才能だけには譲れない
「な、なんとういうことだ!? こ、こんなことがありえるのか!? 変形です。
「いえ、申し訳ないのですが、私自身もいささか混乱の極みにあるようです。リンドブルムレースの機体ルールとしまして、全身に一定の間隔で、感覚センサー設置が義務付けられているのはご存知ですよね?」
「もちろんです! それがあることで、人はリンドブルムを実際の身体のように操れる。裏を返せば、腕を腕として、足を足として動かすために、感覚センサーは設置されているんです!」
「その通りです。だというのに、千鵺選手のリンドブルムは変形した。四肢が伸び、腰が伸び、四足歩行のリンドブルムとなった。これは普通ありえませんよ」
「はい! あんなことをしてしまえば、腕も胴も実際の肉体とは差異が生まれ、まともに動かなくなるはず! 最初から四足歩行のリンドブルムに乗るのとは違います!」
「そう、そうなんです。今の千鵺選手は、古の拷問か何かで、無理やり身体を引き延ばされているのと一緒。そんな状態でまともに走れますか? そもそも歩けますか? 無理です。無理なはずなんです」
「……ということは、千鵺選手は何か反則行為を犯しているということでしょうか?」
「いえ、それならいくら何でも、機体チェックの際に受付で弾かれるはず。 ……そうか。一つだけ可能性がありました」
「なんと! 聞かせてください!」
「千鵺選手は最初から窮屈な思いで、リンドブルムを操縦していたんです」
「……いったいどういうことですか?」
「彼女が最初操縦していた人型のリンドブルム。あの時点で千鵺選手は人として走っていなかったんです」
「えっ、えっ!? ど、どういうことですか!?」
「あの人型に見えたリンドブルム。しかし、実際に操る千鵺選手は、腕を縮め、足を屈め、腰すら狭い隙間に座り込むかのようにして、操縦していたんです」
「……申し訳ありません! もう少し、もう少しだけ詳細な解説をお願いできますか!?」
「失礼。こちらも興奮しすぎたようです。例えるとすれば…… ペンギンがよいでしょうか?
「へっ? え、えっと~。曖昧な知識で申し訳ありませんが、確かそもそもの足の骨格が、ずっとしゃがんだままの体勢なのでしたっ、け ……そんなまさか」
「そのまさかです。いえ、それしかありえないんです」
「で、では! 千鵺選手は第一レースと第二レース、腕をギチギチに引っ込め、しゃがみ体勢で、おまけに身体すら小さく丸めた状態で、あのような動きをしていたというわけですか!? そんな馬鹿な!?」
「運動神経だとか柔軟性だとかのレベルの話ではありません。まさに天賦の才。比肩する者のいない、唯一の才能です。もしかしたら私達は、新たな歴史が生まれる瞬間を目にしているのかもしれません」
「……信じられません、信じられませんが、いつまでも呆けているわけにもいきません! 盤面は雪屋が一歩リードの中、叢雲と高鍋、それぞれのエースが猛追をかける格好です!」
「雪屋が逃げ切れるか。二人の天才に飲み込まれるのか。これほど面白い盤面はありません」
「本当に! 本当に予想外の戦いです! 環境特化型が勝つか、雪屋が意地を見せるのか! レースは最終局面です!」
※
総合格闘術の大家として生まれた彼女は、幼い頃は蝶よ花よと育てられた。その生活に疑問を感じたことは無かったし、両親の愛は十分に感じていた。
そんな生活に疑問を覚えたのは、十歳の誕生日。たくさんいた兄の一人が、とても名誉な賞を受け取ったらしい。
その時の両親の顔は、今も夢に出てくる。誇らしげで、とても嬉しそうで、兄のために喜びの涙を流していた。自分がそんな顔を向けて貰ったことは、一度として無かった。
別に両親が霧華を愛していなかったわけではない。むしろ待望の女の子だと、とても喜ばれた。兄と霧華は役割が違っただけだ。苦難に挑む者と守られ愛される者という形で。
どちらの愛にも貴賤は無い。けれど揺れ動く感情の幅は比べ物にならない。霧華は苦難に挑む側に立ちたかった。あの時の両親の顔を、自分にも向けられたかった。
だけど自分は待望の女の子。危険なことが許されるはずがない。しかし、両親を感動させるには競争の世界に身を置くしかない。
悩んで、悩み抜いて。そうして見つけたのだ。リンドブルムレースを。
「武源先輩! 高鍋と
「
「はい! 三分弱です!」
「ちっ、苦しいな。このペースだと、どこかで追いつかれる」
最初、姫宮から話を聞いた時、霧華は己の耳を疑った。だが、今は実感を持てる。高鍋の千鵺、彼女の機体が変形したことを。
それはなぜか。なんせ、二レース目で自分達を華麗に追い抜いて行った白ウサギと、鶫が並走しているからだ。
いくら彼女の機体操縦が優れていても、いくら才能に恵まれていても、人のままではアレには勝てない。人の肉体ではあのウサギに追いつけないから。
他のチームに妨害されたことで、予定よりもかなり遅れた山道入り。その皺寄せがまさに霧華の喉元に迫りつつある。
「武源先輩。私達は十分にポイントを稼ぎました。このまま先輩が三位で入賞すれば、ほぼ確実に予選突破が狙えます。反対に無理をしてリタイアになったら、一気に危険水準に入ります」
姫宮の言うことは正しいのだろう。確実な勝利を考えるのであれば、あんな化け物連中には道を譲るべきだ。
ブロッサムカップはまだ予選。こんな所で敗退しようものなら、チームの不和は決定的になってしまう。
だが、霧華の心が彼女に問いかける。本当に勝ちを譲っていいのかと。
ずっとずっと才能という言葉が嫌いだった。両親の心を奪うその言葉が嫌いだった。だけど反対にずっと求めてもいた。自分に才能が宿ってくれたら、両親に胸を張れるのにと。
でも、やはり霧華は凡人なのだろう。ウサギのように跳び跳ね続けるリンドブルムと四足獣に変形するリンドブルム、仮にどちらかを譲られる機会に恵まれても、自分は一生操れないだろうと実感が持てる。
(私は才能が嫌いだ。だから戦術を何よりも大切にする雪屋に入った。けど、そんな大切な戦術が、今まさに才能に踏みつぶされようとしている。それを許していいのか!)
自分達は堅実な勝利を目指すチームだ。しかし、それを追求するあまり、戦いへの熱は冷めきっていった。勝利という結果のみを渇望するようになっていった。
その結果が一レース目の戦術だ。自分達は勝利に固執するばかりで、モラルのことなど欠片も考えていなかった。
それでいいのか。あそこまで勝利に固執しておいて、その結果がそんな甘えた勝利でいいのか。いいや、駄目だ。ここで譲れば、自分とチームは何か決定的なものを失う予感がした。それを許すわけにはいかなかった。
「姫宮。計算上、負荷はまだかけられるな?」
「武源先輩……? それは!」
「叱責は甘んじて受け入れる。補欠に落とされるのも覚悟の上だ。だから頼む姫宮。私達を完全勝利に導いてくれ!」
霧華は選択した。大嫌いな才能と真っ向からぶつかり合うことを。
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