も充実した場所でプレイする方が、よっぽど成長を期待出来るのだから。


「う~ん、思う、かも?」


「そう。なら鶫が欲しいってチームがたくさんあるみたいよ。行ってみたら?」


「えぇ~。けどそこには舞も雛姉も、鈴姉も百姉もいないんでしょ? ならいいや~」


「ほんとに? 今よりもずっとたくさんの楽しいがあるかもしれないのに?」


「どれだけ楽しくたって、みんな一緒の楽しいとは比べ物にならないよ~! それに、金橋の爺ちゃんが新しい機体がもうすぐ出来るって言ってるもん! そっちに行く暇は作れないかな」


 そう言って無邪気に抱き着いてくる鶫は、初めて出会った時と変わらず、可愛い可愛い妹分だ。


「……もう。ならいいわよ」


 本人にその気が無いのなら、行かせた所で逆効果だろう。


 当分果たされないであろう鶫の独り立ち。その時が訪れるまで百恵はもう少しだけ、姉貴分として彼女の世話を焼いてやろうと思うのだった。



「すみませんでした」


 頭を下げる霧華の先に座るのはコーチの群城。


 予選レース終了の翌日。霧華は己の行いのけじめを付けようと、群城に頭を下げていたのだ。


「一応、理由を聞かせてもらう」


 それはチームの方針に背いて、リンドブルムに余計な負荷をかけたことか。それとも今の謝罪に対してかは分からない。けれど、霧華としても、しっかりと言葉にしなければいけないと感じていた。


「あの時、私が競り合う必要は確かにありませんでした。ですが、心の片隅でこう感じたんです」


「どう感じた?」


「これが勝負なんじゃないかって」


「……」


「ずっと完璧な勝利を目指してきました。堅実でリターンの大きな戦術を選択してきました。けれどそのせいで、私は勝負勘を失っているように感じました」


「そのせいでここ数年の不振が続いていると?」


「昔はそれでも良かったんです。堅実な戦術に堅実な勝利、それを徹底しても勝てるかどうかが分からなかったから。全力で挑まなければ負けると不安に駆られていたから」


「だが、雪屋はリンドブルムレースの名門になった」


「はい。今の雪屋は、間違いなく名門です。堅実な戦術と堅実な勝利、それを徹底すれば勝てると思えてしまっている。妄信してしまっている」


「……なるほどな。私達が失っていたのは、ここぞという時の勝負強さだったか」


 ここ数年の成績不振。群城もゴールの見えない闇の中、必死に解決策を探していた。


 だが、彼女一人では見つけられなかった。なんせ群城の方針は、彼女が雪屋のコーチになってから一度として変えたことが無かったのだから。


 だから勝利のために、戦術の理解を徹底した。それでも迷走した。終いには雪屋のブランドを傷つける戦術まで実行に移してしまった。


 けれど、成績不振の理由はまったく別の場所にあったのだ。群城が手取り足取り選手に指示を出し続けていたせいで、彼女達はいつの間にか飢える牙を失っていた。飢える草食獣に成り下がっていたのだ。


「ここで私が走らなければ、チームの何かが壊れてしまうと感じました。けれど、方針から背いたのは事実です。次のレースはかすみをリーダーにして、二年生からランナーを選んでください」


 結局どれだけ言葉を重ねようとも、自分が方針に背いたのは事実だ。責任は取らなくてはいけない。そうしなければ周りが納得しない。霧華はチームのために犠牲になることを覚悟していた。


「待て」


 だが、部屋から退出しようとしていた霧華を、群城は呼び止めた。


「リーダーは霞に変更だ。だが、霧華。お前も走れ」


「えっ、でも、そうしたら……」


「私も今更ながら今回学んだよ。一人で舵取りをする難しさ。一人の決定に全てを委ねる危うさを」


「先生……?」


「……霧華。お前の選択は正しかった。今回は私の指導方針が誤っていた」


「そ、そんなこと!」


「あるだろう? それがあって方針に背いたんだろう? それで良かったんだ。それが今の雪屋にとって一番必要な物だった。それを気付かせてくれた人間を補欠に落とす? バカを言うな。自分の示した道を、最後まで示し続けろ。それが


「っ! はい!」


 この日から雪屋は変わった。戦術を徹底しながらも、最後に勝負強さを発揮出来る根性のチームへと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る