思いを乗せた最終レース
「波乱に次ぐ波乱、けれどそんな日々も本日の第三レースを持って終幕へ向かいます。
「いえいえ、こちらとしても大変楽しむことが出来ました。第三レースもしっかりと解説を行いたいと思います」
「お願いします! それでは早速なのですが、こちらの山岳コースについて伺ってもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。こちらの山岳コース。番号で呼称するなら山岳コースの10番は、平地からの傾斜が特徴のコースとなっております」
「山岳コースなのに平地があるんですか?」
「はい。いわゆる山の麓から、中腹までを走るコースになっています」
「なるほど! 平地を挟みますが、傾斜が存在する。それですと、どうしても
「私としても、香月選手の活躍は期待出来ると思います。しかし、一つだけ懸念があるとすれば、序盤から中盤までに存在する平地ですね」
「そうでした! 傾斜や凹凸の激しいコースを得手としている香月選手ですが、一方で平地を非常に苦手としています。そうなると他のチームからしてみれば、いかに平地でリードを作れるかにかかってきそうですね!」
「その通りだと思います。そして、その情報が筒抜けな中、香月選手と叢雲学園はどんな手を使ってくるのか。これもまた楽しみです」
「現在の得点順位は、一位の雪屋が25ポイント。二位の叢雲学園が19ポイント。三位の高鍋が16ポイントと離され気味ですが、本日から
「雪屋は堅実に上位に付ければ、突破は確実でしょう。後は人数で劣りながらも、得意コースを走る叢雲か、はたまた三人体制でポイント大量獲得の末の高鍋か。レースを見守りたいと思います」
「牛久さん、ありがとうございました! さぁ、全機準備が整ったようです。それぞれの思いを力に変えて、最終レース、スタートです!」
※
「
「分かっているわ。むしろこの程度で済んでいると喜ぶべきよ」
開始早々首位を取らんとスピードを上げる雪屋。そんな彼女達の動きを阻んだのは、様々なチームのランナー達だった。
ある程度は予想していた。自分達は恨まれており、恨む相手は散々ひどい目に遭わされた
得点ランキングを見る限り、予選突破が可能なのは、
つまり、この三レース目は、多くのチームにとっては消化試合。無意味な試合なのである。
そして、無意味な試合であればあるほど、人は何か別の目標を見つけようとする。例えば、気にくわないチームへの妨害行為などだ。
多くのヘイトを買った雪屋と、それに対抗して真正面からぶつかった高鍋、そしてたった二人のランナーで予選突破を望む叢雲。
このレースに出場していた多くの選手達にとっては、高鍋と叢雲に勝って欲しいと思うはずだ。いや、雪屋にだけは負けて欲しいと思うはずだ。
その結果が今のザマなのだろう。
「……けど、私達だって勝利のために努力してきた。例え望まれない勝利だとしても、ただで負けてやる道理はない!」
「霧華! バラバラのチームがそれぞれ妨害しているせいで、妨害といってもかなり穴がある!」
「霧華! 昨日足をやられた私が囮になる! そうすれば
「
ランナーを務める二人が、一年生で正サポーターとなった可愛い後輩が、自分の背中を押してくれる。
そうだ。私達は負けない。勝利を渇望した結果がこれなのなら、なおさら敗北だけは許されない。
「分かった。
「はい!」
※
「すみません
「気にすんな! 最初から決めていたことだ! それに、なぜかは分からねぇが、雪屋も高鍋も動きが鈍い! そこまでの差は付けられねぇはずだ!」
スタートから数百メートル進んだ平地地帯。そこでは直美が砲丸投げの構えで地面に立ち、その腕を足場に大きく跳び跳ねる兎羽の姿があった。
兎羽の愛機ムーンワルツは平地を走るのがとにかく遅い。仮に傾斜に入って加速しても、それまでのリードで逃げ切られる可能性が残っていた。
そのために考え付いたのが直美のリンドブルムを足場にする作戦だ。
彼女の愛機テンカウントは、巨大さと頑丈さが売りのリンドブルムだ。少々の衝撃なんて全て装甲部分で受け止めてしまえるし、彼女自身の操縦能力も少々の損傷をものとしない優れたレベルだ。
そのテンカウントの頑丈さを活かし、機体の腕を疑似的なカタパルトに見立てる。そうして兎羽を射出することで、大きく距離を稼げるのだ。
元々山登りには欠片も向いていない機体だ。そのためこの第三コースにおけるテンカウントの役割は、走りきること。
走りきるには足が必要だ。しかし、腕は必ずしも必要ではない。
「
「よし、了解だ。兎羽も聞いていたな?」
「はい! このあとは左腕に失礼になります!」
「変な表現を使ってんじゃねぇ! いいか。このコースを制して、勝つぞ!」
「はい!」
※
「だから……! 私のことは放っておいていいって言ってるでしょ! 直ったって言っても、動けるようになっただけ。私のペースに合わせていたら、あのウサギの子に追いつけなくなるわ!」
「いや!
「そういうことじゃ……!
「無理に決まってるじゃん。昨日、百姉が泣かせたせいで、甘えんぼモードに入ったんだから。逆にちょっとはワガママを聞いてあげなよ」
「だからっ! それで負けたら……!」
「大丈夫よ、
「……ったく、もう!」
包囲された雪屋とジャンプを繰り返す叢雲の間。そこではギチギチと軋み音を立てながら前に進む機体に寄り添う、高鍋のランナー二人の姿があった。
今にも壊れそうなリンドブルムを操縦するのは百恵。一レース目の被害を考えれば、動いているのが奇跡だ。
当然スピードはあまりにも鈍足で、見るからに乗り慣れていない選手とどっこいどっこいといった速度だ。
けれどそんな彼女がレースに参加出来ている。その事実こそが、年少ランナー二人組の精神安定に大きく供与しているのだ。
高鍋というチームは、仲良し幼馴染達で結成されたチームだ。その結成理由も、みんなでリンドブルムレースを楽しむため。
予選突破に可能性が残っているのも、鶫と舞に才能があり、雛の祖父が元J1メカニックだったからにすぎない。
だから鶫が願うのは、みんなが楽しく走れること。例え一位を取ったとしても、誰かが悲しい思いをしては何も楽しくない。
勝つこと。そして楽しむことを両立することこそが、鶫のリンドブルムレースなのだ。
「もう、これじゃあ介護されるお婆さんじゃない!」
そう言って声を荒げる百恵だが、その割には怒っているようには感じられない。それもそのはずだ。鶫の願いはみんなの願い。鶫の喜びはみんなの喜びだ。
一レース目は鶫のワガママと百恵の大破で、まったく一緒に走れなかった。実力不足を実感した後悔だった。けれど、今はみんながいる。みんなと走れる。嬉しくないはずがない。
「介護は任せてね、百婆!」
「昨日の夕食は思い出せる? 百婆」
「あらあら、それじゃあ私も鈴婆かしら」
「あんたたち、いい加減にしなさいよ……!」
こんな掛け合い一つだって楽しさで喜びだ。やっと心残りが解消された。これで鶫は前に進める。
「鶫~。そろそろ山道に入るよ?」
「鶫ちゃん。ウサちゃんももうすぐ山道に入るわ」
「……そっかぁ。じゃあそろそろ頑張らなきゃだね」
楽しい時間は終わりだ。後はもう一つの楽しさを爆発させるだけである。
「鶫」
「なぁに? 百姉」
「楽しんできなさい」
「うん!」
「ほい、じゃあ鶫、背中引っ張るよ~」
「うっしゃあ、どんとこい!」
そう言って舞が手をかけたのは、鶫のリンドブルムに搭載されたロックレバー。
これこそが鶫が自身の機体を環境特化型と言った理由。そして
「へ~んし~ん!」
そんな声に呼応するかのように、鶫のリンドブルムが、仮の肉体たる彼女の機体が変形していく。
「いっくぞ~!」
一頭の四足獣が、斜面を駆け登っていった。
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